雑談 グレイザックの過去話
ムナグレークが手綱を引いてくれているので、馬車の中でリディオノーレは仕事をしていた。
猶予は3日。
この間にできること。
血判証明書を彼女は生成した。
これは自分が初めてグレイザックと交渉する際に使用したものだから作り方は知っている。
これに署名した者が約束を違えた場合、呪いとして返るのだ。
そして、その効力を少し強くした。
その効力を上げる魔法陣を彼女は覚えている。一度見た本の内容は忘れない。
呪いとして本人に返るだけではなく、子々孫々続く呪いとしての魔法陣を組み込んだ。
とても複雑で、やってはいけないものだが、いくつかの魔法陣の重ね掛けをすることにより組み込むことに成功した。
この血判証明に署名できない者は切り捨てる。
彼女はこの時点で決めていた。
カルムクラインは小領地だ。
元々住人の数もさほど多くない。
だが、両親たちが懇意にしていた店や友人もいる。
救えるならできるだけ救いたい。
どこまで救えるかは分からないが。
血判証明を大量に用意する。
ちなみにムナグレークの杖を借りている。
自分で調合した杖もあるのだが、小動物の杖なのでこれを使うのは最終手段である。
「………ふぅ」
何とか用意できた。
少し魔力を使い過ぎた感じがするが。
「魔力回復薬を預かっています。座席の下に入れてますので使ってください」
ムナグレークは御者台から話しかけてきた。
「無理はしないでください。私がグレイザック様に怒られてしまいます」
「今私が無理しないと罪のない命が儚く散ります」
リディオノーレの表情が強張っている。
ムナグレークは何も言えない。
でも、空気を軽くするのは得意だ。
「グレイザック様の昔話でもしましょうか」
ムナグレークは前を見たまま、そう口を開いた。
「え!お願いします!」
リディオノーレはとても食いついてきた。
「何の話がいいですか?」
「えーーーと、この腕輪のアブストール様との話を聞きたいです」
「いいですね」
ムナグレークはにやりと笑った。
「まず、天馬合戦をご存知ですか?」
「名前だけは。実際に見た事はないので、本とかで読んだくらいです」
ムナグレークは天馬合戦について語り始めた。
杖を武器に変化させ天馬に乗り、相手が身につけている鈴を取る。
単独戦ならどちらが先に取るか、はたまた大人数なら鈴の数が多かった方が勝ち。
それか、大将を決めて、兵隊たちを倒しながら大将の鈴を取るか。
その3通りがあるらしい。
「とても面白そうです」
リディオノーレは目を輝かせた。
「学院に行けば、否が応でもしないといけないので、どこの領地の者も大抵は天馬を乗りこなせます」
「……今のままじゃダメですね、私。片手で手綱を引かないといけないということですよね」
「そうですね。でもまだ乗りはじめてそんなに経ってないですから気にしなくても大丈夫です。天馬に気に入られず、落とされる生徒もいますから」
ムナグレークはからからと笑う。
「威圧で従えようとするから、気が抜けたり弱気になった瞬間振り落とされます」
「だから、対等な関係を結べと教えてくれてたわけですね」
「そうです。威圧しなくても別にいうこと聞いてくれますし」
ムナグレークはリディオノーレの方に振り返ってにこっと笑う。
「それに対等な関係の方が、天馬自身の方から助けに来てくれたりしますよ」
「そこまでのことを天馬がやってくれるんですか!」
彼女は驚く。
「ええ。お友達が困っていたら助けるでしょう?それと一緒です。天馬はとても賢いですから」
「確かに、ムナグレーク様と天馬は言葉が通じてる感じがします。私もそこまで出来たらいいんですけど…」
「その内、何を考えているのか分かるようになりますよ。……話が逸れたので戻しますね。天馬合戦において、グレイザック様は百戦錬磨なのです」
ムナグレークが誇らしげに胸を張る。
「そこまで優秀なんですか!流石、師匠!」
「そうなんです。出発前にアラウィリア領のことを仰っていたでしょう?アラウィリアは天馬合戦大好きな領地なんです。天馬合戦と言えば、アラウィリア。アラウィリアと言えば、天馬合戦。そんな領地です」
「ものすごい領地ですね。私にはついていける気がしません」
「そのアラウィリアとの合戦にグレイザック様は百戦錬磨なのです。それはそれは、もう暇さえあればグレイザック様に対決を申し込む日々でしたよ」
その言葉だけで、グレイザックがすごい嫌がってるのが容易に想像できた。
「それにグレイザック様は付き合っていたのですか?」
「珍しい素材や本、アラウィリアでしか取れない素材などを交渉材料にされれば、あの方はにやりと笑って承諾すると思いませんか?」
「………しますね、完全に」
リディオノーレは笑ってしまう。
容易に想像できる。
「そのアブストールはアラウィリアで筆頭の天馬の使い手でした。領主の娘の婿として候補が上がるほどの腕前です。いや、もう婚約したかもしれませんが」
「そんな実力者に勝ったんですか?」
「勿論です。グレイザック様ですからね。負けるところが想像つきますか?」
そう尋ねられ、リディオノーレは首を振った。
「有り得ませんね。どんな手を使ってでも勝ちそうです」
苦笑いで答えた。
「流石、弟子ですね。では、どんな手を使ったと思いますか?」
リディオノーレは考え込む。
「睡眠魔法とか?」
「お」
驚いた声を上げるムナグレーク。
「んー、後は何でしょうか。例えば、鈴に触れたら転移してしまう魔法陣を鈴に施すとか」
ちょっと汚い手だが。
「………」
ムナグレークは数拍無言ののち、口を開いた。
「本当に弟子ですね。恐ろしい」
苦笑いしている。
「え、本当に使ってたんですか!?」
逆に驚いてしまうリディオノーレ。
「おかげで、鈴に転移の魔法陣を施すことが禁止になりました」
「!!師匠の考えること、えげつないですね」
「いやいや、それを思いつくリディもリディですよ」
ムナグレークはため息を吐く。
「後はですね、変化させる武器って、大体が剣になるんですが、グレイザック様はさまざまな武器に変化させるものですから、周囲は困惑していました」
「うわぁ、発想が師匠らしいです」
「いろんな武器には変化できるのですが、それぞれ呪文が違いますし、武器に変化させるときは魔法陣を発動させるのです。解除は呪文だけで良いのですが。なので合戦の最中に魔法陣を発動させて武器を変えるのは誰もしないのです。はじめにこの武器を使うと決めて、それで戦うのです」
「………色んな武器に変化させた方が勝率は上がりそうですが」
遠くの敵には弓矢みたいな武器がいいだろうし、接近戦なら剣がいいだろうし、それは用途によって変えた方がいいと思うのだが。
「魔法陣を発動させるのも、予め紙に書いて常備しておけば問題ないですよね?」
その彼女の言葉にムナグレークはまた苦笑いだ。
「そうです。グレイザック様もそうしていました。誰もが思いつかないことを次々とやるものですから、奇想天外すぎて対応できないのです」
「でも、勝つためには仕方ないですよね?」
完全にグレイザック寄りの考えのリディオノーレ。
「師弟揃って似た者同士ですね。武器を扱うには、その武器に慣れ親しんでおかなければなりません。誰もが剣や弓や棍や鎌など何でも使えるわけないんですよ」
「…確かに。それはそうですね」
「それをやってのけるのだから、グレイザック様はもうアラウィリアからしたら悪辣非道な手を使うが奇想天外で面白く勉強になるので次々と対戦を申し込まれていたのです」
「なるほど。グレイザック様が完全に悪いですね。あ、待って下さい。もしかしなくても、私も武器の扱いを覚えないといけないということですか」
ふと、思い当たる。
「ゆくゆくはそうですが、今は体力をつけるのが先ですね。武器の扱いはその後になるでしょう。それに杖も無いですし」
そうだった。杖がないのに武器に変えることができない。
「リディの魔力はまだ安定していませんから、これ以上膨張しないことが分かれば、杖を用意してくれると思います。リディは何気なく素材を使って杖をつくっていますが、素材は貴重なのです。あれほどの量を所有しているグレイザック様が異常なのですよ」
第三者から言われたらそうなのだろう。
素材がそこまで貴重とは思っていなかったので、少し驚いたリディオノーレ。
貴重なやつは使うな、と言われていたからそれだけが貴重だと思っていた。
複数ある素材はそこまで貴重だと思っていなかった節がある。
「私も素材を収集できたらあそこに保管は致しますが、あの素材庫の素材は9割がグレイザック様個人で得た物です。なので、本当はもっと感謝するべきですよ」
ムナグレークに言われ、少し反省する。
「まあグレイザック様が好きに使っていいと仰ってるので何も言いませんがね。あれが普通だと思わない方がいいですよ」
言いたい放題言うので、少し面白い。
「自分の基準がグレイザック様なのでなかなか難しいですが、学院に行ってから常識を擦り合わせていかないといけませんね」
「そうですね。あまりに常識と乖離してると変な目で見られますよ」
「グレーク様のようにですか?」
リディオノーレはちら、と反応を見る。
「……何か言いましたか?」
ムナグレークがにっこりと微笑んで彼女を見た。
「いいえ、何も言ってません。……ひとつ、質問があります」
慌てて話題を変える。
「何でしょう?」
「最初にグレーク様とお会いしたとき、天馬合戦で有名な領地の方と仰っていました。グレーク様はアラウィリア領出身なんですか?」
「そうですよ。アラウィリア領主の長男です」
まさかの発言にリディオノーレは目を見開いた。
え?聞き間違いだろうか。
ということは、次期領主だったのでは?
何とか口に出さなかった自分を褒めてほしい、とリディオノーレは思った。
様々な疑問が出てきたが、聞いていいか分からないので黙ってしまう。
「どうりで天馬のことに関してはグレーク様の右に出る者はいないと言われるわけですね」
何とか返事を絞りだした。
「……それはグレイザック様が?」
「そうですよ?」
彼女の返事にムナグレークは顔を綻ばせた。




