粛清
葬儀からの4日後。
グレイザック率いるアインズビル騎士団がカルムクライン領地に到着した。
葬儀は終了しているので、各領地の代理人たちは帰領している。
隣の領地との境界の所に降り立つ。
「静かですね…。気配がしません」
団長が辺りを見回して、警戒する。
住宅街なのに、何故気配がしないのか、と騎士団が警戒している。
グレイザックはそれを無視して、真正面から昇ってくる日を眩しそうに見つめた。
その日を背にして、2騎の天馬が駆けてくるのが見え、グレイザックはにやりと笑う。
天馬に乗っていた2人は、グレイザックの前に到着すると跪き低頭する。
「お待たせして申し訳ありません、グレイザック様」
ムナグレークが低頭したまま口を開いた。
「良い。……アラウィリアの助力がもらえたか」
ムナグレークの隣にいるアブストールを見て、グレイザックはにやりとした。
「久しぶりだな、グレイザック」
アブストールはからりと笑う。
「アブストール。この度の借りはまた返す。最後まで付き合え」
グレイザックはそう口を開いた。
「分かっている。既に収拾している。副団長のところに血判証明をした者をまとめてある」
その言葉にグレイザックは眉間に皺を寄せた。
「……どういうことだ」
グレイザックはムナグレークに低い声で尋ねる。
「リディオノーレ様から託された仕事です。血判証明書に署名できる者は助けろ、と。署名できない者は捕縛せよ、と命を受けています」
ムナグレークは顔を上げ、唇の端を上げた。
その言葉にグレイザックは目を見開いた。
「あと、こちらを」
ムナグレークはバイリムートが集めた証拠をグレイザックに渡す。
それを見たグレイザックは、哄笑した。
「……よくやった。褒めてつかわす」
グレイザックは嬉しそうにそう言った。
「これをあいつはお前に託したのか?」
グレイザックが尋ねる。
「はい」
グレイザックは、く、と笑った。
「あいつは何処だ?」
「地下牢です」
その答えに一瞬眉をしかめたが、続ける。
「カルムクライン一族はどうしてる」
「城から出られないよう、影の騎士団が見張っております」
「捕縛はしてないのか」
「それはグレイザックの仕事だろう?」
アブストールが口を挟んだ。
その言葉にまたグレイザックは笑う。
「ああ」
そして、騎士団の方に振り返る。
「カルムクライン城にいる者全ての捕縛。団長はムナグレークと共にリディオノーレの救出。副団長は血判証明に署名した者の所へ案内してもらえ」
グレイザックの指示に一斉に皆が動き出した。
「ムナグレーク、アブストール、案内せよ」
グレイザックもカルムクライン城に向かった。
カルムクライン城では、何も知らない領主家族がまだ寝ていた。
日が昇った瞬間に大量の騎士団に押し入られ、着の身着のまま捕縛され、大広間にまとめあげられた。
「カルムクライン領主です!!」
縛り上げられたライジャックスが、広間で待つグレイザックの前に放り投げられた。
そして、夫人に息子に娘に、その他親族が縛られて連れてこられる。
「制圧完了しました」
アブストールがそう報告した。
その直後、ムナグレークと団長と共に少し痩せこけたリディオノーレが、支えられながら現れた。
グレイザックを見て少し笑うと、彼女も跪く。
「証拠は届きましたか」
低頭したまま、彼女は尋ねた。
「ああ」
グレイザックは短く返事し、領主一族に向かって口を開いた。
「前カルムクライン領主夫妻の暗殺、支援金や税金の横領、そして今回の故人、前領主子息の毒殺、並びに上位領地であるアインズビルの者への罪なき捕縛。謀反に値する。カルムクライン領主ライジャックス・リンド・カルムクライン。並びに夫人ルイヴェーネ、長男エドセルニオン、長女ジュリエーレを筆頭に一族皆処刑である」
グレイザックは罪状を言い渡す。
なかなかの悪事だった。
聞いているアブストールが少し息を呑んだのがわかった。
「お、お待ちください!何かの間違いでは!!!」
ライジャックスは声を上げる。
「汚い声を発するな」
グレイザックは忌々しそうにそう言って手を上げると、近くに控えていた騎士がライジャックスの首を落とした。
「ひっっ!!!」
とジュリエーレが声を上げた。
声を上げた彼女も首を落とされる。
がくがくと体が震える人から床から振動が伝わってくる。歯をカチカチ鳴らす音や失禁の音も聞こえた。
リディオノーレは低頭しているので、床に流れる血だけしか見えない。
「証拠は揃っている。団長、アブストール、あとは任せてよいか」
グレイザックがそう言うと、2人は「は!」と返事する。
「リディオノーレ、行くぞ。ムナグレーク、来い」
グレイザックは低頭している彼女の視界を手で押さえたまま、立たせた。
「見なくてよい」
グレイザックは視界を遮ったまま、手を引いて広間を出た。
広間を出たら手を外し、「保護している者の所へ向かう。来れるか」とグレイザックは尋ねた。
「……行きます」
リディオノーレは気丈に微笑んだ。
がくがくと膝は震えているが。
「ムナグレーク先導せよ。リディオノーレは俺と一緒だ」
グレイザックと共に天馬に乗り、保護している者の建物へと向かう。
リディオノーレは全身に鳥肌が立っていた。
二の腕をさすっていると、彼女のお腹にまわっているグレイザックの左手に力強く引き寄せられ、密着した。
密着したところから伝わる彼の体温で少し落ち着くことができた。
建物に着くと、副団長が待っていた。
「こちらです」
案内に従うと、リディオノーレが思ってるより少ない人数しかいなかった。
50人弱くらいだろうか。
「案外多いな」
グレイザックは彼女と反対の言葉を述べた。
「……多いですか?」
「ああ。……よくやった」
グレイザックは彼女の頭にぽん、と手を置く。
リディオノーレに気づいた者が、ハッとして跪き始めた。
この場にいる保護された老若男女含めた全員が跪いたのだ。
「リディルレーネ様改めリディオノーレ様。この度はご慈悲をいただきましてありがとうございます」
見た事のある顔だった。
母が懇意にしていた料理屋の店主だ。
「連座の所を救って頂いたと聞いております。これだけしかいませんが、前領主夫妻に忠誠を誓っていた者たちです。これからはあなた様に仕えることをお赦しください」
まさかの光景で、リディオノーレは目を見開いた。
「お前の成果だ。よくやった」
グレイザックはまた褒めると皆に向かって口を開いた。
「この度はここのリディオノーレによってお前たちは救われた。感謝を忘れるな。処遇は追って伝える。残った命、大切にせよ」
グレイザックの言葉に皆が低頭した。
そして、その場を離れる。
「ムナグレーク、休憩できるところはあるか」
「こちらです。この民家を借りています」
「警護を頼んだ」
ムナグレークに頼み、リディオノーレとグレイザックは2人きりで家に入った。
グレイザックは水を彼女に飲ませてやる。
「……お前のお陰で仕事が楽になった。礼を言う」
「いえ。結局手を汚させてしまったので、何もしてません…」
リディオノーレは顔を上げない。
「まさか、血判証明をとりつけているとは思わなかった」
「それくらいしか思いつなかったのです。敵対意思がないのを目で見えて知らせるにはあれくらいかと」
「そうだな。お陰で誰彼構わず切り捨てずに済んだ」
問答無用で捕縛となれば、全員が反抗するだろう。
男たちなら尚更だ。
そして、署名しなかった者を問答無用で彼女が切り捨てたのは予想以上だった。
グレイザックは、反抗する全ての領民を処刑するつもりだった。今回の犯行に関係があるかないかは関係なく。
彼女は甘い。
救える命も全て粛清しようとしていた彼と違い、数多の命を救ってみせた。
だが、禍根は残るだろう。
だから、彼は忠誠を誓う者に従属契約をする算段だった。
主人が死ねば、一連托生の従属契約。
もしグレイザックを殺せば、自分も死ぬのだ。
だが、彼女はなかなかに面白い血判証明書を作成していた。
裏切ると子々孫々火傷の痕が体に現れ、目に見える形で分かる魔法陣を重ね掛けしていた。
教えたつもりはないのだが、発想としては面白い。
「だが、甘いな。まあ永久的に目に見える特徴を残すのは面白いが、俺なら殺してくれ、と懇願するような苦しみを与えてやるがな」
その言葉にリディオノーレは力無く笑った。
「だと思いました」
「……生意気な。何故、従属契約にしなかった?俺と契約させれば問題なかっただろう?」
「差し違えても殺しに来る人は少なからずいますよ。そんな危険に師匠を晒すわけにはいかないでしょう」
彼女の言葉にグレイザックは少し驚いた表情を見せた。
「証拠も揃えたな。よくやった」
「……兄の手柄です」
「その兄がお前に託したんだ。お前の手柄だ。よくやった」
グレイザックはとても優しく褒めてくれる。
「後は任せろ。後始末はお前で慣れてるからな」
彼は意地悪く笑う。
立ち上がると彼女の頭に手を置いた。
「すぐ終わらせてアインズビルに帰る。待ってろ」
グレイザックはそう言って家を出た。




