領主家族への意見
領主家族が席に着き、リディオノーレはごくりと唾を飲み込む。
1番に口を開いたのは領主だった。
「体調はどうだ?」
「すっかり治りました。ご心配をおかけしまして、申し訳ありません」
リディオノーレは頭を下げた。
「良かった。魔力を使わせ過ぎたようでこちらこそ申し訳ない。シャーリネーヴェが授業のことを言わなければこんなことにならなかっただろう。本当にすまない」
ライリルムントが謝罪するので、彼女は居た堪れない。
彼女はそんなことない、と否定しようと思ったが、考え直す。
リディオノーレ自身もシャーリネーヴェが冷たくあしらわれているのを見てつい同情で授業を許可したが、あの提案さえなければ自分もグレイザックも忙しくならなかった。
元凶なのは元凶だ。
ここで許すわけにはいかないだろう。
リディオノーレは意を決した顔でグレイザックを見た。
「……好きにしろ。責任はとる」
グレイザックも彼女の言いたいことを読み取ったのか、そう発言した。
なので、彼女はまっすぐ領主家族を見る。
「私はグレイザック様が姪である身内にもあまりにも冷たい態度を取るので、同情し、授業の許可をもらいました」
リディオノーレが意見を言い始めたことにライリルムントは少し驚くが、無言で先を促す。
「私は純粋に同情したのです。歳の近い人と一緒に勉強したい、とか出まかせです。実力がどれほどなのか見てみたい、というのも出まかせです。あまりにもグレイザック様の態度が冷たいので助け舟を出しただけです」
リディオノーレはハッキリと述べる。
その言葉にシャーリネーヴェは反論しようと声を上げようとしたが、ライリルムントが制する。
「でもグレイザック様が冷たくするのは、ちゃんと理由があるのを知りました。なので、あの時は私も同情せず、先にグレイザック様の意見を聞くべきだったと痛感しております」
「……杖を調合し、そして魔法陣の研究をしたら魔力も使い過ぎるよな。それは寝込む。体調が回復してくれて本当に良かった。グレイザックが相当怒っていたからな」
ライリルムントは罰の悪い顔になる。
「私は構いません。好きで研究したのもありますから。でも、魔力の使い過ぎにより枯渇状態になり、グレイザック様に多大な迷惑をかけてしまいました」
彼女は一度目を伏せる。
「元々私の研究好きもあって日頃から迷惑をかけています。それなのにもっと迷惑をかけてしまいました。体調がおかしくなり、回復させるためグレイザック様は素材収集のため7日間も留守にしたのです」
彼女は、膝の上で拳を握る。
「私はどう扱ってもらっても構いません。でもグレイザック様に迷惑をかけるのは許しません。私の敬愛する師匠です。グレイザック様に突っかかったりするのはお辞めくださいませ」
勇気を出してハッキリと言い放った。
「対抗意識を持つのはいいことです」
グレイザックはゆっくりと口を開いた。
「でも」
そこで一旦区切り、シャーリネーヴェを見つめる。
「あなたが仰った通り、こいつは規格外です」
グレイザックは自身の杖を取り出し、机に置いた。
何をするつもりなのか予想がついたライリルムントとサムエルは少し目を見開く。
「サムエル、遮蔽の結界を」
グレイザックはそう命じた。
何やら複雑な初めて見る魔法陣を展開し、リディオノーレ達の周りに薄っすら壁が出来た。
「今周りから見えない状態になっている」
グレイザックはそう説明し、杖の持ち手に巻いてある布を取り外した。
その杖を見て、シャーリネーヴェは驚愕を露わにし震える。
リディオノーレはあまり分かっていないようで、杖を見つめているだけだ。
「私は犀の魔石が5つある杖を使っています。その杖を使えるこいつがどれだけのものなのか、分かりますよね?」
グレイザックはシャーリネーヴェをまっすぐ見つめてそう言った。
彼女はこくこくと頷く。
驚きで声も出ないようだ。
「これ犀の魔石なんですね。しかも5つってすごいですね」
リディオノーレはじっくり見ている。
「何がすごいのかわかってるのか?」
「え?5つも埋め込めんだ調合がすごいですよね?教えてほしいです」
「…………」
リディオノーレの答えに力が抜けるグレイザック。
「俺の魔力量が多いという話だ」
グレイザックは苦々しそうに答える。
「ん?はい。知ってます」
「?本当に分かってるのか?」
グレイザックの方が首を傾げてしまいそうになる。
「あれだけ研究資料があり、何を聞いても答えてくれて、自分であれだけ素材を揃えてる時点で他の人よりすごいのは分かっているじゃないですか。まあ、感覚的な感じですけど」
「サムエル、説明を頼む」
グレイザックは苦笑いで、サムエルに命じる。
「リディ。大型動物の魔石を使う時点で魔力量が大きいのは分かっていますよね?」
「はい」
「では、領主さまの魔石は何か分かりますか?」
「……動物の種類までちゃんとまだ覚えてません」
リディオノーレはしゅんとする。
「領主さまは象の魔石になります。かなりの大型動物ですね。その次に大型なのが犀になります」
「はい」
「そして、領主さまは象の魔石1つのみ。グレイザック様は犀の魔石が5つです。どちらが魔力が多いのかは分かりますか?」
「……グレイザック様ですよね?」
「そうです。では、杖の話に移ります。杖を調合したリディならわかると思うのですが、自身の魔力量の方が多ければ杖はどうなりますか?」
「割れます。たくさん壊しました」
「そうですね。兎、犬、猫、狼、馬などの魔石でつくった杖は、全て崩壊しましたね」
「はい」
「それはリディの方が魔力が多かったからです。では逆を考えましょう。リディの手に余るようなとても大型の魔石の杖を使ったとしましょう。その場合どうなると思いますか?」
「……」
彼女は考え込む。
「魔力が吸われすぎちゃう……的な感じですか?」
「そうです。扱っている本人は倒れてしまいます。ということを踏まえた上で考えて下さい。あなたは誰の杖を使いましたか?」
「……グレイザック様の杖です」
「そうですね。ということは?」
「……グレイザック様と同等ほどの魔力があるということですか?」
「まだそこまでではないがな。枯渇したしな」
グレイザックはそう答え、布を巻き直す。
「というわけで、リディに突っかかるのはやめた方がいい。本当に規格外だから、比較するだけ無駄です」
グレイザックはシャーリネーヴェにそう言った。
グレイザックは布をきちんと巻き直すと杖をしまい、遮蔽の結界を解除する。
「申し訳ありませんでした」
シャーリネーヴェは涙目で頭を下げた。
「今回は大目に見ます。実際にリディがどれだけ優秀か目の当たりにしたと思いますので」
「はい…」
「あ、あと、私の杖に関しては他言無用でお願いしますね」
グレイザックはにっこりと微笑む。
「学院では一年だけ在学期間がかぶります。その時はリディを周囲からきちんと守ってください。強大な力は争いの種になる」
「かしこまりました」
シャーリネーヴェは頷いた。
「分かっていただけたようで何よりです」
グレイザックは微笑んで退席を促した。
領主家族が去り、ひと息つく。
「礼を言う」
グレイザックは目を合わすことなく、そう口を開いた。
「何のお礼ですか」
リディオノーレは彼の顔を覗きこもうとする。
「よく意見を言えたものだと感心してな」
領主相手に。
「……元凶にはきっちり意見を述べるべきだと思いましたので」
彼女は少し肩をすくめる。
「だが、不敬と取られることがあるので気をつけろ。俺がいるときだけにしろ」
「責任を取ってくれるからですね」
「ああ。お前の後見人は俺だからな」
グレイザックはしみじみそう言って、よくやった、と褒めてくれた。




