アブストールからの招待状
宴が終わると翌日からは執務と勉強で忙しくなった。久々のアインズビルの仕事の忙しさに懐かしくてリディオノーレは少し嬉しくなった。
「……気持ち悪いぞ、お前」
懐かしさにおかしくなったリディオノーレが上機嫌で執務をしているので、グレイザックが気味悪がる。
「え、すいません。つい」
リディオノーレは謝りつつも慣れた手つきで書類を捌いていく。
「これ、届けてきます。ちょっとお金の申請の件で不明な点があるのでついでに聞いてきます」
彼女は書類を持って立ち上がる。
「ああ。午後からは本格的な勉強に移るから、さっさと終わらせて来い」
「はい!」
嬉しそうに返事してリディオノーレは仕事に励んでいく。
早速始まったのは、素材に関してのことと歴史のこと。これが下級生の座学の授業内容らしい。
とりあえず最初は暗記問題とのことである。
歴史は本に書いてあることが基本なので、これに関しては「読んでおくように」と言われたのみである。
「素材に関してはかなり覚えることがある。例えば、杖の素材を覚えたらその素材はどこで採れるのか。その地域でしか採れないものは何か。それはどこに自生してるのか。あらゆる事を覚えないといけない」
「……覚えることたくさんですね」
考えただけで膨大な量だ。
「ああ。ある程度覚えれば、その素材採集に行きたいと思っている。実際に見て覚える方が早いしな。ただ、アインズビルに自生してる分しか採集はできないがな」
「……アブストール様に頼めば、アラウィリアでも採集できそうですけど」
リディオノーレの呟きに眉間に皺を寄せるグレイザック。
「出来なくはないが、絶対にめんどくさいぞ。交換条件に天馬合戦を言われるのが目に見えてる」
「……」
「まあ考えるのはよせ。とりあえずこっちに集中しろ。下級生の座学で1番ややこしいのはこの素材関連だ。ひたすら覚えるしかないが、量が多すぎてややこしい。教師によっては細かい問題も出されるだろう」
少し不安になってきたリディオノーレ。
そんな表情が出ていたのだろう。グレイザックは彼女の額を弾いた。
「お前なら問題ない」
「何でそんなの分かるんですか」
「大体の素材を見たことがあるからだ。お前が覚えなくてはならないのは、どの素材を合わせたらどの薬が出来るのか、とかだ。あとは自生地。まあ、大丈夫だろう」
「……もしかして、あの素材庫に大半があるんですか?」
「あらゆる領地の伝手を使い、各領地にしか自生しない素材なども入手したからな」
にやりと笑う。
「……グレイザック様に引き取られて良かったとつくづく思っています」
覚えることが半分くらいに減れば、大分勉強が楽だ。
「ああ、精一杯感謝しろ。そして、下級生の実技は天馬の扱い方、魔力の流し方、そして基礎呪文の行使だ」
グレイザックが説明を続ける。
「天馬に関しては問題ない。あれだけ乗りこなせば大丈夫だ。魔力の流し方は、全身に行き渡らせるようになることと杖の魔石に魔力を乗せて術を行使すること。呪文を覚え、振り方も覚えること」
リディオノーレは真剣に聞いている。
「全身に行き渡らせる魔力の流し方は何ですか?必要なのですか?」
「天馬を威圧させて使役することを教わるからな。全身に行き渡らせることができるようになるのは必須なんだ。まあお前は必要ないが、試験されるので出来るようになっておけ。術の行使に関してはまだ適当な杖がないため、したくない」
「…それは、仕方ないですよね」
「ああ。まあ心配しなくても呪文も振り方も本で覚えているだろう?」
「…多分。咄嗟にできるか分かりませんが」
「1日1回だけ俺の杖を使わせてやる。あまり使うと倒れるから1回だけだ」
「分かりました」
頷くリディオノーレ。
「素直すぎて怖いな」
「いつも素直です!」
リディオノーレは頬を膨らます。
「まあとりあえず、下級生の授業はそんなものだ。お前ならできるだろう。とりあえず素材の本を当分貸してやる」
グレイザックは1冊が分厚い本を5冊も渡す。
分厚さだけを見ると途方もない量であることは間違いない。
「これ、1年目で覚えないといけないんですか?皆、覚えられるんですか?」
リディオノーレはやっぱり心配になってきた。
「座学はそれが基本になるからな。1年かけて長丁場で覚えるんだ。これが覚えられなければ、留年だ」
「……グレイザック様は私がどのくらいの期間で覚えられると思ってるんですか」
彼女は恐る恐る尋ねる。
「ひと月」
「っ!!」
「頑張れ」
グレイザックはにやりと笑った。
「本も部屋に持って帰っていいから読み耽ろ。寝る時間になれば俺が取り上げるから任せておけ。部屋が隣だと楽だな」
グレイザックの意地悪い笑顔に身震いしたリディオノーレ。
そして彼の予想通り、夜に本を読み耽る彼女を無理矢理本から引き離し、無理矢理寝かせるという毎日を送ることになる。
素材庫の素材をあらかた覚えたところで、リディオノーレはグレイザックから試験を出された。
あと自生地も覚えたし、7割は自信を持って答えられるようになった。
「順調だな」
グレイザックは自作した試験問題の彼女の解答を確認する。
「この量、よく覚えられるな」
グレイザックは舌を巻く。本当に感心している。
「え、グレイザック様が覚えろ、って言ったじゃないですか」
「そうだが、怖いくらいだ」
正直まだ半月くらいしか経っていない。
なのに7割も覚えていたら充分だろう。
「もっと褒めてもいいですよ!」
まだあまり発育の良くない胸を張ってみせる。
「……」
すごい嫌そうにグレイザックは頭をわしゃわしゃと撫でる。
「もうちょっと優しくしてくださいー!顔もすんごい嫌そうなんですけどっ」
わしゃわしゃと掻き回す彼の手を押さえながらリディオノーレは抗議した。
そんなやり取りをしているときに扉がノックされた。
「勉強中失礼致します。アブストール様から書状が届いております。リディ宛てで」
サムエルがそう言いながら入ってきた。
その言葉にグレイザックが片眉を上げる。
「何でリディ宛てなんだ」
「知りませんよー。見せてください」
彼女は受け取り、中身をグレイザックと覗く。
「宴の招待状じゃないか。しかも領主印付き。……粛清の件を出されると行くしかないな」
はぁ、と彼はため息をつく。
「領主もお前と会ってみたいんだろうな」
「えー」
リディオノーレは先程のグレイザックと同じ嫌そうな顔をする。
社交は気を遣う。
「前向きに捉えては?アラウィリア領の素材を収集してきてはどうでしょう?」
サムエルが提案する。
その提案に2人は目をキラリと輝かせた。
「良い案だ」
「いいですね」
2人揃って唇の端を上げて悪いことを考えている顔になった。
「………似た者同士ですね」
サムエルは、はぁ、と息を吐く。
「いつ開催になってるのですか?準備をしないといけません」
「ええと、2週間後です」
「分かりました。色々手土産を準備します」
サムエルはそう言って部屋を辞した。
「お土産がいるんですか」
サムエルが去ってからリディオノーレはグレイザックに尋ねた。
「まあ、粛清の件で世話になったしな。領主経由で感謝は言ってもらっていたが、面倒くさかったからそれ以上をしていない」
視線を逸らしながらグレイザックは言う。
「ええ!駄目じゃないですか!あれだけ助けてもらったのに!
半月も事後処理を手伝ってくれたし、苛立つグレイザックの天馬合戦にも付き合ってくれていた。おかげでアラウィリアの株は彼女の中で急上昇している。
「天馬合戦にも付き合ったし、あいつらはあれで充分なんだ。あそこの宴はややこしい。酒飲みが多いからな。絡まれる」
それを聞いて、彼女はまた嫌そうな顔をした。
絡まれるのは面倒くさすぎる。
「それに王からも褒賞が出ているはずだ。だから、こっちがわざわざ労うほどではない」
「……でも、手伝ってくれたので、私は感謝してます。アブストール様に助けてもらった覚えもありますし」
彼女のその言葉にグレイザックは眉間に皺を寄せた。
「どういうことだ」
「……」
あれ、言ってなかっただろうか、と彼女は首を傾げる。
「最後のカルムクライン領主に殴られそうになったんです」
グレイザックの表情がすーっと感情の無い顔に変わる。
「その時に素早く止めて下さったんです。おかげで殴られず済みました」
にこりと微笑むとグレイザックは彼女の左頬をつねった。
「痛いですっ!!」
「そんなことがあったなら早く言え」
グレイザックの目が怖い。
「粛清で忙しかったのに、そんなの些事じゃないですか」
するとつねっている手に力が入った。
「んなわけあるか。牢に入れられていたのも許せないのに、手もあげていたのか」
「……いえいえ、アブストール様が止めて下さったので大丈夫でしたよ」
「もっと苦しく殺してやればよかった」
グレイザックは忌々しそうに吐き捨てると手を離す。
リディオノーレは頬をさする。
グレイザックが剣呑な雰囲気なので彼が口を開くまで待つ。
「何かあったらきちんと全部話せ。俺の家族が傷つけられるのは腹が立つ」
グレイザックの身内発言にリディオノーレは頬を緩めた。
「気持ち悪い」
グレイザックは額を弾く。
「ほら、返事書いてやれ」
リディオノーレはにまにましながら筆をとった。




