グレイザックの帰還
グレイザックが去った後、サムエルとムナグレークは執務と来客対応に追われた。
あまりにも来客が多いので、辟易する。
リディオノーレが見せたあの簡略の転移の魔法陣は何なのか説明しろ、だとか。
魔法陣に少し詳しい者なら、あそこに何故あの記号や文字を足すのか、どういった思考でそれをしたのか、などとうるさい。
とりあえずリディオノーレと話がしたい、と何人もやってきた。
グレイザックにも詳細を聞きたい、と色んな人がやってくるので執務がまあまあ滞る。
サムエルが久々にブチ切れたのをムナグレークは見た。
訪れるときは事前に申請し、許可を得た者だけ許可証を持って訪れるように、と。
許可証を持ってない物が執務室やリディオノーレの部屋、サムエル、グレイザックの部屋の扉を触るとどこかに転移させられてしまう魔法陣をサムエルは施した。
おかげで大分静かになった。
グレイザックは3日、と言ったが、早7日経っていた。リディオノーレの熱は下がることなく、ずっと続いていた。
すると、外側の窓からするりと、白い狼が入ってきた。
サムエルは一瞬驚いたが、慌てて狼に寄る。
その狼は口を開いた。
「今日、帰ってくるそうよ」
澄んだ声だ。
その狼はそれだけ言うとひらりと窓から飛び降りて消えた。
「……びっくりしましたが、無事で安心しました」
サムエルは息を吐いた。
その晩の夜更けにグレイザックは外側の窓から自室に戻ってきた。
サムエルがグレイザックの机に突っ伏して眠っている。
グレイザックは彼に毛布をかけ直してやると、長椅子で寝ているリディオノーレに近づいた。
ちゃんと眼鏡をかけている。
額を触るとまだ熱い。
「…ん」
リディオノーレは身じろぎ、グレイザックの冷たい手を掴む。
その行動に彼は眉間に皺を寄せた。
「……グレイザック様?」
彼女はゆっくりと目を開けた。
「……お帰りなさいませ」
リディオノーレは彼の手を離さない。
熱の体に冷たい手は気持ち良い。
「ああ、今戻った」
彼は少しズレていた眼鏡を片手で直してやる。
「痩せましたか?」
彼女は彼の手に頬ずりしながら尋ねた。
「それはお前もだろう」
グレイザックは彼女の額を軽く弾く。
「ご飯は食べれていたか?」
「はい。料理長がお粥にしてくれたりしたので、何とか」
笑顔で答える。
「グレイザック様こそ、全然食べていないのでは?」
「俺のことはいい。自分の心配をしてろ」
彼はため息をつく。
「料理長に言って、ご飯お願いしてきますよ?」
彼女は体を起こそうとする。
「馬鹿か、お前は」
起きる為に頬ずりしていた手を離したので、グレイザックは両手で彼女の体を押し返す。
「まだ熱があるんだぞ」
「グレイザック様が帰ってきて、少し楽になった気がします」
彼女は少し笑った。
「何だそれは。そんなわけあるか」
グレイザックは訳が分からん、と呟く。
「グレイザック様の顔を見たら、安心感が……」
彼女の目が潤んできた。
「お、おい。泣くな」
彼は慌てる。
「だって、何も言わずに消えたから…」
ぐす、と鼻をすする。
彼はきまりが悪そうな顔をした。
「眼鏡じゃ心許ないから目薬になる素材の収集に行っていたんだ。なかなか収集できず、手こずって遅くなった。すまん」
「……すいません、私のために」
リディオノーレも謝る。
「いや、時間がかかりすぎたのは事実だ。悪かったな」
グレイザックは頭にぽん、と手を置く。
「まだ寝てろ。俺も寝たい。限界だ」
「手だけ握っててもいいですか」
リディオノーレは彼の手を握る。
グレイザックはそのまま彼女に睡眠の魔法をかけた。
夜通し駆けてきた彼も床に座ったまま、頭だけ長椅子に乗せてそのまま眠りに落ちた。
サムエルはムナグレークが勢いよく扉を開けた音で目を覚ました。
グレイザックの帰りを待っていたのだが、どうやら眠ってしまっていたようだ。
その音でリディオノーレが反応する。
サムエルはムナグレークを目だけで咎める。
彼は肩を少しすくめると、長椅子を見て目を瞬いた。
グレイザックが床に座り、椅子に頭を預けて寝ているのだ。
初めて見る光景だった。
しかもムナグレークが開け放った扉の音にも気付かず爆睡している。
あれほど人の気配に敏感なグレイザックが気付かないのだから余程疲れているのだろう。
リディオノーレは反対に身じろぎをして、ゆっくりと起き上がった。
握っていた手を離し、眼鏡の下から目をこする。
2人を見て、リディオノーレは相好を崩した。
「夜中に帰ってきましたよ」
すごく嬉しそうだ。
サムエルも思わず笑顔になり、彼女に近付いて額に手を当てる。
「大分下がりましたね。今日1日ゆっくりしていれば、夜にはすっかり下がりそうですね」
サムエルは微笑んだ。
その言葉にまた笑顔になるリディオノーレ。
「グレイザック様が帰ってきた途端、元気になった気がします」
「それは良かったです」
サムエルは頭を撫でてあげる。
「!!違う。グレイザック様をこんなところで寝かせてたら風邪ひいちゃいます!」
彼女は、は!として慌てて立ち上がる。
急に立ったものだから目眩でよろけ、ムナグレークに支えてもらう。
「私、部屋に戻りますね。グレイザック様をここで寝かせてあげてください」
リディオノーレは歩き出す。
「待て」
グレイザックは片目を開けて、そう制した。
「起こしてしまいましたか」
サムエルは申し訳ない顔をして、水を差し出す。
グレイザックは一気に飲み干して、長椅子に座り直す。変な所で寝たから体のあちこちが痛い。
「俺の目の届く範囲にいろ。ムナグレーク、すまんがこいつの寝台をこの部屋に運べるか」
グレイザックは椅子に思いきりもたれかかりながら言った。
「運べますが、置くところはどうするんですか?」
部屋の半分は本棚と調合器具。残り半分は机と長椅子。寝台を置くには無理がある。
「……事後承諾になるが、隣の部屋と繋げてくれ」
グレイザックは疲れた顔で提案する。
「良いのですか?」
サムエルは驚いている。
「リディの部屋を隣につくる。頼めるか」
グレイザックは疲れた顔でサムエルに言う。
「かしこまりました」
サムエルとムナグレークは動き出す。
「え、私は何したらいいんですか」
「馬鹿が。座れ」
グレイザックは彼女の腕を引っ張り、長椅子に座らせる。
そのまま彼は彼女の脈をはかり、額や首をさわって熱を確認する。
「寝ろ」
グレイザックは彼女の頭を自分の膝の上に乗せた。
驚きで目を瞬くが、恥ずかしいので背を向けたまま頭上の彼に話しかけてみた。
「寝ろ。まだ熱がある。そして、俺も寝る。まだ寝足りん。あとはあの2人がどうにかする」
グレイザックは投げやりにそう言うと、彼女に布団をかけてやり、自分は肘掛けに肘をついて目を閉じる。
「次に起きた時に何か食べたい。お前が先に起きたら、俺もついでに起こしてくれ」
それだけ言うとグレイザックは力を抜いた。
彼女の赤紫の髪をたまにもてあそびながら、眠りにつく。
頭を撫でられているような感覚にリディオノーレも気持ち良くなって、目を閉じた。




