第122話 『魔弾:逆理顕散』
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「始めようか、アレン。どっちが勝っても変わらない、なにひとつ意味のない戦いを」
時計の針を戻し、第100層。
今まさに崩れんとする宮殿の奥で、ススキとアレンは対峙する。パンドラはもう退避したあとなので、ここにいるのは正真正銘ふたりのみだ。
広間が揺れる。立ち並ぶ柱がまた一本倒れたらしい。砕け散る瓦礫が周囲に飛び散った。
バキリ、その破片を踏みしだきながら、アレンは一歩進む。
直後天井の一部が崩れ、すぐ背後に瓦礫の塊が落下した。
『鷹の眼』は冴えている。絶好調と言っていい。もはや視覚外さえ掌中と同義。
だがそれは決して『拡張脳』の恩恵ではなく、今、アレンの手には取り外した黒いインカムがあった。
「エルの気持ちを無駄にしやがって。いいさ、あきらめきれないなら付き合ってやる。味わわせてやるよ、決定的な敗北ってやつを」
言いながら、アレンはその『拡張脳』を後方へ放り投げた。
インカムは床に転がっていき、すぐに落下する瓦礫に呑まれ、どこへ落ちたのかもわからなくなってしまう。
「オイ、なにしてんだ? バカだろオマエ。ソレはオマエが持つ、唯一のアドバンテージじゃなかったのかよ」
「言ったろ、決定的な敗北って。権能は必要ない。『拡張脳』のせいで負けたんだーって泣きつかれても困るからな」
「あ? 図に乗るなよ。この肉体には『鷹の眼』が宿っている。先天的な、オマエの持つそれと同じ才能が。『クラウン』がないおれになら余裕綽々だとでも? 頭使えよ、これでようやく対等ってハナシだろうが」
「……へえ、それはどうかな?」
アレンのあからさまな挑発に、怒りを込めた睥睨が向けられる。
アレンは動じない。こうなることは初めからわかっていた。
そう、アレン自身そう思ってはおらずとも、『鷹の眼』はこの過程を、そしてこの先に待つ終局をとうに見据えていた。もとよりその才能は意識が取りこぼす領域——無意識下の情報を処理するもの。
今この時、最後の対峙を迎えてようやく、アレンもそのことに気が付く。
(ああ、結果はもう視えている)
ならばやはり、恐れることなどなにもない。そもそももう目的は達しているのだ。
あとはただ。この分からず屋に——
不遜な後輩に、現実というやつを教えてやるだけ。
揺れとともにまた柱が倒れる。この玉座の間も、もはやあと一分も保つまい。出入口も瓦礫に塞がれている。
距離を空けて対峙するススキの手からは、アレンから奪った『キングスレイヤー』が消失していた。
インベントリに格納したのだ。一度あそこにしまっておけば、再度取り出した時には弾倉の中は再装填が済んだ状態になる。アレンが施した、弾丸を逆さにねじ込む処置もリセットだ。
ゆえに今、アレンとススキは互いに無手のままにらみ合う。言葉が途切れてしまえば、あとは撃ち合うだけ。それもきっと一瞬だろう。
地響きの音、倒壊と崩落の音だけが彼我の間に響き渡る。
そのどれもが合図足りえず。かえって、絶え間ない崩壊の合間にふと訪れた唐突な静寂こそが、ふたりの動き出す瞬間となった。
「——来い、『キングスレイヤー』!」
「来い、『キングスレイヤー』ッ!」
互いの手に現れる、黄金色のリボルバー。
ススキの手にあるのは先ほどアレンから奪ったもの。そしてアレンのは、元より所持していた二挺目だ。
二者が持つ同種の才能とは、なにも『鷹の眼』に限った話ではない。射撃能力においても同様。
なにもなかった広間には今や、倒れて砕けた柱や、天井から降り積もった瓦礫の山が障害物として機能していた。それらを遮蔽として活かしながら、ふたりは刹那の射線を競い合う熾烈な銃撃戦を繰り広げる。
「手に取るようにわかるぞ、アレン! 取るべきポジション、通すべき射線、動くべきタイミング! すべて、すべて……オマエの生まれ持った才能だ!
これがオマエの本質なんだよ、それをおれが証明してやる! 人も機械も変わらない。自らの機能に従って駆動する、それだけが生存の意義だろうが! 違うのは、その『機能』が誕生以前に定められているか、生まれた瞬間に賽が振られるか! ただそれだけだッ!!」
およそ偶発的に決められる人間の能力において、アレンのそれは、少なくともFPSゲームというフィールドでは余人をはるかに上回る。
もはや疑う余地のないことだ。
本来であれば意識に浮上さえしない情報を、瞬く間に処理し統合する『鷹の眼』の才。同じことができる人間が一体世界に何人いるだろう。
……しかし、それを持つからこそ、アレンはこの道を選んだのか?
才がなければ選ばなかったのか?
「——そうだな。半分だけは同意してやるよ、ススキ」
選べなかった。それが現実に則した回答だろう。
プロの席は限られている。アレンのような国内トップの座ともなれば、なおさらだ。もしアレンが『鷹の眼』を持たなければ、エイムといった他の才能についてはそのままだとしても、国内二位という成績を残すことは叶わなかったに違いない。
けれど。そのなんでもない冷淡な現実は、『鷹の眼』があれば『アレン』になれるという証明になるわけでもなかった。
「人も機械も変わらない——エルを見て本当にそう思うよ。考えて、迷って、決断する。俺たちとお前たちは同じものだ。そしてだからこそ、もう半分は否定する」
「なんだよその中途半端な答えは。箱庭の末期にそんな曖昧なことを言うなよ、赤梁連! 結局オマエは夢を棄てきれなかったじゃないか! あきらめたはずのFPSゲームへの憧憬、執着を! 考えて、迷った末のその決断こそがおれの正しさを物語っている。違うか!?」
「違うさ。俺は棄てきれなかったんじゃない。取り戻したんだ。大切なひとたちのおかげでな」
「なにを——屁理屈を抜かすな……!」
絶え間のない銃声、絶え間のない崩落の音。
もはや一秒ごとに原形を失っていく玉座の間で、二者は互いの射線のみならず、落下する天井や倒れてくる柱さえ計算に入れて戦っている。
それはまるで、燃え盛る舞台の上で踊る危うげなワルツ。
仮にこのまま互いが弾丸をしのぎ続ければ、最後はどちらも致命的な崩落に伴う圧死という末路をたどることになろう。
だがそれよりも先に、ススキが動いた。
「半端なことしか言えないなら、消えちまえ! 赤梁連!!」
瓦礫を踏み越える。その一歩は決断的かつ決定的な、わずかな射線を競い合う先刻までの撃ち合いとは意味合いの異なるものだった。
なぜなら遮蔽物の裏に入れるラインを越える以上、回避・防御を前提としていない。被弾を防ごうと思っていない。
しかし代わりに、確実に弾丸を命中させる。
肉を切らせて骨を断つ。宮殿の完全な崩落というタイムリミットを前に博打に出た。
……そうではない。そうではないのだ。
初めからススキの狙いはこれだ。被弾を前提とした射撃。これをさせないためにアレンは遮蔽物を巧みに使いながら応戦してきた。が、それも限界がきたというだけ。
「オマエが被弾して平気そうなツラしてやがったのは、ダメージが軽微だと思わせておれに弾詰まりした『キングスレイヤー』を拾わせるための策略だった。要はブラフ、本当は瀕死なんだろ? 種は割れてんだよ!」
ススキの手にある『キングスレイヤー』が、その銃口をアレンに向ける。
指摘の内容は正確だった。回復をする暇はなかったので、アレンのHPはさっきと同じ。被弾に耐えられる値ではない。
対してススキは、さっきまで耐久力向上の『クラウン』があった。こうして勝利の確信を以て踏み込んでくる以上、まず間違いなくそのHPはヘッドショットの一発を耐えきれる程度には残してある。
ダメージトレードの差が勝敗を分かつのだ。
敵の『鷹の眼』が構築する終局を前に、アレンは自らも銃口を跳ね上げる。
ススキが笑みをこぼす。窮地を脱するすべはなく、苦しまぎれの行動と受け取ったか。あるいは、もしもススキが弾丸を外せば、アレンにもまだ勝ちの目はある。
「外すかよ」
そんな『もしも』はありえない。この距離、このタイミングで弾丸を外すような人間はプロゲーマーにはなれない。同様に、アレンと同じ才を持つススキは絶対に弾丸を命中させる。万に一つ、億にひとつも射線の狂いなどありえない。絶対に当たる。絶対に、絶対に——
(——そう、絶対に。当ててもらわないとな?)
落下する瓦礫の砕け散る破砕音と同時に、二者の乾いた銃声までもが重なった。
そして、それとさらに同時。否、厳密にはほんのわずかに後、弾丸が空を切って進んでいく最中に、それは確かに響いた。
チッ、と金属の触れ合う音。
奇跡的な交差を示す、しかし偶然ではない音が——




