模様替え
リディオノーレは早速鞭の呪文を覚え、その日の夜に恒例となっている1日の報告を行う。
「……なので、これから鞭を試してみようと思います」
「ほぉ、面白いな」
鞭は、殆ど見たことがない。
グレイザックは興味深そうな表情になった。
恒例の1日報告はリディオノーレの部屋で、寝る前に行う。因みにグレイザックの寝台代わりである長椅子はそのまま彼女の部屋に置いてある。
未婚の男女が同じ部屋で寝るなんて言語道断です、とサムエルにかなり注意されたのだが、グレイザックは引き下がらず、ずっと同室で寝ている。
「グレイザック様は気になったことありましたか?」
リディオノーレはちらりと彼を見つめる。
彼女が目覚めたことを大々的に知らせたことにより、グレイザックにも何かしら影響があったはずだ。
「そうだな……お前が城の者に異様に好かれていて驚いたな」
すれ違う城の者にひたすら話しかけられていたリディオノーレの人望に驚いた。
「あんなに仲良くなっているとは思ってなかったから正直かなり驚いた」
グレイザックには誰もあんな風に話しかけてきやしない。
「いつあんなに仲良くなった?」
「あれだけ執務で色々動いてたら仲良くもなりますよ?グレイザック様は必要最低限の会話しかしないからですよ」
「それの何がいけない?」
「いけないことはないですが、味方は多い方が絶対にいいですよ」
リディオノーレはにこりと微笑む。
執務を無我夢中でこなしていたらそうなっただけだが。
「人付き合いは上手いな」
「師匠はそれが苦手そうだったので、代わりに弟子がやっているだけですよ」
リディオノーレは、ふふんと笑った。
グレイザックより何か秀でていることがあるだけで優越感である。
「ふん。俺に勝とうなんて百年早い」
グレイザックは唇の端を上げると彼女の額を弾いた。
「シャーリネーヴェから手紙が来ている」
「!!!」
グレイザックは懐から手紙を取り出した。
「え、今日のお昼に手紙を出したところですよ?」
リディオノーレは驚きつつも手紙を受け取る。
「明日の朝一で帰ってくるとさ」
「中身見たんですか」
リディオノーレは呆れながら中身を読んだ。
そこにはリディオノーレを心配する文がつらつらと並べてある。
そして、とりあえず朝一で帰る、と。
「……お前、存外あいつと仲がいいよな」
今度はグレイザックが呆れる。
「お姉様ですからね」
「喜んでいるところ悪いが、あいつが帰ってくるということは領主家族と食事だからな」
「……あ」
リディオノーレは口をへの字に曲げた。
シャーリネーヴェのことは好きだが、そういった食事会はめんどくさくて嫌いだ。
「そういった感情も隠せるようになれよ」
グレイザックは彼女の額を弾く。
そのまま額に手を当て、熱がないか確認する。
「過保護すぎますよ」
リディオノーレは苦笑すると布団にのそのそと潜り込んだ。
体調を確認されたということは、そろそろ寝ろという合図である。
「そりゃそうだろう」
………犯人の目星がついたからな、とグレイザックは心の中で呟いた。
そんな表情を微塵も出さず、グレイザックは彼女の頭を撫でる。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
リディオノーレは微笑んで目を閉じた。
翌日。
朝食を食べ終わり、今から少し執務をしようかと思っていた時にリディオノーレの部屋の扉を開けようとして弾かれて痛さに呻く声が聞こえてきた。
「あっ!」
リディオノーレは慌てて部屋を飛び出す。
「お姉様っ!!!」
リディオノーレはシャーリネーヴェの姿を見て叫んだ。
「リディッ!!!」
彼女もパッと顔を輝かせて飛んできた。
シャーリネーヴェは勢いよくリディオノーレを抱きしめる。
「リディッ!リディなのね!?本当に!?」
シャーリネーヴェは抱きしめたり、ペタペタと体のあちこちを触ったりする。
「お姉様、先に手を見せてください。結界に弾かれたでしょう?」
リディオノーレはシャーリネーヴェの手を握る。
杖を出して癒しの呪文をかけて回復させると、シャーリネーヴェはまたぎゅうううと抱きしめてくれる。
「本当心配してたんだからっ!!誰も何も教えてくれないのよ!?本当に生きてるか分かんなかったのよ!」
シャーリネーヴェはリディオノーレの両肩を握り、顔をじっと見つめる。
「ごめんなさい」
リディオノーレは謝る。
「生きてたならそれでいいわ。さあ、詳しいことを聞かせてもらうわよ!」
シャーリネーヴェがキッと睨む。
「……話はしていいから、中でしてくれ」
廊下で騒ぐ2人をグレイザックが自室から出てきて注意した。
「あ……」
シャーリネーヴェは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
こほん、と一回咳払いすると綺麗な礼をとる。
「お久しぶりでございます、グレイザック様。お元気そうで何よりです」
「ああ」
グレイザックは素っ気ない返事を返す。
「お姉様、私の部屋にどうぞ。手を握っててください。結界が張ってあるので、許可を得た者かその人と触れておかないと入れないのです」
リディオノーレはシャーリネーヴェを自室に招いた。
リディオノーレの部屋に入ったシャーリネーヴェはあまりにも殺風景な彼女の部屋にあんぐりと口を開けた。
「リディ」
シャーリネーヴェは目を瞬きながら名前を呼んだ。
「はい。何でしょう?」
リディオノーレは首を傾げる。
「お話の前に、少し、いいかしら?」
シャーリネーヴェはにこりと微笑んだ。
「???何がですか?」
リディオノーレは更に首を傾げる。
がちゃり、と隣室に続く方の扉が開くとサムエルが茶器を持って入ろうとしていた。
「サムエル」
シャーリネーヴェは入ってこようとする彼を手で制す。
「少しお待ちになって」
「……?」
サムエルは不思議そうにシャーリネーヴェを見つめる。
グレイザックも自室から状況を覗いている。
「リディ、この部屋は何?」
シャーリネーヴェが尋ねる。
「え?……私の部屋、ですけど?」
リディオノーレも不思議そうな顔をする。
質問の意図が分からない。
シャーリネーヴェは一度長く息を吐くと腰に手を当てて、キッとリディオノーレを睨んだ。
「女性の欠片もないこの部屋は何?何、この布団?この枕?どこかの宿の寝台かしら?女性らしさが微塵もない家具。というより、何もないじゃない。鏡だけしかないの?鏡台ですらないじゃないの。自分できちんとお手入れできてて?髪の毛どうしてるの?肌の手入れもしてるのかしら?」
「……………」
リディオノーレは困惑する。
「お、お姉様、ひとつずつ、お願いします」
「ちょっと待ってなさい」
シャーリネーヴェは廊下に続く扉を開けて、外で控えていた側近に色々指示を出し始めた。
「人手が足りなければ、メイド頭に頼んで何人か見繕ってもらいなさい」
「かしこまりました」
側近が急いで去って行く。
「サムエル」
シャーリネーヴェは声をかける。
「何でしょう」
「帰ってくるまでとりあえずひと息つきたいので、お茶を。……グレイザック様!」
シャーリネーヴェはサムエルの後ろからちらりと見えるグレイザックに声をかけた。
「なんだ」
彼は簡潔に尋ねる。
「サムエルを少しの間貸していただきたいのですが、可能ですか?」
「なら、その代わりリディに仕事を手伝ってもらいたいのだが良いか」
「構いません。用事が終わればサムエルと交代させてくれればそれで」
「なら良い」
「ありがとうございます」
そうしてとりあえず、サムエルが用意してくれたお茶でひと息つくリディオノーレとシャーリネーヴェ。
「あら、このお茶美味しいわね」
「それアラウィリアのお茶なんですよ」
リディオノーレは笑顔になる。
「お姉様、学院のお話聞かせてください」
「そうねぇ……」
シャーリネーヴェは色々語り始めた。
リディオノーレは興味津々で身を乗り出して頷いたり、質問したりする。
「素材の授業は本当に面倒くさそうですね……」
「そうなのよ。覚えることがありすぎて。ある程度は予習もしてから行ったのだけれど、全然駄目ね」
「お姉様が苦戦するくらいですから、私もっと勉強しておかないと駄目ですね…」
「リディは心配しなくてもいいわよ」
シャーリネーヴェは苦笑する。
リディオノーレの後ろでサムエルも頷いている。
「あー、あと他にはね、アリウォーナ先生があなたに興味を持っていたわ。リディのことについて何回聞かれたか。手紙来なかったかしら?」
「来ました。返信しましたよ」
「そう。良かったわ。これで私の仕事がひとつ減ったわ」
シャーリネーヴェは息を吐いた。
会う度にリディオノーレのことを聞かれて鬱陶しいことこの上ないのである。
しかも手紙を返信したということは、それに対して延々と話を聞かされる可能性が高かった。
すぐに帰領してきて良かった、と内心安堵しているシャーリネーヴェである。
「その先生、どんな先生なんですか」
「そうねぇ。とりあえずリディに興味がありすぎる先生ね」
「私何も関わりないんですけど?」
「学院時代、グレイザック様が実験のお手伝いをしたりしてたようですよ。現在は女子寮寮監してますので、リディもお世話になると思うわ」
「学院楽しみです」
リディオノーレはわくわくする。
「そうでしょうね」
シャーリネーヴェは苦笑した。
でもリディオノーレの能力だと下級生の授業はつまらないかもしれないが。
生死が分からなかったこの一年、勉強できていなかっただろうが、リディオノーレは元々が規格外なのですぐ追い付くだろう。
「シャーリネーヴェ様」
部屋の外から声がかかり、シャーリネーヴェは腰を上げた。
「さあ、今から模様替えするからリディはあちらへ。サムエル、お願いね」
「これは片付けておきます」
リディオノーレは茶器を持ってグレイザックの部屋へ下がる。
リディオノーレの部屋は、シャーリネーヴェの指示で色々模様替えされていく。
メイドが何人もやってきて次々と荷物を運んでくる。
自室が変わっていくさまにリディオノーレは呆然と目を瞬いていた。
「リディ、あいつに任せておけば良い」
グレイザックは言う。
「え、でも」
「まあ俺は部屋に全く持って興味ないが、ひとつ言えるのはお前の部屋は単調すぎるよな」
「ええええ。今更そんなこと言いますか」
「まあ女性の部屋ではないことは確かだ」
「必要最低限さえあればいいんです」
「その考えは大いに分かるから、俺は今まで何も言ったことがないだろう」
「確かに」
「だから俺は気にしていない。それより、仕事しろ」
グレイザックは仕事を振る。
リディオノーレは自室が気になりつつも仕事を始めた。
「グレイザック様、視察の際に必要なものはこれだけでいいんですか」
リディオノーレは一覧を渡しながら尋ねる。
「そうだな。あとは色々調合しておけ」
「調合?ですか?何の……?」
「お前の披露をする予定だから、手っ取り早く天馬合戦をする」
「………?………!!??」
リディオノーレは目を瞬いた。
「俺の弟子だと公言するに相応しい実力を見せつけろ。文句を言われんように叩きのめせ。自分に手を出すとどうなるか思い知らせてやれ」
グレイザックが意地悪く笑った。
これはすごい色々企んでいる顔だ。
その言葉にリディオノーレもにやりと笑う。
「任せといてください。得意分野です」
「俺は基本手を出さないからな。鈴係だ。お前が全て対処しろ。攻撃魔法はなしだぞ。攻撃魔法はな」
グレイザックが唇の端を上げた。
「攻撃魔法は、ですね」
リディオノーレはまたにやりとする。
「まあある程度の武器は使えるようにしておけよ」
「……頑張ります」
「禁止事項を書いてまた渡すからそれに目を通しておけ」
「禁止事項があるんですか」
リディオノーレは唇を尖らせた。
「ある。例えば武器から武器への変更はしないように」
リディオノーレが嫌な顔をする。
「まだその技を見せるときではない。技は小出しにすること。規格外の技は畏怖になる」
「………分かりました」
リディオノーレは頷いた。
「あと各領地の領主の名前はきちんと把握しておけよ」
「………グレイザック様は覚えてるんですか?」
「サムエルがいるからな」
その答えは、サムエルに任せきりであるということだ。
「今回はサムエル様がいないじゃないですか。ということは………」
うへぇ、とリディオノーレは口を歪める。
全くもって自信がない。
「覚えておいた方がいいんですか?」
「………利になるなら」
全くもってグレイザックらしい答えである。
リディオノーレは苦笑いしながら、仕分けの書類の束を受け取った。




