原因
「ありがとうございました!」
リディオノーレは全ての調合を終え、礼を言った。
かなりの量の薬が出来ていた。
回復薬に痺れ薬、睡眠薬。収集した素材を組み合わせ、出来るものをとりあえず大量につくった。
正直、アインズビルに帰ってから実験しようと思っていた素材も使われたので、グレイザックは些か不機嫌だったが。
「面白いのを見させてもらった」
領主がリディオノーレに述べる。
「面白かったですか?」
彼女は少し首を傾げた。
「ああ。良ければ、明日の天馬合戦を見たいのだが構わんか?」
まさかの領主の申し出にぎょっとするリディオノーレ。
「……どんな手を使っても怒らないと約束できるなら……」
彼女は恐る恐る進言する。
その言葉に領主は大声で笑った。
「良い良い。いくらでも奇妙な技を使え」
領主の許可にリディオノーレは微笑んだ。
「後で文句を言うのも無しでお願いします」
「言わん言わん」
領主はからりと笑って返事をすると、手をひらひらとして部屋を出ていった。
どうやら去っていくときの癖のようだ。
「……リディオノーレ様、急遽お父様がいらして驚いたことでしょう」
グレティアーナが本当に申し訳なさそうに告げる。
「いえ。私の方が器具を貸して欲しい、と急に言ったのにすぐに準備していただいて申し訳なかったです」
「無理を言って申し訳なかった。保護者として謝罪を」
グレイザックが少し頭を下げる。
「いえ!グレイザック様が!そんな!」
グレティアーナが狼狽える。
あのグレイザックに謝罪をしてもらうなど、恐れ多すぎて心臓が縮み上がってしまう。
「リディ、必ず片付けまで手伝って戻ってくるように。グレティアーナ様、きちんとこいつに片付けをさせて下さい」
グレイザックはリディオノーレの頬をつまみ、引っ張る。
「私は先に戻るからな。明日、天馬合戦をしたのち、昼には出立するからその準備もしておくように。忙しいぞ」
グレイザックはそれだけ言うとサムエルと共に先に部屋を去って行った。
「……本当に仲良しですのね」
グレイザックが出て行ってから、グレティアーナが呟いた。
「……仲良し、というか、何ていうか…」
リディオノーレは言葉に詰まる。
「ええと……家族みたいなものなので」
分かりやすく伝えるのには、それが1番適切な言葉と思いリディオノーレは告げた。
「でも、あのグレイザック様ですよ?」
誰から聞いてもグレイザックの名前の前に〝あの″とつく。〝あの″グレイザックと。
「グレイザック様は本当に有名なんですね」
「良ければ、私が知っているグレイザック様のお話をしましょうか?」
グレティアーナは優しく微笑む。
「是非っ!!!」
リディオノーレは食い付く。
「もうお話できるときもなかなかなさそうですし、少しお茶しながらどうですか?」
その提案にリディオノーレは嬉しそうに頷く。
バルデミアンは仕方なさそうに微笑んでいる。
グレティアーナは側近に頼んでお茶の用意を始めた。
調合器具をおろして机の上を綺麗にすると、お茶会が始まった。
「このお茶美味しいです」
グレティアーナが用意してくれたお茶は今まで飲んだことのないお茶だった。
「アラウィリア特産の茶葉なのです。良ければお土産に持たせましょう」
グレティアーナは優しく微笑む。
「嬉しいです!」
リディオノーレは感情を素直に表す。
その様子にグレティアーナはくすくすと笑う。
「では、何から話しましょうか」
グレティアーナは微笑む。
「私は一年だけ在学期間がかぶったのです」
ゆっくりと話し始めた。
「ということは今、中級生?ですか?もしかして、私たちのために学院を休まれて帰ってきたのでは?」
リディオノーレは申し訳ない顔になる。
「お兄様に会いたかったのです。卒業してすぐ、そのまま家を出てしまいましたので。それから会う機会もなく……」
グレティアーナが悲しそうな顔をする。
「そうだったんですね。私、グレーク様に手紙とかこまめに書くように言っておきます」
「お願いします」
グレティアーナは微笑む。
「グレイザック様のお話ですよね。まあ1番詳しいのはお兄様なのですが、お兄様はちょっと偏ってますもんね」
グレティアーナはくすりと少し笑う。
「そうですねぇ。学年が違っても聞こえてくる話と言えば、首席なのにあまり姿を見ない方だということですね」
グレティアーナは語り始める。
「グレイザック様はご自身で勉強し終えると試験前に試験を申し込み、誰よりも早く試験を終わらせると姿を消すのです」
「師匠らしいです」
リディオノーレは苦笑した。
「そして天馬合戦では百戦錬磨。あの方が在学中の間はアラウィリアも負け通しだったとお聞きしています」
「アブストール様が敵視するわけですよね」
「ですが、グレイザック様の戦法は前代未聞でとても面白いのです。リディオノーレ様もそれを真似しているのでしょう?」
その言葉にリディオノーレは少し目を瞬いて、そういうことにしといた方がいいと思って頷いた。
「あとはご自身で研究した薬などを教授たちに売ってお金にしていたとの噂もございます」
それは本人も言っていた。
お金は稼げるときに稼ぐべきだと。
「本当に前代未聞の首席で有名でした。卒業式は全員出席になりますので、その時にグレイザック様のお顔を拝見した女性の方々にとても言い寄られる羽目になったとか」
苦笑しながら述べるグレティアーナ。
「そして、今から言うことは他言無用でお願いします」
グレティアーナはリディオノーレに近付くと、耳打ちした。
「グレイザック様と既成事実をつくろうとした女性がいた、とか」
恐ろしい事実にリディオノーレは目を見開いて仰け反った。
聞こえていないバルデミアンは彼女の反応に目を瞬く。
「う、嘘、でしょっ」
口調が乱れてしまうリディオノーレ。
慌てて口を手で押さえる。
怖いもの知らずだ。恐ろしすぎる。
こほん、と一度咳払いをして姿勢を直す。
グレティアーナがまた小声で続ける。
「睡眠薬や媚薬など色々な手を使ったようですよ」
「それは……流石に…人としてどうなんでしょう……」
リディオノーレは冷や汗をかいてきた。
本当に恐ろしすぎる。
「それから彼は媚薬などにも耐性がつくように日頃から薬を飲んだりして抗体をつくったりしたようです」
その徹底ぶりはグレイザックらしい。
「まあでも噂ですけどね」
グレティアーナはそう締めくくり、距離を戻す。
「でもそれが事実なら女性嫌いにもなりますよね」
リディオノーレは苦い顔になる。
グレイザックじゃなくても誰だって嫌いになる。
「でも、リディオノーレ様のことは大変信頼されていらっしゃいますよね?羨ましい、と皆が言っておりましたよ」
グレティアーナが微笑むので、リディオノーレも微笑み返すが内心は違った。
「グレイザック様の女性嫌いも大分直ったということなんでしょうかね」
そのグレティアーナの言葉にリディオノーレはバルデミアンと顔を見合わせた。
バルデミアンは少し眉を下げ、困った顔をした。
「バルデミアン様は女性嫌いの原因をご存知でしたか?」
リディオノーレは思い切って尋ねてみた。
「学院で何かがあったのは聞いております」
「知らない方が身のためです。………なのに、何故グレイザック様は私に優しいのでしょう」
リディオノーレが困った顔でバルデミアンに尋ねる。
「結果…を残してるのは大きいかと」
バルデミアンが答えた。
「結果?ですか?」
グレティアーナが聞き返す。
「リディオノーレ様はグレイザック様の期待に応えられる結果を残しておいでです」
「………粛清の件、ですか?」
リディオノーレは尋ねる。
「それが1番大きい実績かと」
バルデミアンは頷いた。
「なるほど。あの粛清の一件は、アブストールから聞き及んでいます。あれだけのことを成し遂げたのですから、当たり前ですね」
グレティアーナも納得したように頷いた。
「そうです。あの一件で、グレイザック様はリディオノーレ様が信頼に足るお方だと判断したと仰っていました」
その言葉にリディオノーレは頬が緩むのが分かった。
「師匠が、そう、言っていたんですか?」
「そうですよ」
バルデミアンの答えにリディオノーレは満面の笑みになる。
「すごく嬉しそうな表情をされるのですね」
グレティアーナが微笑む。
「嬉しいです。かなり。まだまだ精進が足りないと思っていたので、周囲から師匠がそう言っていたのを聞くとかなり嬉しいものがありますね」
リディオノーレは笑顔が止められない。
「アブストールから粛清の件を聞き、リディオノーレ様って一体どんな方なのか少し身構えていたのですが、お会いしてとても可愛らしい方ですごく安堵しました。これからも仲良くしてくださいね」
グレティアーナの微笑み方は本当に上品でふわりとしている。
「こちらこそよろしくお願い致します。グレティアーナ様」
リディオノーレも笑顔で応える。
「良ければティアと呼んで下さいませ」
「でしたら、私もリディ、と」
「是非そうさせてもらいますね。またこうしてお茶ができるのを心待ちにしておきますね。お兄様のこともよろしくお願い致します」
「結婚式には呼んで下さいませ!ティア様。グレーク様のことは任せて下さい!手紙もこまめに書くよう伝えますね!」
リディオノーレは初めての女友達にとても興奮し、喜びに溢れていた。
器具の片付けもきちんとしたのち、グレティアーナの部屋を下がり、リディオノーレはサムエルの部屋を訪れた。
バルデミアンには扉の外に待機してもらい、リディオノーレは徐に口を開いた。
先程までの笑顔は完全に消えている。
「………何かありましたか?」
サムエルは彼女に椅子をすすめながら、尋ねた。
リディオノーレの表情や雰囲気がいつもと違う。
「盗聴防止の魔法をかけてください」
リディオノーレは固い表情のままそう告げた。
サムエルは理由を聞くこともなく、その魔法をかけて、彼女の前に腰を下ろした。
「……リディと2人でこうして話すのは久しぶりですね」
サムエルはにこりと笑う。少しでも空気を軽くするように。
「そうですね。いつぶりでしょうか」
リディオノーレも頬が緩む。
「一体どうしたんですか?私に用があるということはグレイザック様絡みですか?」
サムエルは少し首を傾げる。
「はい。お聞きしてもいいでしょうか」
リディオノーレは意を決す。
サムエルは昔、彼から話してくれるのを待っていればいいと言っていた。
けれど、聞いてしまったものはどうしようもないので、モヤモヤは解消しとくのに限る。
「グレイザック様の過去について、です」
リディオノーレはサムエルを見つめ、口を開いた。




