第十二話 夏の魔法
いつも通りの2人の夕食。今日は献立を考えたけど案が浮かばず、『和えるだけ』に目が留まり青椒肉絲にした。
「珠は夏休みどこ行くの〜?」
「んー、バイト三昧、かな?」
親友たちに嘘をついたことを思い出しながら、なんとなく目の前の貴大君の青椒肉絲を見ると、全然減っていない。
ピーマン好きじゃないのかなって思って貴大君の顔を見ると、いつもより白いような…少し心配になった私は
「全然、食べてないじゃーん!お腹減ってないのー?」
「あ、あのさー」
「えっ?嫌いだった?まさかピーマンとか?」
不安そうな貴大君に、悪いことを言われることを先回りしてふざけてみる私。
「いや、あのライブ一緒に行かない?Missyのドームのやつ」
想像の何倍ものお誘いで、考えるよりも先に口から「行きたい!当たったのー?」
思考が追いついたのは、二言目からだった。
部屋に戻ってもワクワクが止まらず、ベッドの上には明日の候補の服が何着も置かれている。
何回着替えただろうか。鼻歌が止まるまで、夜のファッションショーは続いた。
ライブ会場の横にはグッズ購入で並ぶ長蛇の列。その一部分になっている私と貴大君。
「たかぴーってライブって初めてー?」
「そうだね!行きたかったけど、1人で行くのはハードルが高くて…珠凛ちゃんが一緒に来てくれて良かったよ」
「私は全然、1人でも大丈夫だけどね!あ、この曲好き!」
「俺もこの曲好き!珠凛ちゃん、わかってるね〜」
会場で流れる曲を聴きながら、2人で笑い合うこの瞬間。歌の歌詞と貴大君を重ねてしまう。
どんなに長い列でもあっという間に、目的地に運んでくれた。
「めっちゃ可愛いじゃーん!お揃いとか初めてーー!」
「まぁそこら辺、みんな同じ服着てるけど…」
「そうなんだけどー、そういうことじゃないじゃん」
「でも珠凛ちゃんが着るとめっちゃ可愛いよね」
「いえーい!じゃあ一緒に写真撮ろうぜー!」
貴大君が買ってくれたお揃いのTシャツも首に巻いているタオル。そして撮った写真を見た時に、タオルで隠れた口元が緩んでしまった。
ランチを食べている時も、ライブの入場前の時も貴大君を見るたびに、緩んだ口元を何度も締め直している。
「大丈夫?腕掴んでてもいいよ」
「じゃあ掴んでおこうかな」
人混みの中、全身の隅々まで熱くなってるのがわかる。足元を見ながらたまにぶつかる頭が、緊張した心を心地よくする。
「扉開いたぞー」
「早く中入りてぇ〜」
入場の列が動き始めて、人の流れの力に恐怖心を感じるほどだった。踏ん張るのが精一杯で、貴大君の腕から離れないように必死な私。
「珠凛ちゃん!」
貴大君の声に数秒遅れて、私の手には少しの圧迫感。
「ごめん、人混み多いから…」
「そうだね」
貴大君の緊張は見なくても声でわかるけど、それと同じぐらい私も思考が止まっていた。感じられるのは手のひらの温かさだけ。
「俺から離れるなよ!」
「ありがとう」
隣のカップルが手を繋いでいるのを見ると、私たちの関係性とは?と色々考えてしまう。
一歩一歩進む足を見ながら、慣れない手の感触、痛いほど強い鼓動に、自分の中の芽が出たのを感じた。
ライブの席はめっちゃ近くて最高。
全ての曲に、頭に浮かぶのは貴大君。
ライブ中にたまに目が合うとニコッと笑う顔に、この瞬間を何度も味わいたいと思ってしまう。
「Missyー!」
スポットライトより眩しかったのは隣の横顔。
君を思いながら歌い続けた夜。
「これが本当に最後の曲です!みんなで歌いましょー!」
アンコールで言われる本当のラスト。
全ての魔法が解かれてしまいそうで怖かった。
「さよなら、マイラブ…」
口ずさむサビの歌詞に、瞳の奥がじんわり熱くなった。
まだまだ続いて欲しいな。現実に戻りたくないなと強く願っていた。
そんな夢のような時間を思い出しながら、私たちは湖の上でMissyの曲を熱唱している。グッズ列で聞いた、好きな曲を。
「もっとそばにおいでよ」
「2人だけ許され…、あー夏休み楽しんでるねー」
こんなに楽しい夏休みはいつぶりかな。毎年こんな夏休みになればいいな。
「ってか、たかぴーは毎年夏休み何してたの?」
「ずっとサッカーだよ。チームの練習と自主練で、ずっとサッカーしかしてないね!あはは」
「だから由紀恵さん、あんなに嬉しそうなんだね!」
「あぁ、親とどこか行くとかって、中学の修学旅行の服を買いに行く時ぐらいしかないな」
「えーー、可哀想に…」
「じゃあ珠凛ちゃんは卓哉さんとは、あっ」
「それはいいじゃん」
全ての物事は、一瞬で崩れる。別にお父さんのことは嫌いじゃない。ただ気まずいだけ。
「ってか父の日っていつだっけ?」
「待って調べてみる。あ、6月だった!」
「どうしようかな…母の日だけやって、卓哉さんに渡さないのは…」
「そ、そうだね。」
「卓哉さんの誕生日いつ?」
「お父さんは9月11日」
「じゃあそこでまとめて渡しちゃおう!流石にね、珠凛ちゃん気まずかったら、俺に任して!」
「平気、平気だよ」
「夏休み明けぐらいに買いに行こうよ」
「うん」
お父さんの誕生日も数年祝っていないことを考えると、どんな顔で祝えば良いのかもわからない。でも少しの光を見せてくれた貴大君の優しさに、前を向ける気がした。
「貴大!そろそろ帰るよー」
由紀恵さんの声が響く。
「めっちゃ響くんだよね、あれ人前で名前叫んでくるから恥ずかしいんだよ」
「いいじゃーん、うふふ」
「今度呼ばれてみなよ!」
湖に吹く風が色んなものを流してくれるように、不思議とちょっとした嫌なことでも、貴大君は嫌にならない。
陸に着くと先に降りた貴大君が手を差し伸べて
「次は先にお手を!お姫様!」
「ダサすぎ!でも、ありがとう」
手を添えた時にニコッとした笑顔に、胸がキュンとして、顔が熱くなるのがわかった。
ライブの時からその笑顔がたまらなく好きになっている。それはあくまで夏休みの魔法かもしれない。
魔法の効果かな?貴大君の肩を借りて寝てしまった帰りの車の中。夕陽が眩しすぎて目が覚めてしまうけど、まだ寝ていたい。
「それにしても2人が仲良さそうで良かったよ」
「なんかカップルみたいよね、うふふ」
「まぁ貴大君なら珠凛の旦那さんでも良いかもね」
「珠凛ちゃんならもっと良い男いるわよ」
そんな会話を薄っすら目を開けながら、お父さんと由紀恵さんを眺める。少し貴大君の重みを感じると、由紀恵さんの言うとおり、私もカップルみたいと思ってしまい嬉しくなった。




