グレイザックの素材の授業
「久しいな、シャーリー。学院はどうだ」
領主家族との昼食にリディオノーレとグレイザックも同席する。
領主の質問にシャーリネーヴェは答える。
「楽しいのもありますが、今は試験前で覚えることがたくさんすぎて困っています」
「ああ、素材関連の座学だろう?」
領主は思い出しながら尋ねる。
「そうです。お父様は得意でしたか?」
「いや。あんなの覚えてられん。半分取れたらいいくらいだろう。なぁ、シャイリーネ」
領主は妻に尋ねる。
シャイリーネは困ったように口を開いた。
「半分でいいわけはありませんが、できるだけ高得点は狙いなさい。ジャンドの方が最近のことですから詳しいでしょう?」
シャイリーネはジャンドバルトに話を振る。
ジャンドバルトは騎士の正装に身を包んでいる。
リディオノーレが見ない間に子どもさがなくなり、少し精悍な顔つきになっていた。
「そうですね、私もそこまで勉強が得意というわけではありませんが、あの素材の座学は半分以上取れれば首席になること間違いないですね」
そんなものなのか、とリディオノーレはへぇ〜と思いながら聞いている。
そんなリディオノーレの心が読めたグレイザックは隣から皆に見えないように彼女の膝をはたいた。
「!」
リディオノーレは驚いてグレイザックを見やる。
「………」
そんな2人の様子に気付いたシャイリーネが少し笑った。
「どうやらグレイザックの考えは違うようね」
「………次席と差をつけて首席をとるのが主義なので」
グレイザックは答える。
「お母様、そちらの2人は何ら参考になりませんので聞くだけ規格外が分かるだけですよ」
シャーリネーヴェは諦観している。
その言葉に領主が笑った。
「よく分かっているな」
はっはっは、と豪快に笑う。
「何故か私も一緒くたにされてるんですけど。まだ学院に通ってすらないのに。完全に師匠のせいですよ」
ぷぅと頬を膨らますリディオノーレ。
「違うだろ。………いくつか問題を出しましょうか?」
グレイザックが領主に尋ねる。
「珍しいな」
領主は目を丸くしたものの、「やれ」と許可する。
「分かれば挙手をお願いします」
グレイザックはそう言って問題を出し始めた。
「では、ロガリアの説明をしてください」
またざっくりとした問題である。
その問題にシャーリネーヴェとジャンドバルトとリディオノーレが同時に手を挙げた。
「ではシャーリネーヴェ、ジャンドバルト、最後にリディの順で」
グレイザックはそう命じる。
「はい。ロガリアはアラウィリア特産の樹です。高魔力保持者の杖の素材として適しています」
「……右に同じく」
ジャンドバルトは頷く。
グレイザックはリディオノーレを顎でしゃくった。
次はお前が答えろ、と。
「……アラウィリア特産の樹ですよ。合ってるじゃないですか。あと言うことがあるとしたら、黄色の花が咲きます。因みに、砕いて粉末にして痺れ薬の素材のひとつとしても使えます」
「………何だそれは」
ジャンドバルトが目を瞬きながら突っ込んだ。
元々ロガリアの樹の花や葉が痺れ薬の素材のひとつとして使えるのだから、樹本体も使えるだろうと思って調合したことがあるので間違ってはいない。
アラウィリアでの天馬合戦の時に使用した痺れ薬の素材の代替品のひとつである。
「それは……試験に出るのですか?」
シャーリネーヴェが眉をひそめながらグレイザックに尋ねる。
「出たことがある。では、次だ。リンデロンのことを答えられるだけどうぞ」
「リンデロン……」
シャーリネーヴェが考え込む。
手を挙げたのはジャンドバルトとリディオノーレだ。
「ジャンドバルトからどうぞ」
グレイザックは名を呼ぶ。
「はい。ナックルンドの王族直轄地に自生する樹です。王族直轄故に高魔力保持者の杖の素材です」
「その通り。………リディは?」
リディオノーレを見やるグレイザック。
「………。リンデロンですよね……。リンデロンを使って杖をつくるには熊以上の魔石でないと結合しません」
リディオノーレは答える。
「そうなのか?」
ジャンドバルトは驚いたように尋ねる。
「らしいです。私もリンデロンを使って調合したことがないので確証はないのですが、そう資料に書いてありました」
正確には、グレイザックの研究資料に、だが。
「……ということは他の樹も相性の良し悪しがあるということか?」
ジャンドバルトは重ねて質問する。
「……だと思います。まだ実験をしたことがないので何とも言えませんが。その実験を学院でしようかと思っております」
リディオノーレは微笑んだ。
その言葉にジャンドバルトが少し眉をひそめた。
そんな話をしていたわけじゃないんだが、と顔に書いてある。
そんな様子は無視して、グレイザックは問題を出す。
「では次。ルングの花の説明をしてください」
「ルング?」
シャーリネーヴェとジャンドバルトが首を傾げた。
「ルング……」
端に控える側近も含め、全員が呟いた。
領主やシャイリーネも考えこみ、数拍のち手を挙げたのはシャイリーネだった。
「自生地はナックルンドでは?」
シャイリーネは答える。
「はい。合っております」
グレイザックは答える。
「それくらいしか分からんな」
領主は肩をすくめて発言した。
「誰か他に分かる者は?」
グレイザックは全員を見渡す。
サムエルやザファムートにも視線を向ける。
サムエルは首を振り、ザファムートは「ルングは確か高値で売買されています」と答えた。
グレイザックはその答えを聞いたあと、「リディ」と名を呼んだ。
リディオノーレはすごい嫌そうな顔をしている。
それでもグレイザックは答えろ、という圧を無言でかける。
「………」
数拍2人で睨み合う。
結局負けたのはリディオノーレで、彼女は諦めて息を吐いた。
「ルングはナックルンド王族が管理している花です。花びらは回復薬の素材として使われ、ザファムート様の仰った通り高値で取引されます。回復薬としてはかなり優秀な素材です。いち貴族では手が出せないような高値なのであまり出回らないため知らないのも無理はありません。ナックルンドはその取引に支えられている部分は大きいですね。……………そして、その根には媚薬効果があります」
「!!!」
全員が驚きに目を見張った。
なるほど。それで、リディオノーレが言い渋ったのかと控えているサムエルは納得した。
「教科書では1行ほどの説明で終わっているかと思います。ですが、回復薬の最高級の素材はそのルングです。でもルングはナックルンド王族特産故に手に入らないため、我が国ではモルトの花が最高級の素材となります」
グレイザックは解説を付け加える。
「覚えておいて損はないですよ。是非、他国や他領に出向く際は、素材の収集をしていただけるとありがたいですね」
グレイザックはこの場にいる全員に向かって言う。
「……それ、自分が欲しいだけじゃないですか」
リディオノーレはボソッと小声で突っ込む。
グレイザックは彼女ににこりと微笑んだ。
「ひっ」
その笑顔にリディオノーレは体を縮める。
グレイザックは一回咳払いをすると口を開いた。
「素材の試験は皆自国のことは答えられるのですが、他国のことはよく覚えていないのです。ですが、試験の内容としては自国半分、他国半分です。なので、半分以上の点を取りたいのであれば他国のことも勉強することをおすすめします」
グレイザックはそう締めくくる。
「いいことを聞きました。まだ間に合いますかね」
シャーリネーヴェはグレイザックを見る。
「覚えが悪くないなら大丈夫なのでは?」
グレイザックらしい答えだった。
「お母様、わたくしこれで戻りますわ。早く勉強しないといけません」
シャーリネーヴェは口元を拭くと立ち上がる。
「そんな慌ただしくしなくても」
シャイリーネは困った顔をする。
「いいえ。出来るだけ首席を取りたいですもの。リディが首席なのに姉は首席じゃないのか、なんて言われたくないですし」
「………分かったわ。気をつけて帰るのよ」
シャイリーネはため息をつく。
「もうすぐ面談ですし、その時にまた会いましょう。しっかり頑張ってきなさい」
「はい、お母様。お父様、今日はお時間を取って頂きありがとうございました」
「良い。勉学に励んでいるようで何よりだ」
領主も微笑む。
「私、お見送りしてきます」
リディオノーレも立ち上がった。
「サムエル、外のバルデミアンも連れて見送りを頼んだ」
グレイザックが指示する。
ジャンドバルトも無言で立ち上がるとついていく。
相変わらず口数が少ない。
見送りに何人か出払い、落ち着いたところでザファムートが口を開いた。
「相変わらず知識がすごいですね」
ザファムートは苦笑いだ。
「………」
グレイザックはザファムートをちらりと見てから口を開いた。
「首席を取るには必要な知識だ」
素っ気なく答える。
「それを覚えているリディオノーレもリディオノーレですが」
シャイリーネも苦笑いで言う。
「興味があることには貪欲なので然程教えなくても本さえ与えればいくらでも吸収していきますよ」
グレイザックは唇の端を上げる。
「それより、ザファムートはルングのことをよく知っていたな」
グレイザックはザファムートを見つめた。
「たまたまです」
ザファムートは薄く笑い、言葉を続ける。
「リディには負けますよ」
そう言って肩をすくめた。
その答えにグレイザックは嘲るような笑みを漏らしながら口を開いた。
「俺の弟子だからな」
グレイザックはそう答えて立ち上がる。
「では、御前を失礼します」
グレイザックは領主とシャイリーネに向けて頭を下げ、部屋を出た。
彼の気配が完全になくなった所で、ザファムートが困った顔で口を開いた。
「私、何か怒らせましたか?」
ザファムートが領主夫妻に問いかける。
「……グレイザックはいつもあんな感じでしょう?」
シャイリーネは答え、領主を見やる。
「………ああ、まあな」
領主は意地悪く笑ってグレイザックが出て行った扉を見つめた。
シャーリネーヴェを見送ったあと、リディオノーレはバルデミアンを連れてムナグレークに会いに行った。
「グレーク様ぁぁぁーーーーっ!!!」
ムナグレークの姿を見た途端、リディオノーレは大声で叫んだ。
やっと会えた。
「リディッッッ!!!!!」
ムナグレークも声を張り上げて彼女の名を呼ぶ。
両手を広げ、駆けてくる彼女を受け止めた。
「元気でしたか!?」
ぎゅーーーと抱きつきながらリディオノーレは尋ねた。
ああ、本当に久々すぎる。
「元気でしたよ。久しぶりですね」
ムナグレークは薄く笑いながら、リディオノーレの頭を撫でた。
「私が休んでる間、代わりに執務してくれてたんですよね。ありがとうございます」
「あれくらいなら大丈夫ですよ」
ムナグレークは優しく微笑んで嘘をつく。
大丈夫なわけがないに決まっている。
リディオノーレのことを聞ける雰囲気でもないし、結界で近付けもしないし何も分からなかった。
でもグレイザックがおかしくなっているのは分かった。それはもうはっきりと。
魔力は漏れているし、誰彼構わず威圧するし、戦々恐々しながら城の者はグレイザックに近付かないように必死になっていた。
リディオノーレが来てから大分丸くなってやっと皆が話しかけやすくなってきたのに、一体何があったのかと。
リディオノーレの姿は見えないし、そのことを聞こうにも誰も教えてくれないし、グレイザックに聞くなんてもっての外だったし。
でもグレイザックが寝不足で薬で体調を調整しながら過ごしているのは、何となく分かったムナグレーク。
学院時代もそんなことがあったからだ。
だから、彼の仕事を少しでも減らそうと執務を手伝った。リディオノーレの部屋には近付けなかったので、グレイザックの執務室の方で仕事したりしながら彼女の情報を集めたりと必死だった。
だが、急にグレイザックが落ち着き、険悪な雰囲気がなくなり、眠れるようになったのも一緒に過ごしていれば分かった。
本当に安心したのを覚えている。
この小さい娘のためにどれだけグレイザックが骨を折ったのかも知っている。
そしてそれは、グレイザックが激昂するほどの何かが彼女の身にあったのだろう。
「リディ、お帰り。本当に、よく、帰ってきた」
ムナグレークは感無量になりながら彼女を抱きしめた。
「瀕死状態から目覚めたらしい、と皆が噂していたからいつ会いに来てくれるか待っていたんですよ」
ムナグレークは目を潤ませる。
「遅くなっちゃいました。お待たせしてすいません」
リディオノーレは抱きついたまま彼の肩に頬ずりする。
「本当に、皆にまた会えて嬉しいです」
えへへ、と笑うリディオノーレ。
「………子どもだが、リディは女性だ。異性に抱きつくのはどうかと思うんだが…」
バルデミアンが今更ながらに突っ込んだ。
「グレーク様も私の師匠なんです。異性とかそういうのは関係ないですよ」
リディオノーレはそう言って、ムナグレークに向き直る。
「私が休んでた間のこと聞かせてください」
リディオノーレのお願いにムナグレークはゆっくりと語り始めた。




