新しい呪文
ムナグレークが語ってくれた内容は、事情を知らない城の者の総意のようなものだった。
彼はなまじグレイザックのことを理解しているが故に、色々悩んだらしい。
怒っているグレイザックを刺激するのも良くないけど、彼の体調も気がかりだし試行錯誤しながら手伝いに励んでいたとのことだ。
「リディならこの苦労が分かるでしょう?」
ムナグレークが苦笑いになりながら尋ねる。
グレイザックが魔力の威圧を撒き散らしていた話は聞き及んでいる。
「………急にこんなことになってすいません」
「それはリディのせいではないでしょう?詳細は知りませんが、瀕死だったと聞いています」
ムナグレークは彼女を見つめる。
「私の予想では何者かに害されたのでしょう?」
ムナグレークは単刀直入に聞いてきた。
リディオノーレは思わず苦笑いになる。
だが、答えない。
「あなたはカルムクラインの生き残りですからね」
ムナグレークは少し息を吐くと言葉を続けた。
「色々情報を繋ぎ合わせると、カルムクラインの者が生きているのが困る輩があなたを襲った。そして、守りきれなかったグレイザック様が怒り狂った、ってところでしょうか」
ムナグレークはにやりと笑う。
当たりである。
リディオノーレは笑ってしまった。
流石だ。
「何をどう襲われたのかは分かりませんが、瀕死になるほどの重傷を負った、ということですね」
ムナグレークは彼女の体を上から下まで見る。
「でも、回復した。ちゃんと、回復したんですね?」
「はい」
リディオノーレは微笑んで答えた。
「ならいいんです。無理はいけませんからね」
「ありがとうございます」
本当に愛されている。
グレイザックに引き取ってもらって本当に感謝しかない。
「あんなグレイザック様の面倒を見るのは2度とごめんです」
ムナグレークが苦い顔をする。
本当に苦労したのが伝わってくる。
「一度体験してほしいくらいですね。………でも、それほど愛されているってことですね。……妬けますね」
「……え?」
何を言っているのか分からず、リディオノーレは聞き返した。
妬ける?嫉妬?
リディオノーレの目が点になる。
「そりゃ妬けるでしょう。グレイザック様に惚れ込んで腕も買われてアインズビルまでついてきたのはこの私なのに、いつの間にかリディの方が可愛がられているじゃないですか」
ムナグレークが唇を尖らせた。
リディオノーレは少し目を瞬くと笑った。
ひとしきり笑うと、笑い涙を拭いながらリディオノーレは口を開いた。
「何言ってるんですかー。グレーク様は信頼されているじゃないですか」
「そんなことリディに分かるのですか」
「分かりますよー。グレーク様には何も言わなくても全てを受け入れてくれる人だから大丈夫だ、って言ってました」
その言葉にムナグレークは目を瞬いた。
「………それはグレイザック様が?」
「勿論です。他に誰がいるんですか」
リディオノーレはにこりと微笑む。
「信頼してるからこそ放っておいて大丈夫だ、的なことを言ってました」
「……………」
ムナグレークはその言葉を噛み締める。
嬉しそうだ。
本当にグレイザックは言葉がいつも足りない。
リディオノーレは心中でため息をついたのだった。
そうして2人はグレイザックのことについてたくさん話し、日が暮れる前にバルデミアンに声をかけられた。
「肌寒くなってきますので中に戻りますよ」
「………あ、ごめんなさい。完全に放置してました」
あまりにも何も突っ込んでこないし、完全に気配を消していたのでバルデミアンの存在をすっかり忘れていたリディオノーレ。
「その扱いには慣れてますので大丈夫です」
バルデミアンはそう言って、行きますよ、と手を引っ張る。
「グレーク様、いつでもお部屋に来てくださいね。お茶しましょう」
リディオノーレは微笑んで城内に戻って行った。
いつもの如く、あとは寝るだけとなったら今日1日の報告をリディオノーレの部屋で行う。
「グレークは何と?」
グレイザックは尋ねる。
「私って皆から愛されてるんですね」
リディオノーレは微笑みながら答えた。
「……そんなことは聞いてない」
グレイザックは腕を組んでため息をついた。
「とりあえず、グレイザック様がどれだけ魔力の威圧をしていたのかが分かりました」
その言葉にグレイザックは視線を逸らした。
「いいんですけどね」
リディオノーレは苦笑しながら続ける。
「愛されてる証拠なので」
にやりと笑う彼女の額を弾くグレイザック。
「調子に乗るなよ」
そう怖い声音で言って、グレイザックは1冊の本を彼女に渡す。
「開かずにそれを持て」
「……???」
リディオノーレは本を手に持つ。
「今日の呪文だ。やるぞ」
グレイザックは杖を取り出し、本に向かって「ルーナド」と唱えた。
「っっっ!!!」
リディオノーレは本を落とした。
急な重さに耐えられなくなり、手を離してしまった。
「っっ!!え、重たっ」
落とした本を拾おうとしたが、重たすぎて持てなかった。
「何ですか、これ」
「物の重さを増やす魔法だ」
リディオノーレは少し目を瞬くと、顎に手をやり考えこむ。
「………」
グレイザックはその様子を唇の端を上げて見つめる。
「………小石を相手の頭上に浮かせます」
リディオノーレはゆっくりと口を開いた。
「天馬合戦の話だな?」
「そうです。………浮遊を解除して落下するときにこの呪文を使って重くしたらどうでしょう」
「……くく。本当に察しがいいな。じゃあ、もうひとつ。先日の加熱の魔法、覚えているか」
「覚えています」
リディオノーレは頷く。
「それを含めて考えろ」
グレイザックはそれだけ言って腕を組む。
「………」
急に投げられた為、リディオノーレはふむ、と考える。
「魔力の調整……ってことですか。この重くする魔法も魔力量で重さが変わるんですか?」
「……そうだ」
グレイザックはにやりと笑った。
「どれくらいの魔力をこめたら重さがどれくらいになるのか把握しておけ」
本当に察しが良くて教え甲斐がある。
「分かりました」
リディオノーレはもう一度呪文と振り方を教えてもらうと挑戦し始める。
重さの微調整はこの前の加熱より少し難しいかもしれない。
加熱は徐々に力を加えていく感じだったが、これは少しだけ力を込めても重さが然程変わらない。
考えた末に、3段階くらい重さをハッキリと変えれるようになった上で、細かい調整はそれからにしようとリディオノーレは思った。
そうじゃないと把握しにくい。
「………どうだ」
試行錯誤してる彼女を見て、グレイザックは尋ねてみる。
リディオノーレはとりあえず何も重さを変えていないそのままの本、そして、力を半分ほどこめて重くなった本、からの全力で重くした本。
まず、これをグレイザックに説明する。
全力で重くした本は全く持てないのだが。
「発想は合っている。意外と難しいだろう」
グレイザックはにやりとした。
リディオノーレは悔しそうに頷く。
「体力を補うために体に魔力を行き渡らしているだろう?それが邪魔しているのもあるが、それもしつつ、この重さも細かく変えることができたら普通にすごい。この重さを変える術自体、5段階ほどにできたらそれで充分だ」
「5段階……」
リディオノーレは呟く。
出来そうで出来なさそうな微妙な所である。
「この術は少しずつ練習しろ。これと並行して、この術と反対の軽くする術も教える」
グレイザックは呪文と振り方を説明する。
「どちらも微調整で重さが変わる術だ。これがどちらも5段階ずつ変えられるようになれば上出来だ。毎日みてやるからやってみろ」
「……やり甲斐ありますね」
リディオノーレは挑戦的な顔をする。
そんな彼女の様子にグレイザックは笑う。
「少しずつでいいからな」
グレイザックはそう釘を刺して、彼女の額に手を当てる。
「問題ないな。寝るぞ」
そう言われて、リディオノーレは素直に布団に潜り込む。
「………シュラーミール」
グレイザックは睡眠魔法をかけ、彼女を眠らせると髪を整えてやる。
「この細かい魔力の調整をどこまでできるのか」
グレイザックは楽しげな顔になる。
彼自身は元々そういうのに長けていたため、そこまで苦労せずに出来たが、普通はなかなか出来ないらしい。
できない奴は一生できないと聞いたことがある。
だからこそ楽しみである。
この微調整ができると杖代わりに指先で術を唱えられる第一歩となる。
因みにグレイザックは5回に1回の割合くらいで指先魔法が成功したりする。内緒だが。
この指先魔法も国に見つかれば大変厄介なことになるような、高難度な術だ。
だが一度その発想をしてしまった彼女からしたら、その内実験するような内容であることには違いない。
ならば、グレイザックが見張っている内にやらせるのが最善手であると判断した。
グレイザックは軽く彼女の頭を撫でると、自分は少し手紙の返事を書いてから眠りについた。




