公開授業 2
「すいません、少々お待ちください」
予備の杖を取り出すと闇の魔法陣をまた描きだす。
あれは、範囲拡大…?と誰かが呟いた。
そう、彼女が試しているのは、魔力量で範囲が決まる闇の魔法陣に範囲拡大の記号や文字を組み込もうとしているのだ。
「話しかけても大丈夫か?」
グレイザックは一言彼女に尋ねる。
「はい」
リディオノーレは魔法陣から目を離さず答える。
「何故それを組み込む?」
「闇に紛れて行動を起こしたいのに、魔力量で範囲が決まるなんて使い勝手悪すぎませんか?」
リディオノーレはあーでもない、こーでもないと試している。
「私のこれは範囲拡大ですが、そこまで広範囲ではないはず、です。ただ、倍くらいにまでは闇の範囲が広がればいいかな、と思っていますが」
魔法陣を構成してみたが、失敗した。
「……すいません、失敗続きで」
リディオノーレは謝り、また真剣な顔で魔法陣を描き始める。
「範囲拡大にも小、中、大がありますよね?範囲が大きければ大きいほど記号や文字も増えるので、今回は広範囲にはしません。が、先程のシャーリネーヴェ様の範囲では闇の魔法陣を発動させる意味がないと思うので、範囲を広げたい、と思っています」
真剣な顔で意見を言いながら、手を動かす。
その彼女の言葉にグレイザックはほくそ笑んだ。
あー、本当にこいつは規格外だ、と。
外野は呆然としている。
彼女が何を言っているのか理解しようとしたいが、思考が追いつかないのだろう。
シャーリネーヴェ自身も目を見開き、リディオノーレに注目している。
驚きを隠せていない。
だが、彼女の魔法陣は失敗して、杖がまた割れた。
リディオノーレは最後の一本を取り出し、諦めず、まだ続ける。
「さっきはこっちで駄目だったから、今度はこっちにして……」
ひとつひとつ消去法で試していく。
発想が柔軟で本当に昔の自分を見ているようだ。
グレイザックはとても意地悪い顔をしているが、ものすごい上機嫌であった。
消去法なので片っ端から試していくため、リディオノーレの杖はまた崩壊した。
「……っ」
リディオノーレは静かに涙をこぼす。
「す、すいません。手持ちの杖では出来ませんでした」
とても顔が悔しがっていた。
「グレイザック様の弟子として恥ずかしいです」
ぐす、と鼻をすする。
いやいや、充分規格外なことが分かった、と外野の誰もが思ったことだろう。
誰が魔法陣を改良しようと思うのか。
しかも学院にも行ってない小娘が。
外野は何も発言できない。
彼女が心底悔しがってるのが分かっているからだ。
でもシャーリネーヴェは納得がいかない。
魔法陣は教えてもらった通りに使うべきである。
「本当に、それでグレイザック様の弟子を名乗るなんて、勘違いも甚だしいわ」
シャーリネーヴェの方が悔しそうにそう発言した。
その発言にグレイザックは笑顔を見せた。
(あ)
サムエルは、グレイザックの雰囲気が変わったのを感じ取った。
ムナグレークも少し鳥肌が立つ。
ザファムートは頭を押さえた。
「だそうだ、リディオノーレ。まだやるか?」
リディオノーレの魔力に耐えられない杖なのだ。
崩壊しても仕方がないことは、これだけ見ていたら誰もが気付いたであろう。
でも、シャーリネーヴェはその知識を持っていなかった。
「やりたいです」
ぐ、と顔を上げ、涙を拭うリディオノーレ。
グレイザックは自分の杖を無言で渡した。
その行動に領主ライリルムントとザファムートが驚愕する。
グレイザックの杖は、持ち手部分が布で隠れているが、合計5つの魔石が埋め込まれている。
象の魔石を使いたかったのだが、それだとライリルムントとかぶり余計な争いの火種になるため、それより小さい犀の魔石にし、その代わりに数を埋め込むことで補っているのだ。
複数の魔石を埋め込むのも余計な争いとなるので、残りの4つをただ単純に布で隠している。
象の魔石1つと犀の魔石5つじゃ、後者の方が格段に魔力量が上だ。
因みに象の魔石を使っても、彼の魔力量じゃ最低でも2つ半は必要だろう。
その杖を使うなんて、常人には出来ない。
杖は、自分の魔力を杖に通すことにより魔法を安定して発動させることができる。
その時に魔石に魔力を吸われるため、自分の魔力量に合った魔石の杖で無ければ崩壊するし、逆だと魔力が枯渇する。
なのに5つも埋め込まれた杖を、グレイザックは当たり前のように差し出したのだ。
そりゃ驚愕するだろう。
グレイザックの杖の正体を知っている者は驚きを隠せないし、知らない者はあのグレイザックが他人に杖を預けている光景が信じられなかった。
「いいのですか?」
リディオノーレは静かに尋ねる。
「良い。やってみろ」
グレイザックは、ふ、と笑った。
彼女は杖を受けとると、魔法陣を描き出す。
1回目は失敗。2回目も失敗。3回目は発動したものの、範囲に納得がいかない。
4回目、少し範囲が広がった。でも、想像していた範囲ではない。
彼女が闇の魔法陣の発動に成功した3、4回目は、サムエルが光の魔法陣で部屋を明るく元に戻すなど補助をしてくれた。
「………っ!」
8回目、リディオノーレは広範囲の闇の魔法陣を成功させた。
範囲対象はなんと、部屋全体だった。
「サムエル、頼む」
真っ暗闇からグレイザックは命じ、サムエルが実行する。
用意周到なグレイザックは、予めこれも想定していたようで広範囲の光の魔法陣をサムエルに持たせていた。
灯りが戻り、シャーリネーヴェは凄く悔しそうな顔をして、真っ赤になっていた。
「き、規格外ですわ!おかしいです!」
シャーリネーヴェは声を荒げると立ち上がる。
「グレイザック様、今回はご指導ありがとうございました。恐らくもう頼むことはないかと存じます。申し訳ないのですが、お先に失礼します」
シャーリネーヴェはそれだけ言って、先に部屋を出た。
その彼女を追って、側近と教師とシャイリーネが出て行った。
筆頭執事とメイドは何も言わず、静かに辞した。
ライリルムントは驚愕を隠せていないし、ザファムートは目を瞬いている。
料理長と副料理長は驚いたのち、笑い出した。
それに釣られて、他の皆も笑い出す。
「これはこれは、本当に規格外ですね…っ」
ザファムートが苦笑した。
「え、私、何か駄目でしたか?」
皆が笑うのでリディオノーレは困惑している。
「いや…」
グレイザックは彼女の頭にぽん、と手を置く。
「よくやった」
その言葉にリディオノーレは頬を緩める。
「すごいじゃないか、リディ。今日は腕によりをかけて料理つくってやるよ。待ってろ。ほら、行くぞ」
料理長は副料理長を引っ張って、部屋を出ていった。
「お前、これを見せる為に公開授業にしたんだな」
親しい者だけになった所で、ライリルムントは息を吐いた。
「概ね予定通りだ。最後の闇の魔法陣は失敗だったがな」
そのグレイザックの言葉にリディオノーレは肩を少しすくめた。
「すいません。あんな広範囲にするつもりなかったんですが、あまりにも失敗続きだったのでやけくそになりました」
あは、と笑う。
その言葉にグレイザックは指で彼女の額を弾く。
「グレイザック様、彼女に一体、どこまで何を教えているんですか?正直ここまで出来ると思っていませんでした」
ザファムートが口を開いた。
「これに特に教えたことはないぞ。なあ?」
グレイザックはムナグレークに尋ねる。
「そうですね。本当に先程のように自分で色々試しますので」
同意する。
「グレイザック様の口や報告書からでは実力もそこまで正直想像つかなかったのですが、これは実際見てみると相当ですね」
ザファムートはリディオノーレの横にしゃがみ、目線を合わす。
なんだろう?と彼女は首を傾げる。
「リディ。私の所に嫁に来ませんか?」
ザファムートが驚きの発言をする。
その発言に周りがぎょっとし、彼女自身も目を高速で瞬かせる。
「おい」
グレイザックが冷たい声を発した。
「あなたは女性嫌いでしょう?この子の力はどこぞに渡ったときに悪用されてしまう可能性があります。くくりつけておくには婚姻が適切かと」
ザファムートはグレイザックの威圧に抗いながらそう発言した。
「ザファムート様、杖を貸してください」
リディオノーレはそう返す。
持っていたグレイザックの杖を本人に返すと、ザファムートの杖を受けとる。
そして、先程の闇の魔法陣を描きだす。範囲拡大もなく、普通のやつだ。
皆が彼女の行動をじっと見ている。
魔法陣が完成し、発動すると、部屋の半分だけが暗くなった。
「グレイザック様、すいません、光の魔法をお願いします」
リディオノーレの頼み通り、部屋の灯りを元に戻すグレイザック。
「グレイザック様、申し訳ないのですが、もう一度だけ杖を貸してもらってもいいですか?」
グレイザックは無言で渡す。
彼女の行動の意味が皆、まだ分かっていない。
彼女はまた普通の闇の魔法陣を描く。
そして、発動させた。
「どうですか、これ」
リディオノーレは暗闇の中、そう喋った。
グレイザックの杖で発動させた魔法陣は、部屋全体が暗くなった。
ということは、先程の広範囲の魔法陣はもしかしたら部屋以外も暗くなっていたかもしれない、と彼女は思った。
「………えらく遠回しだな」
グレイザックはくくく、と暗闇で笑った。
暗闇だから、グレイザックの笑い声がとても不気味に聞こえる。
サムエルが元に戻しますからね、と言って部屋に灯りを戻してくれた。
ザファムートは苦々しい顔でグレイザックを見つめている。
「私くらいを結婚相手に選んでおく方が無難だと思うのですけれどね」
ザファムートはため息をついて立ち上がった。
「グレイザック様についていくのですか?」
ザファムートは彼女に尋ねる。
「師匠として心から尊敬と敬愛しております」
彼女は真っ直ぐ見つめてそう答えた。
「わかりますよ、リディ。私も信奉していますから」
ムナグレークが空気を壊した。
その発言に彼女は笑う。
「とにもかくにも、師匠と居れば実験はし放題。私生活は管理してくれるので、何も考えず、実験に没頭できます。この環境をザファムート様は提供してくれるのですか?」
「……それくらいなら何とか出来そうですけどね」
「では、素材もたくさんありますか?」
「素材?ですか?」
「杖の調合は教えてもらい出来るようになりました。なので、自分で杖をつくっています。その素材を提供してくれますか?師匠は惜しげもなく提供してくれます」
「……素材は、収集に行けば、何とか手に入りますよ」
「なかなかの品揃えですよ?そして、ザファムート様は魔法陣を改良しようと思いますか?」
リディオノーレは次々と質問をする。
「改良まではしませんね。あなた達2人が規格外かと思います」
「では、私といるのは難しいかと思います」
リディオノーレはキッパリと言った。
「師匠は基本の事を教えてくれたのち、私はその基本に対して疑問に思うことが多々あるのです。今回でしたら転移の魔法陣です。何故頻繁に使うのにあんなに複雑なんですか?」
彼女は質問する。
「それは、そう教えてもらったのだから、そのまま使うものでしょう」
その言葉に彼女は首を横に振る。
「頻繁に使うのに複雑だから、紙に予め描いておきそれで発動させる。……なんて、馬鹿げてませんか?簡略化できたらその場ですぐに描けますよ。予め紙に描いておく手間も省けます」
そして続ける。
「わかりやすく、簡単に使えないと駄目ですよ」
「……君の言いたいことはよく分かったよ」
ザファムートは苦々しい顔になる。
「グレイ」
ライリルムントは真剣な声で名を呼ぶ。
「手綱を取れるのか」
「ええ。……俺なら何とか。それにあれに関しては、俺でしか教えられないでしょう?」
グレイザックはそう答えた。
あれ、では何のことか分からないリディオノーレ。
そのことは本人にもザファムートにも内緒にしているのだから、ここでは漏らせない。
「そう言えばそうだったな。失念していた」
ライリルムントは息を大きく吐いた。
「ザファムート。彼女の手綱はグレイザックしか取れん。お前では役不足だ」
ライリルムントにそう言われれば、大人しく引き下がるしかない。
何となく空気が緩んだので、リディオノーレは怒られるのを覚悟で口を開いた。
「あの、ひとついいですか?」
なんだ?、と目で続きを促すグレイザック。
「ものすごい眠いです」
リディオノーレの目が閉じかける。
「!」
グレイザックは机に突っ伏す彼女の顔の間に慌てて手をすべりこませた。
顔面強打は防げたようで安堵する。
「…魔力の使いすぎだな」
「それではお暇しましょうか、グレイザック様」
サムエルが彼女を抱き抱える。
「ああ」
グレイザックも部屋を出て行った。




