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苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
カルムクラインの生き残り

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リディオノーレの結婚条件



宴当日の昼食後。

シャイリーネの部屋に行くとなんと、まず湯浴みをさせられた。

「!!!」

何も言えないまま連行されるリディオノーレ。


「じ、自分で洗えますーーっ!!!」

彼女の叫び声は皆に無視され、着ているものを脱がされ、あっという間に風呂に入れられる。


髪の毛、首、肩、腕、足、と次々に洗わられるものだから、恥ずかしいったらありゃしない。

リディオノーレは羞恥心で泣きそうだった。


その後は布団に寝かされ、全身を揉みほぐされる。

気持ち良くて少しうつらうつらしてしまうリディオノーレ。




「はい、起きなさい!」

気持ち良く寝ていたところでシャーリネーヴェの声で起こされた。


「ほら、行くわよ。衣装を着てからじゃないと髪の毛も結べないのだから」

シャーリネーヴェがリディオノーレを引っ張って行く。


衣装は彼女と同じ髪の色だ。

袖が広がっていて、少し食事しにくそうだな、と彼女は思った。

まだ痩せているので、体の線に沿った衣装はやめたらしい。

その代わり、腰から裾はまっすぐで裾や袖にはレースがあしらわれている。


肌は成人するまであまり見せてはいけないので、足も出せないし首やうなじも出してはいけない。

なので、髪型も上半分を三つ編みしておく程度である。最後に髪飾りをつけたら終わりだ。


「見違えたわね」

シャーリネーヴェが満足そうに呟いた。

「本当ですか?なら良かったです」

リディオノーレも微笑む。


「きちんとエスコートしてもらわないと駄目よ。何でもかんでも自分でやっちゃ駄目よ」

シャーリネーヴェが幼い子どもに言い聞かせるように喋る。

「はぁい」


「グレイザックがもうすぐ来るはずだから、そのまま待っていなさい。わたくしたちは先に行くから。後で広間で会いましょう」

シャイリーネがシャーリネーヴェと共に部屋を出て行った。


リディオノーレが座って待っているとそんなに時間がかからず、扉を叩く音が聞こえた。

「入るぞ」

リディオノーレが返事する前にグレイザックがサムエルを引き連れて入ってきた。


「見違えましたね」

サムエルは微笑んでくれる。

「ありがとうございます。……その隣の人、グ、グレイザック様、ですか?」

リディオノーレは驚いて尋ねた。


「どっからどう見てもそうだろう?」

グレイザックは唇の端を上げる。


アインズビルの正装に身を包み、いつもは無造作な前髪が整髪料をつけて後ろにかきあげられている。

控えめに言って格好いい。

3割増しくらいには格好よくなっている。


そして、赤紫のブローチをつけている。


「……ちょっと格好よすぎません?」

リディオノーレは唇を尖らせた。

「何でお前が拗ねるんだ」

グレイザックが呆れる。


「お前もまともになってるじゃないか」

「……グレイザック様、もっと言いようがあるでしょう」

サムエルも呆れた声を出す。


「そのブローチ、私の色ですか?」

リディオノーレは気になって尋ねてみた。

「はっ、そんなわけあるか。俺が元々持ってるやつだ」

「………素直じゃないですねー……」

サムエルは2人に聞こえないように呟く。


「さあ、行きますよ。皆さん待っていますからね」

サムエルが促す。

「アインズビル領のお偉い面々が勢揃いだ。お前が会ったことのない者もいるだろうが、遠慮なく話しかけてくるぞ。粛清の立役者はお前だからな。呑まれるなよ。絶対に狼狽えたり俯くな。堂々としてろ」

グレイザックがリディオノーレの手を取る。


「……できますかね」

彼女は力無く微笑む。緊張してきた。

「ほお?やれないのか?俺の弟子なのに?」

煽るのがうますぎる。

「……やれますよ。誰の弟子だと思ってるんですか」

リディオノーレは笑って立ち上がった。


「堂々としてりゃあ、それでいい。サムエルもムナグレークも側に控えてるから安心しろ」

「……それは嬉しいのですが、グレイザック様は?」

彼女は首を傾げて彼を見る。

「2人がいれば安心だろう?」

グレイザックが片眉を上げる。

「それはそうですけど、グレイザック様は側にいてくれないのですか?」


リディオノーレはこういう事を普通に聞くものだから、サムエルは少し反応に困る。

これで2人が恋仲でないと言うのだからおかしいだろう。


「……2人がいるとそれは嬉しいですが、グレイザック様が側にいて下さると格別に安心感が違いますけど」

リディオノーレは重ねて言う。

「えらく俺を信用してるな」

グレイザックは少し驚いた顔で答える。

「そりゃそうでしょう?グレイザック様は私の家族ですもの」

彼女は笑顔で言い放つ。

「……そうだな。家族だったな。ついててやるから安心しろ」

グレイザックは少し微笑むと「行くぞ」と広間までエスコートしてくれた。



広間の扉の前に筆頭執事が待っていた。

「お待ちしておりました。お二人とも素敵ですね。では、楽しんで来てくださいませ」

微笑んで声をかけてくれ、扉をゆっくりと開けた。


一気に広間の明るさが視界に広がり、眩しくて少し目を瞬いたリディオノーレ。

エスコートしているグレイザックの手を思わずぎゅ、と握る。


彼は何も言わず、少し握り返してくれた。

それで少し落ち着いたリディオノーレは明るさに慣れてきたところであまりの人数の多さに驚愕する。


顔には出ないように気をつけたが、内心ではビビリまくりである。


「……行くぞ」

グレイザックは彼女だけに聞こえる声で呟くと、広間に足を踏み入れた。




今回の宴はあまりにも大人数なので、立食形式である。

常にサムエルがつまみと水を乗せたお盆を持って控えている。

まともに食事が出来ないのは知っていたが、あまりにも辛い。


「……壁の花になりたいです…」

一瞬客足が途絶えた所で、リディオノーレは呟いた。

「主役が何言ってる」

グレイザックは呆れた顔で水を飲む。


「笑顔で対応できてますよ。今のところ順調です」

サムエルがにこりと微笑む。


「……大丈夫かしら?」

そんな様子を見ていたジャンドバルトとシャーリネーヴェが優雅に近付いてきた。

「……お姉様、キレイです!」

リディオノーレは彼女を見て開口一番そう言った。


その言葉に横にいたグレイザックがリディオノーレだけに聞こえる怖い声音で「何だ、その呼び名は」と尋ねてきた。

顔に表情が出ないところは流石である。

これが社交の最中でなければ、思い切り顔をしかめているところだろう。


お姉様と呼ばれたシャーリネーヴェは少し照れ臭そうにしながらお礼を言って、グレイザックを見た。

「グレイザック様、今日は一段と素敵ですわ」

シャーリネーヴェがうっとりと述べる。


「ですよね!前髪あげるだけでこんなに印象変わるなんて思ってなかったです!」

リディオノーレは嬉しそうに同意する。

するとグレイザックがため息をついた。


「お前、まだ宴の最中なこと忘れてないか?口調が崩れすぎだ」

そう言われ、キリ、と表情を引き締める。

シャーリネーヴェも少し息を吐いた。


「お兄様、リディオノーレ素敵でしょう?」

一言も発していなかったジャンドバルトにシャーリネーヴェが尋ねる。

ジャンドバルトもアインズビルの正装に身を包んでいるが、まだ服に着られている感がある。


「…いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

ジャンドバルトは訝しげに妹とリディオノーレを見た。

「お話するのは初めてですね、ジャンドバルト様」

リディオノーレは身内だけなので少し崩したまま話しかける。


ジャンドバルトは少し驚きながら「うむ」と答えた。

反応が少ないので、リディオノーレは少し首を傾げる。

「お兄様は無口ですの」

シャーリネーヴェが少し笑いながら答えてくれた。

「そうなのですね。今回はどれくらい滞在予定なのですか?」

リディオノーレは諦めず、彼に尋ねる。

「1週間だ。会うことがあれば、話しかけてくれ」

ジャンドバルトはそれだけ言うと去って行く。


「もう、お兄様……。わたくしも行くわ。あまり無理しないようにしなさいよ」

シャーリネーヴェはリディオノーレを少し心配しながら兄の後を追って行った。


すると、今度はまた知らない大人たちが近付いてきた。

「これはこれは……」

と基本はグレイザックが対応してくれる。

「リディオノーレ様にもご挨拶をさせてくださいませ」

1人の男性がそう言うものだから、グレイザックは仕方なしに一歩下がる。


「この度は大活躍でしたな。さすが、グレイザック様の愛弟子ですな」

何か気持ち悪い笑い方の人だな、と思いながらリディオノーレは微笑んだ。

「ありがとうございます」

とりあえず早く居なくなってほしいので、対応が簡略化されてきている。


グレイザックの笑みが深くなっていくので、恐らく彼もそう思っているはずだ。


「私にはね、今学院に通っている息子がいるんですよ」

急にそんなことを言われ、リディオノーレは「はぁ」としか言えなかった。


その返事に相手の男性は片眉を上げ、グレイザックはさりげなく彼女を小突く。

こほん、と咳払いしたのち、「その息子さんが何か?」とリディオノーレは尋ねた。


「一度会ってみるのはどうでしょう?」

ものすごく遠回しなお見合いのお誘いだろう。

リディオノーレは隣のグレイザックをちらりと見上げる。


顔は笑っているのだが、纏う空気が怖くなっている。

というか、魔力がほんのり漏れている。

後ろに控えていたサムエルとムナグレークが少し息を

呑んだのが察せられた。

隣のリディオノーレなんて狼狽えはしていないが、この場をどう収めようかと思案している。


「えぇと、その息子さんは魔法に長けていらっしゃるのですか?」

「成績は優秀ですぞ」

胸を張って言われる。

「そうなのですね。では、お家の蔵書数はどれくらいでしょう?あと素材の数も知りたいですね」

リディオノーレはにこりと微笑む。


想定外の質問だったのか、男性は目を瞬く。

「特に素材は多ければ多い方が嬉しいのですが」

リディオノーレは男性を見やる。


「そ、素材ですか?魔獣狩りを盛んにはおこなっておりませんので、それほどかと……」

男性は狼狽える。

「では、このお話はなかったことにして下さいませ」

彼女は最後に満面の笑みを浮かべて、男性に辞するように促した。


男性が去ってから、話を聞いていたグレイザック達が吹き出した。

「…ぷ」

ムナグレークが堪えきれず、1番に笑う。

「失礼だぞ」

そう注意するグレイザックの声も笑っている。

漏れていた魔力も消えていた。


「リディは素材が大事なのですね」

サムエルも少し肩を震わせながら口を開く。

なるべく無表情を装いながら笑うものだから面白い。


「大事じゃないんですか?研究実験するのに素材は大事ですよ?魔法陣の研究もするので、いくら紙があっても足りませんし、杖もそれぞれの魔石で調合して違いがどれだけなのか実験しようと画策しています」

リディオノーレはさも当たり前のように答えた。


「……確かに、それじゃあ、いち貴族が保有してる素材じゃ足らんな」

グレイザックは言う。

「グレーク様から聞きましたけど、あの素材庫の殆どがグレイザック様のものなんですよね?」


「まあな。他を探してもあれ程の素材を所有している奴はいないだろうな」

グレイザックは認める。

「でもそれでは結婚相手が見つかりませんよ?」

とサムエルが苦笑いだ。

「じゃあその時は諦めます」

「えっ。諦め早すぎませんか?」

ムナグレークが突っ込んできた。

「学院に行けば、グレイザック様よりすごい方がたくさんいるなら諦めませんけど」

その言葉に3人は口を噤んだ。


「……これは、ちょっと、難しい、かも、しれませんね」

サムエルは難しい顔をしてゆっくりと話す。

「リディ、何かを妥協しましょう。これだけは譲れない、というものだけを決めて相手を探しましょう」

このままだと一生結婚できない。

ムナグレークは冷や汗をかく。


「えーー。何でしょう。グレイザック様より安心感がある方ならいいんですけど。家族以上に私を守ってくれて、命を預けられる人がいいです」

「……」

その答えにムナグレークとサムエルは早々に諦めた。

これは無理だ。考えるだけ無駄である。


反対にグレイザックは不思議そうな顔をしている。

「お前、俺に命預けてたのか?」

「じゃなかったら、最初に従属契約とか言わないじゃないですか」

「あの時の出まかせじゃなかったのか?」

「……それは、あの時はそうですけど。でも、今は命預けてもいいと本気で思ってますよ」

リディオノーレは答えた。



「……そう簡単に人を信じるな」

グレイザックはそう注意して水を飲み干した。


ちょっとリディオノーレに価値があると分かれば近付いてくる奴がいると思っていたが、案の定だったので少し苛立っていたグレイザック。

だが、彼女は何ともなく追い払ったので安堵した。

精霊師はそこらの下位貴族にやれるほどのものではない。最低でも領主以上の地位にある者が望ましい。本当は王族が良いのだが、それに近しい例えば宰相や近衛の団長とかなら充分だろう。

盾となって守れるくらいの地位と権力と実力がないと他所にはやれない。

グレイザックは若いながら親のように考えていた。


そして、自分より先に精霊師であることがバレてしまいそうな予感がする彼女をどうにかしないといけない、とずっと思っている。

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