夜市
ウィスナビアでの天馬合戦は予想通りと言っては何だが、呆気なく終わった。
ラルシャークよりは手応えがあったが、そこよりは少しマシだった、という程度である。
でも末息子であるメディオールが目をキラキラさせて興奮していたので、リディオノーレは嬉しくなった。
リディオノーレも興奮してきて鬱陶しくなったアインズビルの面々は、彼女を引きずって部屋まで連れ帰った。
「頼むから落ち着け」
グレイザックが呆れ果てる。
「メディオール様、可愛くないですか?」
「………可愛いですか?」
ムナグレークが聞き返す。
その問いにグレイザックは首を振る。
「バルデはどうだ」
グレイザックはバルデミアンにも問う。
「………別にそこまでは」
バルデミアンもそんなことを言うのでリディオノーレは頬を膨らませた。
「何で皆そんな感じなんですか!?可愛いでしょう!?弟みたいな感じで」
そうか?とグレイザックは首を傾げる。
「俺とお前みたいなもんだろう?」
「……………確かに」
よくよく考えれば、グレイザックとリディオノーレの方が歳の差がある。
「皆からしたら私は妹みたいな感じではないのですか!?」
リディオノーレは声を上げる。
最低でも6歳は歳の差があるのだが。
「妹?妹、という感じではないですね」
ムナグレークが考え込みながら答える。
「そうですね……。グレイザック様の弟子、という印象が強かったので」
バルデミアンも同意する。
「ええっ」
リディオノーレは驚く。
グレイザックはため息をついて、彼女の額を弾いた。
「この話はもう良い。今日、夜市に出掛けるため、こいつの護衛を頼む。一応結界は張っていくから大丈夫だと思うが」
グレイザックは話題を強制的に変えた。
「どれくらいで帰ってこられますか?」
ムナグレークが尋ねる。
「そこまではかからんとは思う。目当ての物が見つかれば、すぐに帰る」
グレイザックは答える。
「かしこまりました。お気を付けください」
「ああ。頼んだ」
その夜、グレイザックは部屋を抜け出し、夜市へと向かった。
夜市は就寝の鐘が鳴ってから始まる。
夜更けなので、一気に大人の空気になる。
恋人同士が増え、あちこちで喘ぎ声が聞こえたり聞こえなかったり。
グレイザックは顔をしかめながら、早足で目当ての店をさがす。
大通りにいつも出店しているのだが、店の趣が桃色でグレイザックからすると入りにくい。
でももう仕方がないことなので、意を決して店主に声をかける。
「今日の品揃えは?」
「ゲリルだけよ」
女の店主が答えた。
金髪の長身で出るとこ出てるかなり美人の店主だ。
グレイザックと並ぶと美男美女でお似合いである。
「ではゲリルの根をくれ」
「いいわよ」
金髪美女の店主はそう答え、杖を取り出した。
そのやりとりが合言葉であり、一瞬にして遮蔽の結界をかける美女店主。
「久しぶりじゃない」
頬杖をつきながら、店主は話しかける。
「そうだな」
グレイザックは早く品を出せ、と無言で訴える。
「あなた、結構噂になっているわよ」
店主はグレイザックの頬を撫でようと手を伸ばす。
グレイザックは無言でその手を払いのけ、鬱陶しそうに口を開いた。
「魔石を出せ」
グレイザックは顔をしかめながら、催促する。
「ねぇ、弟子はどんな子なのよ。会わせてちょうだいよ」
艶めかしく誘惑する店主。
「早くしろ」
グレイザックは苛立ち、杖を向けた。
「んもうっ。本当に短気なんだから」
店主は頬を膨らませながら、魔石をいくつも取り出した。
「獅子と虎と熊だけか?犀は?」
グレイザックが眉を吊り上げる。
「本当せっかちなんだから」
店主は犀の魔石をいくつも取り出した。
「流石だな」
グレイザックは唇の端を上げる。
この店主は大型動物の魔石の品揃えが良い。
それ故に彼はここを贔屓している。
「誰に使うのよ?噂の愛弟子?」
「誰でもいいだろう」
グレイザックは適当にあしらい、魔石を4つ手に取った。
「いくらだ」
「ねぇ、愛弟子のため?」
店主はグレイザックの言葉を無視して、彼の手の上にに自身の手を乗せる。
乗せられた瞬間、グレイザックは思い切り手を払う。
「やめろ」
グレイザックが魔力の威圧をしながら、睨みつけた。
そんな威圧をものともせず、店主はうふふと微笑む。
「ねーえ、誰のための魔石?」
店主はまたグレイザックの手を握り尋ねる。
「………」
グレイザックは体を仰け反らせながら、顔を引き攣らせる。
「いいじゃない、言ってくれても。この魔石たちを取ってくれるのどれだけ大変か知ってるでしょう?」
店主はグレイザックから手を離して、頬杖をつく。
グレイザックは少し長い息を吐いてから、ぼそりと「弟子のだ」と答えた。
「え?何?声小さすぎるんですけど」
店主がため息をつく。
「……カルムクラインの生き残り、でしょう?」
店主は真剣な目でグレイザックを見つめる。
「俺の弟子だ」
グレイザックはそう言って、金貨の入った袋を渡す。
その言葉に店主は目を丸くしながらその袋を受け取った。
「あら、本当に噂通り可愛いがってるのね」
「……」
グレイザックは無言で返す。
「で、犀の魔石が4つも必要なくらいの弟子なの?」
「………」
グレイザックは無言。もう帰ろうとしている。
「ちょっと待ちなさいよ。今度いつ会えるか分からないのに」
店主がグレイザックの腕を掴む。
「当分用はない。が、この魔石、感謝する」
「それはいいのだけれど、また紹介しなさいよね」
「………気が向いたら」
グレイザックはすごい嫌そうな顔で答えた。
「何でよ」
「ろくな人間じゃないだろ」
グレイザックは店主を上から下まで見ながらそう言った。
「あら失礼な」
ほほほ、と楽しげに笑う店主。
「俺はお前に自分のことを言ったことはないぞ。なのに何故か俺のことを知っている。それだけで充分変な奴だ」
グレイザックは眉間に皺を寄せながら告げる。
その言葉に店主は、ふふ、と笑う。
美女な分、笑うと艶めかしくて普通の男性なら射止められること間違いない。
「それに」
グレイザックは皺を深めながら、言葉を続ける。
「何でわざわざ女の格好をしているのか訳が分からん」
グレイザックの言葉に、店主はすごい不機嫌な顔で舌打ちした。
「うるさいわね。女の方が情報が入ってきやすいのよ」
「………好きにしたらいいが」
グレイザックは横目で店主を見やる。
「あなただけよ。一目で私を男と見破ったのは」
店主はため息をつく。
「……筋肉のつき方が男のそれだろう?胸はどうなってるか知らんが」
グレイザックは店主をじろりと見る。
「これは秘密よ」
店主は悪戯な笑みを見せる。
「ねぇ、ナックルンドの情報はいる?」
店主が唇の端を上げながら笑って尋ねる。
その問いにグレイザックは金貨を1枚取り出した。
「本当、躊躇いなく払ってくれるわよね」
店主は懐に金貨をしまいながら少し笑う。
「これでしょうもない情報だったらどうするのよ」
「玄人がそんな情報を出すわけないだろうが」
グレイザックは呆れたように言った。
お互いのことを何も語ったことのない2人。
名前を言ったこともない。でも、本当は知っている。
お互いが独自で調べ上げ、名前、出自、仕事、色んなことを知っているが喋らない。
この店主が仕事に関しては素晴らしい腕をしているのを知っていて、信用できるからこそグレイザックは金を払う。
「あら、嬉しいわね」
店主はにこりと微笑んだのち、鋭い目を向けた。
「ナックルンドの王と女王が病に臥しているらしいわよ」
グレイザックの眉が少しピクリと動いた。
無表情を装える彼に店主は内心で感心する。
「あそこの一族は身内大好きだからね。身内のためなら何だってするわよ」
「………」
グレイザックは無言のまま店主を見つめた。
店主も彼を見つめ返す。
「……気をつけなさいね。きな臭いわよ」
「お前の情報源が恐ろしいな」
グレイザックは唇の端を上げた。
アブストールの影の騎士団の情報も充分すごいのだが、この店主の情報網は少し違う。
普通は探れないであろう所の情報を持っているのだ。
「礼を言う。助かった」
グレイザックは犀の魔石を袋に入れ、店から去った。
気配が完全に消えてなくなったところで、店主は息を吐いた。
彼は上客なのだが、危険である。
あまり突っ込みすぎると自分が巻き添えを食いそうなので気を付けないといけない。
金髪美青年、尊大な態度で犀の杖を操る高魔力保持者。
初めて会ったときにこれがあの鬼畜と言われるアインズビルのグレイザックだと一目で分かった。
そして、カルムクラインの生き残りを引き取り、大事に面倒をみていると聞いて嘘だと思ったのだが、事実だったのでかなり驚愕したのを覚えている。
そして、その弟子に何があったのかも。
アインズビルの力で、あの市での事件は箝口令が敷かれていたので情報収集するのに苦労した。
また、弟子の姿を完全に隠匿されたため、死んだとまで思ったのだが、生きていたと聞いて驚愕した。
「本当に面白い」
店主はそう呟いて、遮蔽の結界を解除した。




