第十五話 ぎこちない家族の誕生日
焼き魚の匂いがする木曜日の夕方。夕食の準備をする珠凛の横で100円ショップで買ったパーティーグッズを見て俺はソワソワしていた。
「明日喜んでくれるかなー?俺けっこう緊張してるんだけど」
「そうね、大丈夫でしょ」
4人のユニフォーム姿を想像してウキウキしている俺は、珠凛の不安な顔を見て申し訳ない気持ちになった。
緊張してリビングで立っている俺は珠凛が夕食を運んでいる姿を見て、いつもより素早く手伝う。
珠凛の背景が黒いモヤモヤがあるようにも見えて、それもあってテキパキ動いてた。
2人で腰を下ろして手を合わせてから、気まずい時間が流れる。魚の腹の部分が無くなった頃、
「明日なんて言って渡せばいいかな?」
重い空気の中、口を開いたのは珠凛だった。
卓哉さんと珠凛の関係が良いとは言えないのはわかっている。普通に「いつもありがとう」ではないことは、俺にでもわかる。
「なんか難しいね。でも、感謝の気持ちを伝えるのは大事だよね」
「そうだよね…」
「珠凛ちゃんは卓哉さんのことをどう思ってるの?言いたくなかったら、言わなくても大丈夫だけど」
味噌汁かご飯を見つめる珠凛に、何を言ってあげればいいのかと過去最高に頭を回転させる俺。ついつい俺まで目線を下に向けてしまう。
「…昔は優しくてすごく好きだったんだけど、お母さんが死んじゃってからは…あんまり話してないし、よくわからないよ」
いつもと違って弱々しくかすれる声に…珠凛の中に潜めている闇が見えた気がした。
「卓哉さんのこと嫌いじゃないみたいだね!それなら安心したよ」
「嫌いじゃないよ、むしろ好きだし。でも全然話していないから、関わり方がわからない」
今にも泣きそうな珠凛に、何かを言わなきゃ、と瞬きが増える俺。急に閃きが走る。
「じゃあさ!俺も書くから手紙で思いを伝えようか!言葉じゃまとまらない時もあるし!」
俺の脳が導き出した答えは手紙を送ること。正解がわからないなら、時間をかければいい。俺の閃きが教えてくれた。
「…うん、それはいいと思う」
「あ、俺手紙とか持ってないわ!買ってこようかな…」
「ウチの机に、レター系たくさんあるからあげるよ」
「まじー?女の子じゃん」
「女の子だし」
優しく怒った珠凛に、安堵する俺。
少し寂しそうな顔が、照れ笑いに変わったのを確認して、夕食を急いで食べ始めた。
「手紙を渡そう」とか言っといて、国語の成績が著しく悪い俺は、机で頭を抱えていた。
「卓哉さん誕生日おめでとうございます!
これからもよろしくお願いします!」
いや、短すぎるだろ!と自分にツッコミを入れていた。
コンコン
「入っていいよ」
「失礼しまーす!ちょっと読んでみてもらっていい?」
「いいよ」
珠凛が元気か確認がてら、文章が大丈夫か珠凛の部屋に入った。
手紙を読んでもらうのって、身体がムズムズする。少し緊張して部屋を見渡しながら待っていると、急に珠凛が笑い出し始めた。
「わたくしは、卓哉さんのことを心から愛しています。ってキモイよーー!わたくしもやばいし、愛してるは、無いわー!あはは」
「一応、泣かせにいったつもりなんだけどなー」
「これじゃ全然泣かないよ!むしろ気持ち悪いと思われちゃうよー!あはは、面白すぎー」
「もう一回書き直してくる」
俺の部屋と珠凛の部屋を10往復はしたかもしれない。覚えてないけど。
「これでいいんじゃない!」
「やったー!珠凛は終わった?」
「たかぴーの手伝ってたから、終わってませーん!」
やっと書き終えたことと、いつもの珠凛に戻ったことに、緊張の糸が切れたのか部屋に戻ると異常な眠気に襲われて、気づいた時には朝だった。
机の上には、昨日の俺が書いた手紙が置いてあった。手紙を開くと
「
卓哉さん
お誕生日おめでとうございます。
人見知りの僕に、いつも変わらず接してくれてありがとうございます。
最初に一緒にサッカーゲームをした日、
あの時から、卓哉さんみたいな人になれたらいいなと思っています。
多くを語らないところも、
背中で見せてくれるところも、僕はすごいと思っています。
家族旅行でかけてくれた言葉も、忘れていません。
そして、母と出会ってくれたこと、心から感謝しています。
ここまで書いてあった。そこに加えて。
もし少しずつでも、
珠凛ちゃんと自然に笑い合える時間が増えていったら、
僕もすごく嬉しいです。
これからも、よろしくお願いします。
貴大
」
加えた文が良いかわからないけど、心からの願いだった。
その日の学校終わり急足で家に帰り、汗ばむ制服のままの2人。
リビングの壁にはHAPPY BIRTHDAYの風船。机にはパーティーグッズが乱雑に置かれて、真剣な顔で飾りつけをする珠凛と風船を膨らませるのに頬を膨らませる俺。
徐々に豪華になっていくリビング。
それとは逆に、珠凛の笑顔は少しずつ減っていった。
「緊張すんなよー!俺も母の日緊張したし、今回は俺がいるから大丈夫だよー!」
「うん!」
曇っている珠凛の顔に日が入るように、頬が少し赤くなっていた。
夕陽が沈む頃には、風船に囲まれた華やかなリビング。
「間に合って良かったね!あとは親が卓哉さんと一緒に帰ってくるのを待とうー!」
「ちょっと豪華すぎない?女の子の誕生日会みたいじゃん!たかぴーが買ったグッズ可愛いのばかりだし」
「まぁいいじゃーん、せっかくだしね」
想像以上にメルヘンなリビングに、卓哉さんには合わないなと、ふと失敗したと思ってしまう。
ガチャ
「ただいまー」
玄関の開く音に、緊張のスイッチが入る。どんな反応するのか、スゥー呼吸が浅くなりながら2人を待ち構える。
「お、すごいな」
「すごーーい!すごい可愛いじゃーん」
ケーキを持っている卓哉さんと母の反応を見て、安堵して目が合う俺と珠凛。
パンッ
用意してクラッカーの紐を勢いよく引っ張り
「誕生日おめでとうー」
「誕生日おめでとうございます!」
いつもより明るくしている珠凛を横目に、ぎこちない笑いをするも嬉しそうな卓哉さん。俺と母は満面な笑顔。
「お父さんいつもありがとうー!」
「お、おう、ありがとう」
照れながら、珠凛の急な誕生日プレゼントに戸惑う卓哉さん。
その背後で俺は小声で母に
「これ早く着て!早く!」
「わ、わかった」
みんな、どこか落ち着かないリビング。TAKUYAと名前入りの青のユニフォームを見て、ウルっとしている卓哉さんに
「卓哉さん着てください!」
「早く着てみて!」
2人で慌ただしく動きながら、ユニフォームで目の前が青一色の卓哉さんが顔が出る前に、俺と珠凛も上着を脱ぐ。
卓哉さんの視界が俺たちに戻る。
そのタイミングで、卓哉さんが顔を上げた。
その瞬間。
「じゃーーん!」
「卓哉さんお揃いです!」
3人のユニフォーム姿を披露した。
「ありがとう、ありがとう!」
「みんなお揃いでいいわね」
涙ぐむ卓哉さんと笑顔の母を見て、胸が熱くなりハイタッチを珠凛に求めていた。
「珠凛ちゃん!成功だね!」
「だね」
少し遅れて、珠凛が小さく笑った。
その笑顔は、どこか泣きそうにも見えた。
照れ笑いしながらハイタッチに同意する珠凛。手を合わせた珠凛の手は、いつもより冷たかった。でも、どこか震えている気もした。
「とりあえず夕食にしましょう!」
いつもはやらない進行係の俺。
「貴大君と珠凛、ありがとう!」
「たかぴーが…」
「珠凛が思いついたプレゼントですよ!俺はサポート役ですから!」
「そうなのか!珠凛!ありがとう!大切にするよ!」
「…どういたしまして。大切にしてね」
いつもより珠凛と卓哉さんの会話が多い夕食に、満足な気持ちが顔に出ていたのか母が
「貴大、ニヤけてキモいんだけど」
「ひどすぎだろ!あ、そうだ!」
珠凛と目を合わせて2人で手紙を卓哉さんに差し出す。
「第二弾サプライズです!」
「はい」
目を丸くする卓哉さん。
「まだあるの?ありがとう」
「ぜひ読んでください!卓哉さん泣けると思います!」
風船が散らかっている夕食後。ソファで肩を寄せ合う珠凛と卓哉さん。テーブルの方から眺める俺と母。
「あれは泣かないな。まぁ母と出会ってくれたこと、心から感謝しています。ってところは良かったよ!」
「そうかなー。泣かしにいきたかったけどね」
「でも2人が仲良くなれて良かったね。貴大ありがとう」
「そうだね」
頭の中で珠凛が卓哉さんに抱きついたシーンを振り返りながら、母が飲むシャンパンを眺めていた。




