4.第一王女が恋に落ちたら{後}
「はいそこまでー!」
バン! と勢いよく事務室のドアが開いて、いつも通り読めない表情のデイヴィッドさんが大股で部屋に入ってきた。
ぽい、と彼が私をアーチーさんの膝から抱き上げ、背後のドリーに手渡す。
私を床に立たせたドリーが、慣れた手つきで私の髪とドレスを整えた。
「アーチー様、ご存じの通り今のあなたは一介の薬師。一方お相手は、この国の王位継承順位一位の王女様でいらっしゃいます。両想いは大変結構。ですが、こうした場合いろいろと段取りがあることもまた、十二分にご存じのはず。今後はどうぞ自重なさってくださいますよう」
細い腰に手をあて、無表情ながらぴしぴし怒っているデイヴィッドさんと、
「……すまない、つい」
赤い顔でひたすら謝るアーチーさん。
その傍らで、
「うふふ、おめでとうございます姫様。とうとうですわね」
「へ?」
やけに嬉しそうな顔でドリーにささやかれて、私は首をかしげた。
「アーチー様と、互いの想いを確かめ合われたのでしょう? んもー、このひと月ばかり、見ててじりじりしちゃいましたよ。じれったくて」
「……え?」
もしかして、そういうこと?
「んもー、何を今さら!」
ばちん、とドリーが私の背中を叩いた。
「そうですよ! 恋物語に出てくる、“両片想いからの両想い”ってやつです! よかったですね、アーチー様への想いが通じて!」
「ド、ドリー、声が大きい」
慌てて隣に目をやると、まだ赤い顔のアーチーさんと、ふう、と無表情のままためいきをついたデイヴィッドさんは、明らかに私と目が合ったにもかかわらず、揃って視線を外された。……紳士ね、おふたりとも。
「……とにかく」
こほん、と咳払いしてデイヴィッドさんが言う。
「大変楽しい時期に突入されたことは承知しておりますが、おふたりには、特にセシリア様にはお立場があります。わたくしもおふたりを精一杯お支えする所存ではございますが、今後はくれぐれも自重なさっていただきたい」
「はい」
アーチーさんにならって、私もうなずいた。
ロマンティックでないことこの上ないけど、これが王族の現実よね。
「デートもままならないのは残念だが」
アーチーさんが、ふっと笑った。
「これからも、隙あらば顔を出してくれ。この店に」
言うなり流れるような動きでひざまずいた彼が、包帯を巻いた私の手をとり、ちゅ、と甲に唇を落とす。
「……!」
(アーチーさんったら! 本当に、恋物語の王子様みたい!)
声の出ないキャーで固まった私の傍らで、
「ええ、それならギリセーフです」
デイヴィッドさんがクールにうなずいた。
とはいえ、さすがにそんな関係が、いつまでも隠し通せるわけもなく。
「セシリア!」
しばらくたったある朝、荒々しい足音と共に朝食の席へ入ってきた父に、私はいきなり怒鳴りつけられた。
「そなた、城下の薬師と通じておるとはまことか?!」
「……薬師のアーチーさんのことでしたら、おっしゃる通りお慕い申し上げております。ですが」
立ち上がって、覚悟を決めて説明しかけた私に、
「黙れ!」
父が得意のかんしゃくを起こす。
「あきれたものだな、次期女王が薬師風情と! しかも相手は、ハミークの者というではないか」
なにひとつ反論できず、私は黙って父の嵐が頭上を通り過ぎるのを待とうとした。
そう、待とうとしたのだけれど。
「こうなったら、例の侯爵家の次男との婚約、あれを今すぐ進めねば! セシリア、そなたもそのつもりで」
「父上?!」
これまで保留になっていた国内貴族との縁談を、顔合わせもなく強引に進められそうになって、私は声をあげる。
「その方は他国に留学中で、見合いの日取りすら決まっておりません」
要は相手が逃げ回ってるのよね、私とのお見合いから。
「黙れ! だいたいそなたが、これまでの見合い相手をいちいち怒らせてきたのが悪い。いいか、女というものは」
「――そこでございます」
もう無理、我慢できない。腹をくくって、私は父の言葉を遮った。
「恐れながら父上。わが国の未来は、私がただひとりお慕い申し上げる、このハミークの薬師にかかっております」
「くだらんことを!」
父のこめかみに青筋が浮いた。握ったこぶしが、わなわなと震えている。
「お言葉ですが父上」
わたしは食い下がる。
「ならば、このわたくしの眼鏡にかなう殿方を、用意することがおできになりますか?」
「……無礼者!」
父が激高した。
「そなたはいつもそうだ! 女のくせに小賢しい」
……本当は父上も、わかってるのよね。侯爵家の次男が意気地なしだってことくらい。
だからこそ、口では勝てない私を勢いで押し切ろうとする。
「それとこれとは別の話でございましょう」
父の態度に、反対にクールダウンして私はこたえた。
「父上、わが国の王配にふさわしい殿方を」
「黙れ黙れ黙れ!」
広い食堂に響き渡る声で怒鳴り散らす父と、それに逐一反論する私。周囲で右往左往する家臣たち。
そんな皆の姿を、テーブルについたままの王妃と第二王女――義母とルイーズが、意地の悪い笑みを浮かべて眺めていた。




