大規模な食事会
すっかり元気になったリディオノーレは嬉々として執務に励んでいた。
とても心配してくれた料理人たちが、元気になった日から毎日豪勢な食事を用意してくれる。
どうやら、熱の間食べてなかった分もいっぱい食べろ、とのことらしい。
「お前のだけ豪華すぎやしないか」
グレイザックは彼女の食事の品揃えを見て、文句を言った。
見るからに2つ3つ、おかずが多い。
「仕方ないですから、大好きな師匠にこれあげますよ」
リディオノーレは笑いながらおかずを渡す。
「いや、いらん。お前が食え」
「えー、でも文句言ったじゃないですか」
「文句じゃない。明らかに量が違うことを言ったまでだ」
「それ文句って言うんですよ」
リディオノーレは唇を尖らせながら、おかずを1つ差し出す。
「だから、いらん」
「私はお腹いっぱいなので、大丈夫です」
彼女は笑ってグレイザックにおかずを渡した。
なんだかんだでグレイザックも彼女を心配しているのだが、彼女もグレイザックが心配なのだ。
グレイザックが無事に帰ってきたのはいいが、明らかに痩せていた。
そして彼女は彼女で熱が引いておらず、グレイザックに心配をかけた。お互いがお互いを思い合ってるからこそのやり取りである。
サムエルは微笑ましく2人を見た。
だが、恋慕ではないのが、また面白い。
リディオノーレは、グレイザックに全幅の信頼を寄せている。引き取ってもらってからというもの、あれだけ甲斐甲斐しく世話をしてくれたら、そりゃあ依存もするだろう。
グレイザックはグレイザックで彼女を幼い子どものように思っているみたいである。
熱を測ったり、体調を確認するために肌に触れるし、頬もつねるし、本からかじりついて離れない彼女を抱き抱えて無理矢理引き剥がしたりもする。
見る者によっては、完全にそういう仲だと疑われるだろう。
だが、一切そんな雰囲気にならない2人が不思議なので、サムエルは微笑ましく2人を見ている。
あの神経質で女性嫌いのグレイザックを知っている学院の同級生たちが見れば驚愕するだろう。
あの2人を見て恋愛になっていないのが逆に驚きだ。
「この目薬すごいですね。チカチカが一切なくなりました」
リディオノーレは出来上がった書類を渡しながらそう話す。
「そうだろう。ものすごい疲れたんだ。説明も疲れるから省くがな」
書類を確認しながら、グレイザックはそう言った。
「当分魔力を使うのは禁止だから、大人しくしとけよ」
「えぇっ!そんなの聞いてないです!」
新しい書類を受け取りながら文句を言うリディオノーレ。
「今言ったからな。大人しく本でも読んでいればいいんだ」
「なるほど。それなら文句は取り下げます」
リディオノーレは嬉しそうに答え、仕事を再開する。
「お前が回復したら、公開授業の礼に食事会を開きたいと言われている」
グレイザックは顔を上げずにそう述べた。
「え」
リディオノーレは思わず嫌そうな顔をしてしまった。
「なんだ」
グレイザックに鋭く問われ、彼女は頬を膨らます。
「嫌です」
まさか彼女がハッキリそう言うと思ってなくて、サムエルは目を丸くした。
グレイザックも意地悪そうな顔を見せる。
「何故だ」
「……」
彼女は唇を引き結んだまま答えない。
「……引っ張ってやろうか」
答えない彼女にグレイザックは頬を引っ張る仕草をする。
「だって、グレイザック様が不機嫌になります」
まさかの答えにグレイザックは目を丸くし、笑った。
「くく。……そうだな」
「シャーリネーヴェ様のこと苦手でしょう?」
「……」
無言を肯定と受け取り、彼女は言葉を続ける。
「それとも、他に何か意図がある食事会ですか?」
その質問にグレイザックがにやりとした。
「お前、随分と俺のことが分かるようになったよな」
「そりゃ毎日一緒ですし。というよりですね、グレイザック様が嫌なことをする時なんて、何か裏があるときでしょう?」
その言葉にグレイザックはとても嫌そうな顔をする。
「あまり俺のことを分かりすぎても面白くないな」
「何ですか、それ。契約するときに俺の考えを察して行動しろとか言ってたじゃないですか」
「……確かに」
思い出したようにグレイザックは口は開いた。
「それで意図を教えてください」
「……教えてしまうと面白くないから言わんことにする」
グレイザックはそう言って仕事を再開した。
「えええ」
「食事会は3日後で返事しておく」
問答無用でグレイザックは日にちを決めた。
3日後の食事会。
なんと、列席者がたくさんすぎて広間には6人掛けの丸机が数個並んでいる。
「…………」
リディオノーレは目を瞬き、グレイザックを見やる。
「な、何ですか、これ。こんなに来るんですか?」
グレイザックは唇の端を上げる。
「席はこちらです」
サムエルが案内してくれて、リディオノーレを挟んで右にグレイザック、左にサムエルが座った。
「残りの3脚の椅子に代わる代わる客が来る。その応対をする」
グレイザックは優雅に水を飲みながら説明してくれた。
「き、聞いてません。てっきり領主さまのご家族との食事会だと思っていました」
「そうだろうな。言ってないしな。驚かせてやろうと思って」
「これは言うべき案件です」
リディオノーレは抗議するものの、緊張してきた。
領主家族は別の机に座っている。
時間になれば、領主が宴の開催の言葉を言って、始まった。
それはもうリディオノーレからしたら地獄だった。
まず、シャーリネーヴェの教師等、先生陣がやってきて質問攻めにするのだ。
それに対して、グレイザックは微笑んで流すだけで、受け応えの全てをリディオノーレに任せるのだ。
次から次へとあの公開授業のことについて聞かれる。
あり得ないくらいの質問で、水しか飲めず、食事ができない。
グレイザックは隣で優雅に食事をしているのだが。
一旦客が途切れたところで、リディオノーレは小声でグレイザックに文句を言う。
「私に全ての受け答えは無理です!」
「そうなのか?サムエル」
グレイザックはサムエルに尋ねる。
「いえ。今のところ、順調ですよ」
サムエルはにこりと笑う。
「〜〜っ」
リディオノーレは頬を膨らます。
グレイザックは軽く頭をはたくと口を開いた。
「なあ、リディ。俺と約束したこと覚えてないよな?」
「……?」
なんのことだろう、と首を傾げる。
「シャーリネーヴェの授業をする時にした約束だ」
「!!!」
完全に忘れていた。
リディオノーレは目を逸らす。
「やっぱりな」
「……っ。いつでも休み取ってください」
リディオノーレは進言する。
「休み取りたいのにお前は熱を出しただろうが」
「不可抗力ですぅ!それはグレイザック様も責任がある、みたいな言い方してました!」
反論する。
「ほお?」
ひぃー、怖い。と口から出そうになったので、慌てて手で押さえる。
「そ、それにグレイザック様もどこかに行ってたじゃないですかっ」
「お前のためにな。なんて優しい師匠なんだろうか。こんなちんちくりんの弟子のために奔走するなんて、師匠の鑑だろう」
その言葉にぷ、と誰かが吹き出した。
見ると、ムナグレークが目の前に座っていた。
「グレーク。今笑ったな」
グレイザックは睨みつける。
「公開授業をきっかけに仲が深まったようで何よりです」
「全然違うだろ!」
「どこがですか!」
グレイザックとリディオノーレが揃えて声を上げる。
「ぷ。いやだって、そんな軽口を叩けるやりとりができるなんてなかなかですよ?あのグレイザック様とですよ?」
ムナグレークは言う。
「私、グレイザック様の学院時代の話を聞きたいです」
リディオノーレは身を乗り出す。
「駄目だ。そんなことより約束の件の話が先だ」
そう言われ、渋々彼女は先を促す。
「この質問攻めを全て応対してくれるなら、7日の休みを3日にしてやろうと思ってるのだが、どうだ?」
「!!!」
なんと魅力的な発言だろうか。
「っ。すぐに頷きたい所ですが、本音はなんですか?」
食いつかず、真意を聞いてくるとは。
グレイザックは内心ほくそ笑んだ。
「やっぱりちょっと慎重になってきたな。面白くない」
グレイザックはつまらん、と呟く。
「何ですかそれー。本音を教えてくださいー!」
「いやまあ、それくらい考えられるようになったのはいいことだ」
グレイザックは頭に手を置く。
「まあ公開授業時に質問は後でまとめて受け付けると言ったから、今日そうしてるだけだ。それをまとめてお前が対応してくれたら感謝で7日の休みを3日にしてやろうと思ってるところだ。どうだ、優しいだろう?」
グレイザックは手を置いたままにやりと笑う。
「師匠との約束も忘れてる弟子になんて優しいんだろうな、俺は」
置いていた手で頭を鷲掴む。
「っ。なんて、優しい師匠なんでしょう」
リディオノーレは言ったが、あまりにも棒読みになってしまった。
「それはっ、ぷぷっ、下手くそすぎます」
ムナグレークがまた吹き出す。
リディオノーレは顔を真っ赤にして、唇を尖らせた。
「師匠が優しいの知ってます。そんなの今更言わなくてもいいじゃないですかっ」
彼女の言葉にグレイザックは虚をつかれた顔になった。
「知ってますよ。約束忘れてても全然怒ってないじゃないですか。ちゃんと優しいの知ってます。私の体調を心配して、完全に回復できたのを確認するまで休み取らないつもりだったのも何となく知ってます。しかも休み取ってもいいようにほぼほぼ仕事を終わらせてくれてるのも知ってます」
リディオノーレは唇を尖らせたまま、ぶっちゃけた。
まさかの発言にグレイザックは口元を手で押さえ、視線を逸らす。
表情は分からないが、首が少し赤くなっているのは分かった。
まさかの反応にムナグレークもサムエルも少し驚いた。
「グレイザック様、良かったですね」
ムナグレークは微笑みながら話しかけた。
「………わかってるようで何よりだ」
グレイザックは表情を取り繕って向き直り、彼女の額を指で弾いた。
「あいつが来るぞ。対応は任せる」
グレイザックは目線で示す。
その方向を見ると領主家族が向かってきている。
「では、私はこれで」
ムナグレークは颯爽と去っていった。
そして、領主家族が向かいの3つの椅子に座り、側近たちが後ろに控えた。




