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3.縮め、距離!

「それでは、その国では女性にも徴兵制度があると?」


「ああ、そう聞いた」


 ふた月ほどたった、とある昼下がり。


 開店前の薬草バーで、今日も私はアーチーさんに、これまでに旅した国の話を聞かせていただいている。


「それにしても、変わったお姫さんだなあ。こんな話を聞きたがるなんて」


 薬草茶のカップを片手に微笑むアーチーさんは、今日もふわふわと色っぽい。


「……傲慢かもしれませんね」


 ふと、私は目を伏せた。


「私のような若輩者が、まつりごとについてあれこれと知ったようなことを言うのは」


「いいんじゃないか? それは」


 アーチーさんが琥珀色の目を軽く見開く。


「国の未来を預かる姫様が、四六時中、自分の国のまつりごとについて考えてるっていうのは、民にとって幸せなことだ。現場の人間には煙たがられるかもしれないが」


「それならいいのですが……それに、おっしゃる通りです」


 私はうなずいた。


「政策について尋ねると、教師たちは向学心があると褒めてくれましたが、実務を担う大臣たちには軽くあしらわれ、そののち煙たがられました。それでも疑問を感じるたびに問いかけ、こちらの思いを語り続けた結果、根負けしたのか、近頃は彼らの方からいろいろと相談してくれるように」


 今では王である父よりも私の方が、国内の諸状況を把握しているのではないだろうか。


「愛されてるなあ、姫さん」


 アーチーさんが、嬉しそうに笑った。


「愛されて……そうなのでしょうか」


 驚いて目を見張った私の傍らで、ドリーが大きくうなずく。


「そういうことなら心配ない。そんな姫さん相手なら、もしものときはちゃんと周囲がいさめてくれるさ」


「……そうあってほしいものです」


 静かにうなずいたところで、私は思い出した。


「そういえば、アーチーさんにお伝えしたいことがありました。薬草のことなのですが」


 前の晩、前世でたまに通っていた整体や、漢方薬のことを思い出し、研究熱心なアーチーさんに話してみたら喜ばれるかもと思ったのだ。


「とある遠国では、この大陸の薬草術とは異なる独自の薬学を発達させ、それに対応したマッサージを併用して身体の調子を整えているそうです。マッサージだけでも効果があり、そのポイントを『ツボ』というのですが」


 残念ながら私には漢方薬や経絡の説明はできないけれど、ツボ押しのいた気持ちよさやスッキリする感覚だけでも、試してもらう価値があるのでは?


 ……ていうか正直見たい、私が。足ツボを刺激されて、悶絶するアーチーさんを。


 手や腕といった、他人に触れられても抵抗の少ないツボの説明からスタートすると、


「うん。姫様の言った通り、なんだかすっきりするな」


 予想通り、彼は興味を示してくれた。


「ピンポイントで刺激を入れるのか。なかなかいいものだな」


 続いて本命の足ツボだ。ソファの上のアーチーさんに、いつも履いているシンプルなパンツをふくらはぎまでまくり上げてもらう。


 男性の素足にさわるなんて王女にあるまじき行為だけれど、観客はドリーとデイヴィッドさんだけ。大目に見てもらおう。


 まずは、定番の三陰交さんいんこうから。


「ええと確か、内くるぶしから指四本分上を、すねの骨に向けて指を重ねて」


「――っ!」


 効果は、期待以上だった。


 初めての刺激に、ソファの上でぴょんと腰を浮かすアーチーさん。


「な、なんだ今のは?!」


「三陰交といって、生理痛の軽減などに効果があるとされているツボで、下半身の血流に関係しているのではないかと」


「なるほど……いっ! わ、わかった! 姫様、わかったからもう押さなくていい!」


「あら、そうですか?」


 頬を赤らめて涙目になっているアーチーさんはかわいらしくて、気だるげセクシーな普段とはまた別の魅力を感じてしまう。


 続いて足裏。


「……あ、ってー!」


「ここは目のツボです。アーチーさん、目が疲れていらっしゃるのでは?」


「確かに、最近新しい薬草の本が届いて、ゆうべも遅くまで……って、いた! ちょ、姫様?」


「こちらは、お酒を過ごされたときのツボです」


「わかった! 目は休めるし酒も減らす! わかったから、って、ったー!」


 いけない。結んだ髪がほどけるほどソファの上でもだえる彼がかわいくて、ついやりすぎてしまった。


 もしや私、うっかり禁断の扉を開いてしまったのかしら?


「アーチー様……」


 ソファの脇では、デイヴィッドさんが肩を震わせて笑いをこらえている。その隣のドリーは、両手で口を押さえてぷるぷるしてるし。


 最近、他のお客様がいないときには、私たちの前でもアーチーさんのことを「店長」ではなく「アーチー様」と呼ぶようになったデイヴィッドさん。相変わらず表情の読めない彼だけど、信頼を得られたようで嬉しい。


 ようやくツボ押しから解放されて、


「……ずいぶん楽しそうだったな、姫さん」


 ソファの上で、むくれた顔で髪をかき上げたアーチーさんに、


「アーチーさんの健康に寄与できましたようで、嬉しい限りです」


 私はにっこりほほえんだ。




「姫様、最近いい感じに距離が縮まってきたんじゃないですか? アーチー様と」


 その夜、寝る前にドリーに言われて、


「やっぱり? そう思う?」


 私は弾んだ声を出した。


「それに姫様ったら、このところさらにおきれいになられて。恋は女性を美しくしますね」


「ドリーったら、やめてよ」


 地味な私にそんなのないない、と手を振ると、


「お世辞や冗談ではございませんよ」


 ドリーが青い目を大きく開いて私の顔をのぞきこんだ。


「城内の者たちも、皆申しております」


「えっ?」


 意外な言葉に、私はぽかんと口を開ける。


「もしかして、みんな知ってるの? アーチーさんのこと」


「もちろんです!」


 ドリーが胸を張った。


「皆、陰ながら姫様のことを応援させていただいておりますよ」


「ちょっと、ドリーったら! 恥ずかしいじゃない。……それに、アーチーさんは」


 王族どころか、貴族ですらないのに。

 言葉を詰まらせた私に、


「承知の上でございます」


 ドリーがにっこり笑った。


「薬師だって構やしませんよ。みんな言ってます、『あの姫様の選んだ方なら、間違いない』って」


「……そう」


 胸の中に熱いものがこみ上げて、私はうなずいた。


 肉親である両親や妹とは、どうにもうまくいかないけれど。たとえ血はつながっていなくても、城の皆にこんなに温かく見守られて。


 幸せものだわ、私って。




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