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4.第一王女が恋に落ちたら{前}

「あとは、これを袋に詰めたら終わりだ」


「はい」


 白木のテーブルの上で、乾かした薬草を小袋に分け、なるべく空気が入らないよう手早く丁寧に口を閉じる。


 ツボ押しの日から、かれこれ一か月。今日はアーチーさんのお店で、薬草仕事を手伝わせていただいている。


「そうだ、その調子。……とはいえ、正直うしろめたいな」


 私の手元を見守っていたアーチーさんが苦笑した。


「姫様にこんなことをさせて」


「『こんなこと』だなんて。私にとって、このように楽しい時間は他にありません」


 向かいに座る彼を見上げると、


「……そうか」


 大きな目が、優しく細められた。

 窓から入る午後の光に透けた瞳の色は、まるでとろりと流れるハチミツのよう。


(アーチーさん、今日もかっこいい……!)


 赤くなった顔に気づかれないよう、私は慌てて下を向いて作業に集中しようとする。


 薬作りのお手伝いは、本当に楽しい。

 草や果実や木の根など、季節ごとの様々な植物を、洗ったり干したり、切ったりすりつぶしたり煎じたり。手間はかかるし汚れるけれど、これまで頭で知っていただけの知識が、作業を通じて五感で身体に入ってくる。


 同じ初心者でも、普段から身体を使って働いているドリーに比べると、われながら笑ってしまうほど手際が悪いけれど。

 隣でとうに作業を終えたドリーに目をやって、私は苦笑する。


 このところ、私はより積極的に、薬草についてアーチーさんから学んでいた。家庭で使えるタイプの薬草を広めれば、医師のいない地域の民や医師にかかるお金のない民にとって、大きな助けとなることに気づいたからだ。


(だけど、教わる相手がアーチーさんじゃなかったら、ここまで熱心になれたかどうか)


 そんな不純なことを考えていたせいだろうか。


「あ」


 作業の途中で、左手の指に小さな切り傷を作ってしまった。

 傷口からの血でテーブルを汚さないよう、私は慌てて椅子から立ち上がる。


「どうした? ああ」


 気づいて向かいの席から立ち上がったアーチーさんが、無造作に私の左の手首をつかむと、店の奥に向かって歩きだした。


(……手首を! アーチーさんが!)


 動転して声も出せないまま、私は彼に従う。


 調理場で傷をきれいな水で流してくれた彼が、


「深くはないな」


 傷口を観察してうなずいた。


(ちちち、近いです、顔が)


 握られた手が、見つめられた指先が、そこだけ熱を持っているみたいだ。


 続いて隣の事務室に連れていかれ、並んだ椅子に座って手当てを受けた。


「申しわけない。姫様の大事な手に傷を」


 小さな傷に丁寧に包帯を巻きながら言う彼に、


「そんな」


 私は慌てて首を振る。


「かすり傷です。それに、私の手際が悪かったから」


「慣れていないのはあたりまえだ。こんな作業、初めてだろう?」


 アーチーさんが眉をひそめた。


「勉強熱心なのはわかるが、やはり姫様には姫様らしい生活が」


「……でも、私は!」


 これ以上この店に――彼のもとに来るのはやめろと言われてしまいそうで、懸命に私は言った。


「楽しいのです。こうしてこちらで、いろいろなことを学ぶのが。民のためという理由もあるけれど、なにより、私自身がここにいたいのです。アーチーさんのおそばに」


 私の左手をとったまま、アーチーさんが困ったような顔になる。


「……いけませんか?」


 私は彼を見上げた。


 平民とはいえ、初めて好きになった人。少しでも長く、おそばにいたい。


 けれど。


(……わがままだったんだわ、私の)


 気づいて、私は唇を引き結ぶ。


 そうよね。第一王女に押しかけられて、本当は迷惑だったのに、アーチーさんは断れなかっただけで――。


 ぽろり、と涙が頬にこぼれて、


(なんてこと)


 反射的に私は立ち上がった。


 私としたことが。人前で涙を見せるなんて。


「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして。城に戻ります」


 そのまま焦って歩きだそうとした私を、


「姫様」


 座ったままの彼が見上げた。


 握られた手に力がこめられて、


「あ」


 反動で、私は彼の膝の上に倒れ込む。


「ご、ごめんなさい! 失礼なことを」


「――いや」


 膝の上の私を包むように、アーチーさんが私の身体に腕をまわした。


「俺の方こそ、ごめん。ズルくて」


「え?」


 見上げた私の頬に、彼の指がそっと触れる。


「……本当は俺も楽しいんだ。年が離れてるのに、不思議と話が合って。それに君は、国のためにいつも一生懸命で」


「――アーチーさん?」


 尋ねかけたところで、


(……ん?)


 ようやく私は、自分の状況に気づいた。


(も、もしかして。今のこれって、アーチーさんの膝の上で)


 だだだ、抱き締められてる?


 至近距離で見る彼の顔と、耳をくすぐる吐息混じりのイケボ。

 そしてなにより、全身で感じる彼の体温。


(キャー!!)


 ど、どきどきが! どきどきすぎて!

 一度意識したらもう、胸の鼓動でなにも聞こえなくなってしまいそう。


「だけど君は俺よりずっと若い、それも大事な第一王女なんだから。こんな気持ちは、なかったことにするべきだと」


 長い睫毛を伏せたアーチーさんが、私を抱く腕に力をこめた。


「わかってても、手放せなくて……」


 熱のこもった目で見つめられて、私は何も考えられなくなる。


 互いの顔が、自然と近づいて――。




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