表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
カルムクラインの生き残り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/912

グレイザックの過去話



「グレイザック様の学院での話を少し、聞きました」

リディオノーレは口を開いた。

「どんなお話を?」

サムエルは静かに尋ねる。


「女性嫌いになった出来事を、少し」

「……なるほど。どんな話でしたか?」

サムエルの表情は変わらない。


リディオノーレはグレティアーナから聞いた話を語った。


「……事実かどうかは分からないですが、と仰っていましたが」

リディオノーレは少し俯く。

「それを聞いてどう思われましたか?」

サムエルは優しく尋ねる。


「女性嫌いになる理由が分かりました。それが事実なら誰であろうとそうなると思います」

ぎゅ、と拳を握るリディオノーレ。

「そんなことされたら、気持ち悪いですよね」

「どうして、リディがそんな顔になっているのですか」

サムエルが彼女の手を優しく握る。


「なのに、私は」

リディオノーレはサムエルを見つめる。

「私は、グレイザック様に馴れ馴れしいのではないでしょうか」

その言葉にサムエルは目を瞬いた。

彼女はまだ続きがあるようで、サムエルは黙って先を促す。


「馴れ馴れしくしすぎて怒ってませんか?グレイザック様は何か言ってませんでしたか?」

リディオノーレは泣きそうな目でサムエルを見つめる。

「私、このままでも大丈夫なんでしょうか。もっと距離を置いた方がいいですか?私、迷惑かけてませんか?」


予想外の発言にサムエルはまた目を瞬いたのち、息をゆっくりと吐いた。

彼女はものすごく、グレイザックのことが好きなんだと。恋ではなく、純粋に人として。

そして、真剣にグレイザックに嫌われたくないのが伝わってくる。


普通の人なら同情して終わりだし、何ならそんな弱味につけこんでくる。嘲笑う者だっているだろう。

だが、彼女はグレイザックのことを真剣に想っている。


「グレイザック様は嫌いな人に近付きませんよ」

サムエルは手を握ったまま優しく話す。

「……でも、」

「リディは特別なんですよ」

「……どうして、ですか」

「それは自分とよく似ているからじゃないですかね」

サムエルは微笑む。


「昔話をしましょうか」

サムエルは微笑んだまま、思い出に耽るように目を閉じた。


「私は前領主さまの側近だったのですが、ご逝去される前にグレイザック様の側近に命じられ、今に至ります」

「……では、本当に小さい頃からのグレイザック様をご存知なのですね」

「そうですね。彼は昔から本当に利発なお子様でした」

「容易に想像できます。幼いときからあのまんまだったのでは?」

リディオノーレは少し笑う。


「そうなのです。読書好きで、覚えたことを片っ端から試していくのです。杖も持たずにどうやったら魔法を発動させることができるのか、など規格外な発想で周囲を振り回していましたよ」

サムエルが苦笑する。

「まさにリディそっくりでしょう?」

その言葉にリディオノーレは少し頬を膨らました。


「そして杖を持ってからはまさに研究三昧でした。入学して教科書を受け取るとすぐに読み耽り、教授に頼みこんで試験を受け、合格するとそれからはもう自由時間ですのでまた研究三昧でした」


「徹夜が普通なので、目がギンギンで凄かったのです。隈もすごいですし。授業には試験以外で出ることがほぼ無かったので、顔を知る者も殆どいませんでしたね」

サムエルはずっと苦笑いで話している。

「まあ、私生児だと言われていたのもあってあまり表に出ないようにしていたのもありました」

「……やはり風当たりはきつかったのですか?」

リディオノーレが苦い顔になる。


「グレイザック様の母の名前も伏せられていましたからね。平民との子どもだと嘲る輩もいらっしゃいました」

サムエルは唇の端を上げ、ふ、と笑った。

どうやら少し怒っている。


「なんて、命知らずな」

リディオノーレは口を歪めた。

「平民との私生児に首席を奪われたと嫉妬し、しかも殆ど姿を見せないから本当にいるのか疑われて散々でしたよ」

「成績悪いのは自業自得ですのに、そういう輩は嫌いです」

リディオノーレは頬を膨らます。


「……実際のところ、お母様はどんな方だったんですか?」

「美しく、聡明で、魔力も豊富で、ですが、か弱い方でした」

サムエルは懐かしみながら話す。

「一度会ってみたかったです」

「素敵な方でしたよ。話を戻しますね。学院の卒業式は全員出席の決まりなので、グレイザック様は学年始まりの2週間ほどとその卒業式しか姿を現さない珍しい人として認識されていました」

一年の内、それだけしか姿を現さなければ本当に実在する人物なのか疑うのも無理はない。


「そして、そんな珍しい人があれほど眉目秀麗だと言い寄ってくるのも分かるでしょう?」

「………分かります。惚れますよね」

「自分の顔の良さが分かっているからこそ、彼はあまり表に出ないのですよ。だから領主補佐なのです」

一目惚れなども多いのだろう。

そんなのをイチイチ相手にしていられるほど暇じゃない。


「でもアインズビル領主の弟で眉目秀麗。私生児だけれどもそれを跳ね除けた実力者。それだけで結婚相手には申し分ないでしょう」

「本当にグレイザック様は凄いですね」

リディオノーレは息を吐く。

凄すぎる。


「でもグレイザック様は自分のお立場をよくご存知ですので、アインズビルの利にならない結婚はしないと決めていらっしゃいました」

「………ご自分のためではない所がグレイザック様らしいです」

「彼に既成事実を迫ったのはナックルンドの王女ですよ」

サムエルは、ぎり、と唇を噛んだ。


「私はあの時ほど人を殺したい、と思ったことはないですね」

サムエルはさらりと毒を吐いた。

サムエルがこんなことを言うのを聞いたことがないので、リディオノーレはかなり驚いてしまう。


「あれから余計に部屋にこもるようになりました。それをムナグレーク様やアブストール様が天馬合戦に誘ってくれたことにより、何とか外に出るようになったのです」

苦労が容易に察せられるので、リディオノーレは苦い顔になる。

元凶であるナックルンドの王女、許すまじ。


「そして、今では何とあなたを弟子に」

サムエルはにこりと微笑んだ。

「驚いたものです。初対面の娘を引き取ったのですから」

その言葉にリディオノーレは頭を掻く。


「一瞬女性嫌いが直ったのかと思ったのですが、あなたの研究資料と魔力に惹かれたようです」

サムエルは苦笑する。

「でも女性なのに引き取った決め手は、あなたが身分をきちんと弁えた上で跪いたまま上手に出ることなく、それでも何とか持ちうる全ての物を使って交渉していた姿だったと思いますよ。あの姿は、私も感心しました」

サムエルは微笑み、言葉を続ける。

「そして、執務もこなせるのですから、グレイザック様としては大助かりですよ」


「……本当に力になれていますか?」

「なれていますとも。今であれだけの仕事が出来れば充分だと思いますがね」

サムエルの笑顔にリディオノーレは安堵の息を吐く。


「それにリディに魔法を教えたり、実験している時はとても楽しそうですよ」

「……面倒くさい、とか思ってるんじゃなくて、ですか?」

まだ安心しきれず、彼女は尋ねる。

「思ってませんよ。とても楽しんでいるでしょう?次々とご自分の知識をあなたに与えているではありませんか。面白いんだと思いますよ」

サムエルはにこりと微笑む。


「そして、大層可愛がっておいでですよ。じゃなければ、とっくの昔に見捨てています。分かるでしょう?自分の利にならないことは彼はしません」

「……ですが」

食い下がるリディオノーレ。


「可愛がっているから、あなたの為に目薬をこさえたのでは?ですから、弟子として誇りを持って下さい。充分、認められていますよ。距離感がどうとか、馴れ馴れしいとか、何も気にしなくて大丈夫です。彼の期待に応えられる働きをあなたは出来るのです。そのままで大丈夫です。でも気負いすぎてはダメですよ?」

サムエルはふわりと微笑む。


「リディで女性に慣れて、グレイザック様が結婚できる日が来るのを私は楽しみにしているのです」

「それには私も助力します!」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

サムエルは微笑んで、握っていた手を離した。


「とにかくですね、何も気にせず、あなたらしくでいいのです。そのあなたらしくのまま受け入れてもらっていますので、何も変える必要はありませんよ。それに今更対応を変えられたら困惑します」


「……分かりました。でも、もし、グレイザック様が何か文句言っていたら教えて下さい。直しますので」

「では、どれだけ集中していても周囲の音を遮断しないように努力して下さい」

サムエルのその発言にリディオノーレは顔を歪めた。


「………ぜ、善処します」

「是非、早急に直して下さいね」

サムエルは釘を刺した。


そして彼女の頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。


「グレイザック様のことが好きなのがすごい伝わってきて、私は嬉しかったですよ」

「そりゃ、だって、私を引き取ってくれた方ですから。色々面倒をかけているのにいっぱい世話を焼いてくれて、本当に感謝しているんです。本当に。グレイザック様がいなければ、今の私はいないんです。絶対死んでいました」

リディオノーレは涙目になる。


「グレイザック様は師匠であり、先生であり、父のようで、兄のような、尊敬する方なのです。大好きですよ。家族同然です」

ここまで敬愛しているのが分かっているからこそ、グレイザックも無下にしない。

恋愛感情が入っていないのが見て分かるから、グレイザックは普通に付き合えるのだ。


「そこまでグレイザック様を好いてくれているのは、純粋に嬉しいですね」

サムエルはにこりと微笑んだ。

「では、締めくくりましょう。リディはこれからどうするのですか」

「………ナックルンドの王女を敵として認識します」


「……………」

予想と違う答えにサムエルは目を瞬いた。

そして、笑った。


「笑い事じゃないですよ。絶対に許しません。トラウマを植え付けた王女には鉄槌を下したいですね」

拳を握って掲げるリディオノーレ。

どうやら色々吹っ切れたようである。


「でも暴走しないように」

サムエルは釘を刺しておき、わしゃわしゃと彼女の頭を撫でたあと、盗聴防止の魔法を解除した。


「久しぶりにリディとお話できて楽しかったです。またいつでもどうぞ」

サムエルはにこりと笑って、腰を上げた。

「明日には帰りますし、準備を忘れないように」

「はい」

リディオノーレも立ち上がる。


「あ、今の会話は全て他言無用でお願いしますよ」

「分かっています。お時間いただき、ありがとうございました」

リディオノーレは頭を下げて部屋を出て行った。


彼女の気配とそれを追うバルデミアンの気配も完全になくなったところで、サムエルは長い息を吐いた。

それはもう、長い長い息を。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ