シャーリネーヴェとの歓談
「終わりましたよ」
サムエルが仕事をしている2人に声をかけた。
「リディ」
グレイザックはすぐに筆を置き、リディオノーレに声をかける。
「リディ」
グレイザックはもう一度声をかけた。
「………ん!終わりましたっ!」
リディオノーレは筆を置いて伸びをした。
目の前にはグレイザックが呆れた様子で立っている。
「あれ?もしかして呼んでました?」
その問いに彼は答えず、彼女の額を弾くとリディオノーレの部屋の方を向いて顎をしゃくった。
「終わったんですね!」
リディオノーレはガタッと立ち上がり、すぐに部屋を覗く。
「………」
部屋を覗いたリディオノーレは目を瞬く。
「え、これ、私の部屋ですか?」
リディオノーレは頭1つ半ほど背の高い、背後に立っているグレイザックの顔を見上げた。
「悪くないんじゃないか」
グレイザックは少し感心したように答えた。
その言葉にシャーリネーヴェは顔を綻ばせる。
リディオノーレは自室を見渡した。
まず、白を基調としていた寝台が橙色になっている。造花が壁にかけられていたり、姿見が鏡台に変わっている。
客用の机が増えて、そこに長椅子が移動している。
そして、何故か衣装も増えている。
「わたくしのお古だったり使っていない余り物で申し訳ないけれど、とりあえずはこれでどうかしら?」
シャーリネーヴェが誇らしそうに言う。
「……え、いいのですか?何かたくさんあるんですけど……」
「良いのです。まさかあなたがここまで女を捨ててるなんて知らなかったのです。早く言いなさいな。衣装なんてお古で良ければいくらでもあるのに」
シャーリネーヴェは呆れたように言う。
「では、お茶にしましょうか」
サムエルは微笑みながら準備してくれる。
「お二人でごゆっくりどうぞ」
準備が終わるとサムエルはグレイザックの部屋へと下がり、扉を閉めた。
「お姉様、いくらなんでもこれはもらいすぎです」
長椅子に横並びに座って、リディオノーレはそう言った。
「いいのよ。わたくしが出来るのはこれくらいだもの」
シャーリネーヴェは微笑んだ。
「それに、いくら何でも鏡台がないのは駄目よ。装飾品とかどこにしまうのよ。これからどんどん増えていくわよ。それに衣装も少なすぎるわ。わたくしからお母様に言っておくから、欲しいのがあれば遠慮なく言ってちょうだい」
「……何でそんなにしてくれるんですか」
リディオノーレは目を瞬いてしまう。
「妹のようなものだからよ」
シャーリネーヴェはそう答え、リディオノーレの手を握った。
「生きてて良かったわ。何があったのか聞いても……?」
シャーリネーヴェはリディオノーレの顔を覗き込む。
「……」
その質問にリディオノーレは無言で苦笑する。
「………言える範囲内でいいから教えてちょうだい」
「急病にかかったんです。そうとしか言えません」
リディオノーレは困ったように答えた。
その答えにシャーリネーヴェはふぅ、と息を吐く。
「そうなのね。でも治ったのよね?」
「治りましたよ」
リディオノーレは安心させるように微笑んだ。
「もう同じようなことにはならない?」
「……油断しなければ」
リディオノーレは薄く微笑んだ。
「何よ、それ」
シャーリネーヴェは怖い顔になる。
「またあり得るの?」
「同じことが起こらないようにはしますよ」
リディオノーレは慌てて言い繕う。
「………そう。………大丈夫なの?」
「大丈夫です。グレイザック様の弟子なんで、これ以上のヘマは出来ません」
リディオノーレは苦笑しながら答えた。
「そう。あまり頑張りすぎちゃ駄目なのよ?あなたはまだ子どもなんだから。守ってもらえる内は甘えておきなさい」
シャーリネーヴェは微笑む。
本当にリディオノーレを案じてくれているのが分かる。
「ありがとうございます。今日は夕食はこちらで?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、試験前だから夕食前には帰るわ。だから昼食を皆で一緒にとりましょう」
「忙しいのにわざわざ帰ってきて頂いてすいません」
「いいのよ。あなたの無事をこの目で確認したかったの」
本当に愛されている。
リディオノーレは嬉しくなって顔が緩む。
「折角帰ってきたのに私に時間をとってもらってすいません」
「いいのよ。あなたの無事が確認できたことですし、わたくしは満足したわ。後ほど、昼食のときに会いましょう。お兄様ももうすぐしたら帰ってくるはずですし」
シャーリネーヴェは微笑んで立ち上がる。
「それは楽しみですね」
元々ジャンドバルトとあまり接点がないリディオノーレなので、彼が今何をしているかよく知らない。
「ええ。また後で。朝からごめんなさい」
シャーリネーヴェはリディオノーレの頬をひと撫ですると部屋を去って行った。
リディオノーレは茶器を片付けに立ち上がり、隣室の扉をノックしてグレイザックの部屋に入る。
「………終わったようだな」
グレイザックは執務の手を止めず、リディオノーレを一瞥だけして声をかけた。
「はい。あ、昼食を皆でとるようです。ジャンドバルト様も帰ってくるとのことです」
「夕食じゃなくて昼食ですか?」
サムエルが尋ねる。
「夕食前には学院に帰るようです」
「忙しいな」
グレイザックは流石に手を止めて顔を上げた。
「試験前だそうですよ」
「………あー」
グレイザックは素っ気なくそう答えた。
そんなグレイザックの返事にサムエルは苦笑しながら突っ込んだ。
「グレイザック様、全く分かっていないでしょう」
「………」
グレイザックは答えることなく執務を再開した。
そんなグレイザックに少し呆れた息を吐いたサムエルは説明をしてくれる。
「各授業が終わった次の授業日に試験となります。年度末ですので、今が1番忙しいのではないでしょうか」
「そんな時期に帰ってきてくれたんですね……」
リディオノーレは改めて感謝を覚えた。
「グレイザック様は予習していらっしゃいましたので、この内容なら試験を受けても問題ないと思ったらすぐに各教授に試験の申し込みをし、特別に試験をしてもらっていましたので、試験の時期など知らないんですよ」
サムエルは苦笑している。
「ですので、リディもあまりシャーリネーヴェ様を引き止めることなく送り出してあげてください」
「分かりました。寂しいですが我慢します。本来は卒業するまで寮生活ですもんね」
「やむを得ない事情がない限り、基本は寮です。家の事情などでたまに帰ってくることはあっても用事が終わればすぐに戻らないといけません。保護者も基本は介入不可です」
「なるほど……」
「ああ、でも領主会議後に卒院式がありますのでそれは全生徒出席で且つ卒業学年の保護者も学院へ向かいます」
サムエルの話をリディオノーレは真剣に聞いている。
「あ、あと、試験後に学生と保護者と先生を交えた面談があります。その時に保護者は呼び出されて学院に参ります」
「その面談ではどんなお話を?」
「学院でどんな生活をしていて、成績はこれくらいだとか。授業の様子など、あとは将来つきたい職業を問われると思います」
ふむふむ、とリディオノーレは頷く。
「………では、その面談のときくらいしかグレイザック様に会えないってことですか!?」
少し考えたのち、リディオノーレは声を上げた。
グレイザック限定なのか、とサムエルは突っ込みたくなったがグッと堪えて返事する。
「まあそういうことですね」
「えええ」
リディオノーレは唇を尖らせた。
「………お前の素行によっては、帰らせる」
グレイザックはチラリと彼女を見て、口を挟んできた。
「どういう意味ですか」
「そのまんまだ。お前がどれだけやらかすかによって俺は召集されるし、あまりにも召集されるようなら強制的に帰還だ」
「何か私がやらかす前提で話してません?」
「やらかすだろう?絶対に。やらかさんわけがない」
グレイザックは断言する。
「試験をさっさと受けて実験にこもるなら良いが、お前は存外無駄に人付き合いが上手いからいらん奴と交友しそうだ」
「存外無駄に、って失礼ですよ」
リディオノーレは頬を膨らます。
あまりにも酷い言い草ではないだろうか。
「行ってみな分からんが規格外故に、あらゆる予測をしとかんと対処できん。それに学院が安全とも言い切れん」
「………そんなのグレイザック様と離れてる時点で安全じゃないですよ」
全幅の信頼を寄せるが故の言葉を発す。
「だから、自衛の術を叩き込んでから送り出す」
「………私、学院行く意味あるのですか」
そこまで迷惑がかかるようなら行かない方がいい気がしてきた。
「学院に行き、留年することなく卒業してやっと一人前と認められる。卒院式が成人式も兼ねているし、次期領主も中にはいる。伝手は大事だ。友人もな。あと学院は自分と釣り合う結婚相手を探す場でもある」
グレイザックはまっすぐリディオノーレを見つめる。
その台詞を聞いて、リディオノーレは少し顔を歪めた。グレイザックのあの事件を思い出したのだ。
「相手はよく見極めろ。そして、いい奴がいたら必ず素性を探れ。俺にも連絡しろ。俺の方でも探った上で許可を出す」
そのグレイザックの言葉にサムエルは苦笑いになる。
普通ではありえないくらいの過保護だ。
恋愛くらいは好きにさせてやって欲しいところだが、精霊師となると話は別なので仕方ない。
サムエルが口を挟める問題ではないことは確かだ。
「そんな相手いたらいいんですけどね」
リディオノーレは苦笑いになる。
「おらんだろうな。まあもし居たら教えろ。というよりまだ先の話だから気にするな。お前は今やらないといけないことがありすぎる」
グレイザックは疲れたような息を吐く。
「とりあえず食事のために着替えておけ。服ももらったんだろう?」
「はい」
「昼食が終わり、シャーリネーヴェも送り出したらグレークに会いに行っておけ」
「分かりました」
リディオノーレは頷いて食事会の準備をし始めた。




