初めての城下
訓練を始めて1ヶ月半後。
やっと武器を扱えることになったリディオノーレ。
ウキウキワクワクが止められないまま、上機嫌で訓練場へ向かう。
「今日はえらく上機嫌ですね」
騎士団長が苦笑する。
「やっと、武器が使えるので楽しみにしてたんです」
「では早速、基本的な剣からやってみましょうか」
団長が木刀を差し出す。
「一朝一夕で身につくようなものではありませんので、ゆっくりいきましょう」
団長はにこりと笑った。
そうしてその1日は、素振りや少しの打ち合いの繰り返し。
思ったことはひとつ。
あまり剣は向いてないかもしれない。
「……はぁ」
ため息をつきながら木刀を団長に返すリディオノーレ。
「向いてないですね」
リディオノーレは悲しそうに口を開く。
「まだ1日目ですよ?そこまで悲観するほどでは」
団長が苦笑いになる。
「リディも苦手なことがあるようで、私はとても安心しています」
フェルバールが何故か嬉しそうにしている。
笑顔なフェルバールを見て、リディオノーレは少し睨みつけた。
「少しは執務ができるようになりましたか」
リディオノーレは唇の端を上げながら嫌味をこめて尋ねた。
その質問にフェルバールは嫌な顔をする。
「前よりはできるようになってますよ」
「サムエル様は休めてますか」
「私とバルデミアンが行くときは休んでもらうようにはしています」
「良かったです。ありがとうございます」
リディオノーレは嬉しそうに礼を言った。
その顔をされたら文句が言えなくなるフェルバール。
リディオノーレは本当に勤務体制を改善させ、1週間の内1日は絶対にグレイザックもサムエルも休ませることにしている。
グレイザックが休むときはリディオノーレが執務の日で、彼女が彼の代わりをつとめる。
最初の内はそのリディオノーレの執務代わりをフェルバールとバルデミアンが手伝いに行っていたが、最近は手伝いに行かなくても良くなってホッとしていた所である。
サムエルが休む日は、フェルバールとバルデミアンが駆り出される。彼が休む日はリディオノーレが訓練の日と決まっているためだ。
そして、2人がグレイザックに虐められる日である。
もうそれはとことん。罵詈雑言の嵐だ。
騎士団の訓練よりこたえる。
団長にしごかれている方が遥かにマシだと思えるくらい、グレイザックの言葉はグサグサと突き刺さり、精神がやられる。
「……サムエル様が休む日、リディは来れないのですか」
フェルバールは苦い顔のまま駄目元で尋ねてみる。
「バルデミアン様もいるのですから、心強いでしょう?」
リディオノーレはきょとんとした顔になる。
その様子にフェルバールはもっと苦い顔になる。
グレイザックに虐められていることをリディオノーレに言ったが最後、殺される。
どこかで会話を聞いている可能性もあるため、迂闊な発言は出来ない。
いつぞやに彼女に告げ口をしようとしたところ、殺意のこもった魔力を何処からかぶつけられた覚えがある。
あのときほど命の危機を感じたことはない。
「……ええ、バルデミアンと頑張りますよ」
フェルバールは苦々しい顔のままそう答えた。
「そう言えば、明日はリディも休日なのでは?」
「そうなんです!グレイザック様とお買い物に行くんです!市が開かれると聞いたので!」
リディオノーレはすごく嬉しそうな顔をする。
「何のお買い物なんですか?」
「これと言ったものはないんですが、私まだアインズビルの町に行ったことがないんです」
その言葉にフェルバールは驚いた。
「もうすぐ一年になるというのに」
「そうなんです。それもあって、連れて行ってくれるとのことです。半日だけですが。夕食はお店で食べる予定なんですよ」
リディオノーレが嬉しそうに話すので、フェルバールも思わず微笑んでしまう。
「それは楽しみですね。でも、私たちは護衛を言われてないのですが良いのでしょうか」
フェルバールが疑問を口にした。
「私とグレイザック様とサムエル様だけですからいいんじゃないですか?3人なら家族みたいに見えますし。護衛なんかいたら金持ちだと思われそうですし」
家族に見えるのだろうか……と、フェルバールは3人が並んでいる姿を思い浮かべる。
はしゃぐ妹をしっかり者の兄が面倒見て、その後ろで微笑ましく兄妹を眺める父の図が思い浮かんだ。
家族と言われたら家族に見える。
「3人水入らずで楽しんできてください」
フェルバールは彼女の頭を撫でた。
「一緒に行きたかったですよね。すいません」
「とんでもない!!」
フェルバールは慌てる。
どう考えてもこき使われる未来が見える。
嫌である。
「気にしないで下さい。また今度、リディとバルデミアンと3人で行きましょう」
フェルバールは提案する。
フェルバールとバルデミアンへの態度とリディオノーレへの対応は明らかに違う。
本人達が気付いているかは知らないが。
「いいですね!また行きましょう!あ、あと魔獣狩りに行くことがあれば誘ってくださいね」
ちゃっかりしている彼女にフェルバールは苦笑いになる。
「グレイザック様の許可が出ればいつでも連れて行ってあげますよ」
フェルバールは笑顔で答える。
「……それは確実に師匠も来る羽目になるので、こっそり教えてください」
リディオノーレはお願いします、と手を合わせる。
「……なかなかの難題ですね」
フェルバールは頭を掻く。
グレイザックに気付かれずに行けるわけがない。
「あ、何かお土産買ってきましょうか。何か欲しいものありますか?」
リディオノーレは話題を変える。
「そうですね…、私もこれといったものはないのですが、リディの護衛騎士の証みたいなものが欲しいですね」
にこりと微笑む。
「分かりました!色々見てきますね!」
リディオノーレは本当に楽しみで仕方がない様子が出ていて可愛い限りである。
「明日はよくよくグレイザック様のいうことを聞くんですよ?」
「なんなんですか、皆して。団長様にも言われましたよ」
リディオノーレは頬を膨らましながら、黙って会話を聞いている団長を見やる。
「うろちょろしそうですからね」
団長が苦笑しながら答えた。
「私そんな子どもじゃありません、って」
「はいはい」
フェルバールは頭を撫でながらあしらった。
翌日。
朝から頑張って執務を終わらせた3人は外出の準備をする。
「お前、もうちょっと落ち着け」
グレイザックがリディオノーレの頭をはたいた。
「無理です無理です。楽しみですもん」
リディオノーレは高揚を止められない。
「素直でいいが、俺の目の届く範囲にいろよ」
グレイザックはため息をつく。
「それは分かってます」
本当に分かっているんだか……、とまた彼はため息をつく。
「杖は懐に隠しておけ。盗られる可能性もあるからな」
そう言われてリディオノーレは慌てて杖を隠す。
「必ず俺の言うことを聞くこと。どこでもかんでも勝手に行かないこと」
グレイザックはもう一度念を押す。
「分かってますぅ!」
リディオノーレは頬を膨らませながら頷く。
「なら行くぞ」
グレイザックはもう一度彼女の頭をはたくと、部屋を出た。
天馬車で行ってもいいのだが、完全に金持ちだと分かる上に目立つため、徒歩である。
リディオノーレの足の速度にグレイザックとサムエルが合わせてくれる。
町に着くと、かなり賑わっていた。
色んな種類の店が出ていて、かなり興味を惹かれる。
「あ、本屋ですよ!」
他領の本を売りにきている商人を見つけ、リディオノーレは叫ぶ。
「おい。待て」
早速駆け出して行こうとする彼女の腕を引っ張るグレイザック。
彼に睨みつけられ、リディオノーレはしゅん、とする。
グレイザックに腕を掴まれたままリディオノーレは本の出店に向かう。
「これ、見てください!」
リディオノーレは1冊の本を指差す。
そこにはカルムクラインの没落と題された本が置いてあった。
「お、お目が高いね。今人気の本なんだぜ」
本屋の店主が声をかける。
「中身を見ても大丈夫ですか?」
リディオノーレは店主に尋ねる。
「いいぜ」
リディオノーレは中身をぱらぱらと流し読みする。
ある程度読めたら、彼女はその本をグレイザックに渡した。
彼もぱらぱらと流し読みをすると、くく、と笑った。
「店主、これをくれ。いくらだ」
グレイザックはその本を買って、店から離れる。
「サムエル、読んでみろ」
購入した本をサムエルに渡すグレイザック。
軽く読み終えたサムエルも思わず笑った。
「これはなかなか面白いですね」
「………何かすごい美談になってません?」
リディオノーレは困った顔をする。
カルムクラインの生き残りであるリディルレーネが血判証明を用いて、領民たちを救い、救世主と崇められている話になっている。
兄の死去に悲しみ暮れているのにも関わらず、領民を救ったリディルレーネに心酔している領民がかなりいるらしい。
「私、こんなんじゃないんですけど」
「別にいいだろう。困らない。ただ、縁談が増えた理由はこれかもしれんな」
グレイザックが推測する。
「有り得ますね」
サムエルも同意する。
「ええええ。じゃあこの出版やめてほしいんですけど」
リディオノーレはものすごく嫌な顔をする。
「まあ後でじっくり読むとしよう」
グレイザックが手の平の大きさくらいの革袋を取り出すと、そこに本を突っ込んだ。
収納魔法がかかった革袋の登場にリディオノーレの目が輝く。
「え、何ですかそれ!初めて見ました!欲しいです」
目をキラキラと輝かせ、グレイザックを見上げるリディオノーレ。
彼は呆れたように彼女の額を弾いた。
「1つしか持ってないんだ。これは貴重だからな」
「それなら仕方ないですね」
彼女は素直に諦める。
「お前、何か買いたい物があるか?」
「フェルバール様とバルデミアン様にお土産を」
その発言にグレイザックは片眉を上げた。
「何を買うんだ」
「私の護衛騎士だと分かる証が欲しいらしいです」
「………ふむ」
グレイザックは少し考えこみ、口を開いた。
「お前の瞳の色のブローチでもやっておけばいいのではないか。それかハンカチか。あとは練習用の真剣の柄の飾りか」
「最後のやつ、騎士っぽいですね!」
「だが本来は杖を剣に変えるからな。帯剣していなければその飾りはいらないだろ」
「……じゃあいらないですね…。ブローチとかの方がいいですかね」
「まあ好きにしろ。なら、装飾品を売っている所に行くか」
グレイザックの後ろを歩きながら、リディオノーレは色んなお店に目を光らせる。
「あ!髪飾りも買いたいです」
リディオノーレは声を上げた。
「自分のか?」
「いえ。シャーリーお姉様とティア様の分です」
「ああ……きちんと見繕えよ。美的感覚を疑うようなものは買うなよ」
「何ですかそれ」
リディオノーレは少し唇を尖らせる。
色々反論しようと思ったところで、装飾品の出店に到着したのでそんな思考はポイと放り投げ、目を輝かせる。
髪飾りに首飾り、耳飾りに腕飾りや指輪などたくさんの装飾品があってとても目移りしてしまう。
「シャーリネーヴェ様は薄い水色の髪ですからこちらはどうですか?」
サムエルが1つの耳飾りを示す。
「これ、可愛いですね」
リディオノーレも同意する。
サムエルが示したのは彼女の髪よりは少し濃い水色の耳飾りだ。
ちょうどシャイリーネとシャーリネーヴェの髪の色の中間のような色である。
「シャーリーお姉様はこれにします。ティア様はどれにしましょうか……」
グレティアーナは茶髪である。
「この透明な石の飾りなら何にでも合うのではないでしょうか」
サムエルが意見を言ってくれるのですごい決めやすい。
そんな2人を横目で見ながら、グレイザックも飾りをいくつか物色する。2人がまだ決めかねている間にグレイザックは何個か装飾品を手に取って気付かれない内に会計を済ませた。
「これにします!!」
悩みに悩んだあと、リディオノーレはやっと決めると2人分の装飾品を持って代金を払った。
粛清の一件でもらった報奨金で買い物をする。
あれから使うときもなかったので、そのままたくさん残っている。
「フェルバール達にはこれでいいだろう」
真紅の石のブローチを示すグレイザック。
「安直すぎませんか?」
「いいだろこれで」
グレイザックはそのブローチを持ってさっさと支払おうとする。
「うわぁ、ちょっと待ってください。んもう、ちょっと離れて見てて下さい。フェルバール様たちに冷たすぎますよ」
リディオノーレはグレイザックを押しやり、距離を取らせる。
「選ぶので少し待っててください」
リディオノーレはそう言って店主に色々相談しながら物色する。
その様子をサムエルは微笑ましく見ている。
「あの歳でも充分女性ですね」
「………ああ」
「グレイザック様は何を買ったんですか」
サムエルが意地悪く微笑む。
「……見てたのか」
グレイザックは苦々しげに呟いた。
「まあ何を貰っても彼女は喜びますよ」
「だろうな。今買った装飾品に防御魔法をかけて渡すつもりだ」
「………なにを危惧していらっしゃるのですか」
サムエルの目が真剣になる。
「……念の為だ。顔は知られてなさそうだが、生き残りとして名が知られている。さっきの本がそうだ。それにアラウィリアでの話を聞いた者がいれば、本人が誰か分かるだろう。……この市も危うい気がしてきた」
不穏な空気を漂わすグレイザックにサムエルも緊張が走る。
「少し早めに切り上げますか」
「そうしたいところだ。……サムエル」
グレイザックが低い声音で名を呼んだ。
「何でしょう」
「あそこまで用意周到にカルムクラインと繋がっていた商人の口封じもしていたのだ。カルムクライン一族は粛清されたはずなのにまさか生き残りがいるとは誤算だと思わないか?」
その発言にサムエルの目が見開く。
「カルムクラインが行っていた不正は一族郎党皆処刑の案件だと全員が分かる。それに分かりやすい不正証拠の数々。だから敵も全員が死ぬと思っていたのにまさかの生き残りがいる。サムエルならどうする?……俺なら、その生き残りも消すぞ。証拠を知る知らないに限らず、カルムクライン一族は皆消すに限る」
グレイザックは上機嫌に装飾品を購入しているリディオノーレを見た。
「ケネスとフィリアを呼ぶ」
グレイザックはそう言って、空中に話しかける。
サムエルには全く見えないが精霊なのは確かである。
「……頼んだ」
グレイザックはそれだけ言うと買い物を終えたリディオノーレがやって来るのを見て表情を緩めた。
「買えたか?」
「はい!」
リディオノーレはとてもニコニコしている。
「あ、お腹すきました!ご飯行きましょう!何食べますか?出店のあのお肉の串も美味しそうですよ」
食べ物の店をいっぱい指差すリディオノーレ。
グレイザックはじゃあ一本食うか、と肯定する。
彼女に緊張や焦りを見せない所は流石である。
グレイザックは肉の串を人数分購入するとそれぞれに渡す。
リディオノーレは嬉しそうにかぶりつく。
「次はあれも食べたいです!」
また別の食べ物を指差すリディオノーレ。
「買ってくるからここにいろ」
グレイザックはそう命じ、先程自分が購入した装飾品に防御魔法をかけ始める。
背後で待っているリディオノーレには見えないだろう。
杖では目立つため、ぼそぼそと精霊呪文を呟く。
こういうときは本当に便利な能力だな、と内心思うグレイザック。
杖を使わないでいいのはかなり楽である。
リディオノーレが欲しいと言った食べ物を購入すると、グレイザックは周囲を警戒しながら戻る。
その時、彼の元に精霊が帰ってきて呟いた。
グレイザックは礼を言うと彼の使役獣であるケネスとフィリアの気配を探る。
ケネスとフィリアを見つけ、目を合わせると小さく頷いた。
リディオノーレに気付かれないように気配を消して近くに控えている。
「ほら」
グレイザックは食べ物を渡す。
「ありがとうございます」
幸せそうに食べる彼女を見て、グレイザックは苦笑いだ。
「他に何か買うものがあるか?」
「私はもう大丈夫です。グレイザック様は?」
「俺も必要な物は買った」
そう言ってグレイザックは先程購入した装飾品を取り出した。
「これをつけておけ」
グレイザックは金色の腕輪を渡す。
その行動にサムエルは驚いていた。
グレイザックが女性に贈り物をするなんて。
そんなサムエルの心中は知らず、リディオノーレは目を瞬いた。
「私にですか?」
「ああ。ほら、腕を出せ」
グレイザックは彼女の腕に装飾品をつける。
「私も」
リディオノーレも先程購入した物を取り出す。
赤紫の石の腕輪だった。
「同じ腕輪で芸はないんですが」
「俺にか?」
少し驚くグレイザック。
「そうです。この石に疲労回復魔法がかけてあるらしいです」
その言葉にグレイザックは目を瞬いた。
「リディらしいですね」
サムエルは微笑む。
そして、少し迷いながらも受け取ったグレイザックにまた驚く。
「………本当だな。高かっただろ」
グレイザックは石の魔法を鑑定しながら、驚きつつ呟いた。
「これくらいなら全然。少しでも疲れが取れたら、と思って」
リディオノーレは微笑む。
「………礼を言う」
グレイザックは彼女の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でながらそう言った。
彼女に顔を見られないように、敢えて髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
グレイザックは頬が緩むのを止められず、照れ隠しに撫で続けた。




