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5.ピンチとお守り{前}

 北の軍事大国ジデオンの動きに異変が見られるという情報がもたらされたのは、その直後のことだった。

 軍事演習という名目で、ジデオンの大軍がわが国との国境付近へ向かっているという。


「父上、わが国の軍も今すぐ国境へ」


 王室メンバーと主要な大臣による緊急会議の席で、即時対応を求めた私に、


「またそうした話か」


 ことなかれ主義に最近ますます磨きのかかった父は、うっとうしそうに顔をしかめた。


「これしきのこと、なにもそうすぐに動かずとも。わがノルドランが軽く見られよう」


「ですが」


 言いかけた私に、


「残念ですわ」


 この場にそぐわない、のんびりとした声がかけられる。


「お姉様には、平和を愛する心がおありにならないの?」


「……ルイーズ?」


 これまで政治に関心を示したことのない第二王女の突然の発言に、私だけでなく居並ぶ家臣の間にも戸惑う空気が流れた。


「相手は軍事演習だと申しているのでしょう? ならばお父様のおっしゃる通り、放っておけばいいではありませんか。疑いの心を抱く者同士では、いつになっても平和はもたらされませんことよ」


「ルイーズの言う通りですわ」


 娘と同様政治に無関心だったはずの義母も、大きくうなずく。


「なるほど、一理あるな」


 とにかく面倒なことが嫌いな父が、これ幸いと同調するのに、


「……父上」


 怒りで声が震えそうなのを全力で抑えながら、私は口を開いた。


(まさか、これで会議を終えるおつもりではありませんよね? 家臣たちの目が死んでおります!)


 誰が見てもその場の思いつきにすぎない妹たちの意見を、取り入れるなど言語道断。いつもの私への嫌がらせなら捨て置くけれど、この話には民の命がかかっている。


「わたくしとて、なにも今すぐ攻撃をと申しているわけではございません。国境警備の者たちがジデオン軍に攻め込まれるのを、みすみす見殺しにするわけにはまいりませんゆえ、まずは牽制を。それと同時に」


「ああもう、うるさい!」


 父が、私の言葉を遮った。


「父上、平和を望む気持ちは皆同じではありますが、かといって手をこまねいているわけには。わが国とジデオンとは、現時点では友好関係にあるとはいえ、結びつきはまだ弱い。これまで通り外交や貿易を通じて関係強化をはかりつつ、いざとなればこちらにも相応の対応をする用意があることは明確に」


 負けずに続けようとした私に、


「ふん、早くも女王気取りか」


 突然、予想もしなかったことを父が言いだした。


「……父上?」


 困惑する私に、


「セシリア、今のそなたが行うべきは、まつりごとなどではない。伴侶選びだ」


 たるんだ顔に皮肉な笑みを浮かべ、父がくるりと背を向ける。


「父上!」


 家臣たちの失望を全身に感じながら、私はドレスの脇で両手を固く握りしめた。


「ホホ、まったく、おっしゃる通りですわ」


「お父様、戦にならずにすんでよかったですわね」


 義母と妹に寄り添われて会議の間から出ていく父の姿を、


(このままでは、終われない)


 決意を胸に私は見送った。




「――残念だが、君の心配はもっともだな」


 その日の午後、思い余って店に駆け込んだ私に、腕組みして話を聞いていたアーチーさんが深いためいきをついた。


「やはりそう思われますか。……悩んでおります。表向き父に逆らわずに事態を収めるには、どうしたらいいかと」


 彼と並んで座ったカウンター席で、私は眉根を寄せる。


「わが王宮から問題の国境付近までは、騎馬でおよそ一日、物資を積んだ馬車ならさらに時間がかかります。たとえ今すぐ兵を動かしても、事態が悪化する前に到着できるかどうか。わが国と北のジデオンとの緊張状態を知って、東のハミークがどう動くかも気になります」


 ハミーク貴族の出と思われるアーチーさんにこんな話をするのはどうかと思うが、相談できる相手は彼だけだ。


「なるほど」


 祖国への批判的な内容が含まれた私の話に、嫌な顔もせずうなずいたアーチーさんが、


「……姫様。この話、少し時間をもらえないか?」


 私の顔をのぞきこんだ。


「そうだな、一日だけほしい。君の方も、お父上を説得するのにそれくらいの時間は必要だろう? 兵を動かすにせよ、他の方法にせよ、できれば明日の夕方まで待ってほしいんだ」


「……何をなさるおつもりですか?」


 一介の薬師である彼が、いったい何を? 


 不安に両手を握りしめた私に、


「大丈夫、危険なことはしない」


 アーチーさんがふわりと微笑む。


「それと、これを」


 シャツの胸ポケットから取り出したものを、彼が私の手のひらにそっと置いた。


「きれい……」


 それは、金の鎖のついたペンダントだった。鶏の卵ほどの大きさのペンダントヘッドは、美しい紫水晶だ。


「昔から俺の家に伝わるものだ。お守りがわりに、身につけていてほしい」


 彼の言葉に、私はうなずいた。




 翌日の午後。


「陛下!」


 主だった家臣と私が、ジデオン軍への対応について懸命に父に説いているところへ、伝令が駆け込んできた。


 国境付近に集結していたジデオン軍が、わが国の国境警備隊に向かって挑発行為を始めたという。


(……やはり)


 危惧していたことが起きてしまった。

 唇を噛み締める私の前で、


「陛下、今すぐに兵を!」

「だが、兵が着くまで現地の者たちが持ちこたえられるかどうか」


 今ごろ青い顔で震えだした父に向かって、家臣たちが口々に言う。

 そこへ、


「大変です!」


 次の伝令が駆け込んできた。


「先にお伝えしたジデオン軍の前方、国境のわが国側に、ハミークの者とおぼしき数名の騎馬兵が現れました。また、東の隣国ハミークとの北東の国境付近には、ハミーク兵の一団も」


「なに?」

「この機に乗じてわが国に攻め入るつもりか?」


 執務室の混乱が大きくなる。



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