期待
グレイザックはリディオノーレが出発するまでの短い間にカルムクラインに関する全ての資料を彼女に開示した。
彼女はひたすら頭に叩き込んだ。
気になった内容といえば、横領した金の行方だ。
隣国ナックルンドの商人となにやら取引をしているようだが、その先が不明らしい。
その商人とだけの取引なのか、はたまた国全体が関わっているのか。
そして、グレイザックの資料はもういつでも粛清ができる証拠が揃っていた。
リディオノーレは唇を引き結んだ。
覚悟を決めなければ。
そして、兄ときちんと別れてこなければいけない。
睡眠時間も削り、彼女は資料に目を通した。
出発当日。
「明日の葬儀が終われば3日猶予をやる。3日を過ぎて帰ってこなければ、俺が行く。……意味が分かるか?」
ムナグレークと共に天馬車を用意していたリディオノーレにグレイザックは真剣な顔で述べる。
「………」
リディオノーレは小さく頷いた。
明日の葬儀が終われば、3日間グレイザックは休みを取ると言った。その彼が休みの間にどうにかしてみせろ、と告げていた。
それなら当初の約束通り7日間休み取ってくれたらよかったのに、と思ったが反論はしない。
色々考えがあっての3日なのだろう。あまり猶予がありすぎても、証拠隠滅につながる。
妥当な日数だとリディオノーレは理解していた。
優しい師匠だと思っていたが、今回の仕事はなかなかに厳しい。厳しすぎる。
「ムナグレーク。転移陣を持って行っておくように。何かあればすぐに知らせろ。それと…」
グレイザックは懐から首飾りを出した。
アインズビルの紋章が入った石の飾りがついている。
グレイザックは彼女を後ろに向かせて、首の後ろで留めた。
「お前がアインズビルの者だという証だ。それと、これも」
今度は腕輪だ。手首を覆う騎士とかがつけているような感じのやつだ。
「……?何ですか、これ?」
紋章が入っているが、アインズビルの紋章ではない。
「アラウィリア領の腕輪だ」
「???」
意味がわからず、彼女は首を傾げる。
ムナグレークがにやりと笑って口を開いた。
「アブストールから奪ったやつですね、これ。懐かしい」
「そうだ。領主の葬儀には領主たちが基本出席するが、その他の葬儀には領主代理が大体出席する。そして、今回の葬儀の領主代理として恐らく俺が出席するだろうと踏んでいる領地がある。それがアラウィリアだ」
グレイザックが少し苦い顔つきをする。
「そして、その領地のアブストールという奴が葬儀に出席するだろう、と俺は思っている。俺に会いにな」
「……私が行かない方がいい感じですか?」
リディオノーレは恐る恐る尋ねた。
「いや俺は会いたくないから、お前にそいつの対応を任す」
「???何ですか、それ。その人が苦手ということですか?」
イマイチ話が分からない。
「とりあえず、それがあれば、お前が俺の庇護下にあることが分かるはずだ。話しかけてくるだろう。悪い奴ではないんだ。本当に、悪い奴ではない」
2回も繰り返すグレイザック。
だが、どういった人物なのか全然分からない。
「俺はもう辟易してるんだ。俺の弟子であるお前に託す」
グレイザックはにやりと笑った。
「逆にそれをしてなかったら、何で俺が来ないのかと質問攻めにされて不機嫌なそいつの対応をしないといけなくなるだろう。それよりかは、機嫌の良い相手の対応の方がいいだろう?」
「……確かにそうですけど」
何かめんどくさそうな予感がしてならない。
「あの、目薬を忘れるな。1日1回はささないと、またあの現象が起こるからな」
グレイザックは釘を刺す。そして続ける。
「お前の働きぶりに期待している」
グレイザックはにやりと笑った。だが、目は笑っていなかった。
「………分かっています。リディルレーネはもう居ません」
その言葉にグレイザックは少し穏やかな顔になると、頭に手を置く。
「行ってこい。気を付けろよ。ムナグレーク、頼んだ」
グレイザックはそう言って、2人を見送った。
空を駆け上がる2人の姿が見えなくなり、グレイザックは踵を返す。
サムエルも無言で後に続く。
証拠をきっちり掴んでくると信じている。
グレイザックはカルムクラインの資料を全て見せたのだ。
これまでの働きぶりなら、グレイザックが何を求めているのか分かるだろう。
分かるはずだ。
情に流される奴ではないと分かっている。
だが、愛する両親たちや自分が住んでいたところだ。現領主家族には情がないだろうが、その土地には情があるだろう。
そして、3日の猶予で何ができるか見せてもらう。
グレイザックは意地の悪い笑顔をこぼし、粛清の用意を始めた。




