説教?
前日に完全にやらかしているのを知っているので、リディオノーレは恐る恐るグレイザックの執務室を訪れた。
「失礼しまぁす」
扉を開けるとグレイザックが爽やかな微笑みを向けて、座っていた。
「ひっ」
リディオノーレは思わず閉めてしまった。
閉めてからやらかした、と思い、自室に戻って覚悟を決めてからもう一度来ようと踵を返そうとした。
ちょっとあの笑顔は怖い。
怖すぎる。
くる、と背を向けた瞬間、扉が開いて、グレイザックに首根っこを掴まれて、部屋に引きずりこまれた。
「ぎゃーーーー!!!!」
この時のリディオノーレの叫び声は本館まで響き渡っていたらしい。
「どれ、話をしようか」
机を挟まず、椅子に座って向かい合うグレイザックとリディオノーレ。
サムエルは我関せずという雰囲気でグレイザックの机で仕事を1人でしている。
「さて、言い訳を聞こうか」
微笑んでいるグレイザックが怖い。
「シャーリネーヴェ様の件ですよね…」
必然的に言葉尻が小さくなってしまう。
「仕事が忙しいと偽って、当面は無理だと断ったところは褒めよう。だが、しかし」
微笑むのをやめて、睨みつけてくる。
もう視線だけで人を殺しそうな目つきだ。
「す、すいません。余りにも容赦のないお言葉だったので……」
「そりゃそうだろう。勉強をみてやるつもりなんて微塵もないからな」
人を殺しそうな目をしたままリディオノーレをじっと見つめてくる。
「理由を聞いてもいいですか?」
リディオノーレは頑張って見つめ返す。
本当は逃げ出したいのだが。
彼女は膝を揃えて座っているが、グレイザックは彼女の外側に足を広げて、逃げられないように防いでいる。
「まず、俺に利点がない」
そう言えば、リディオノーレを引き取るときもそんなことを言っていた気がする。
利点を重視する所は本当に仕事人間というか何というか、人の心はどこかに置いてきたのか、と思ってしまった。
「何故、俺の時間を割いて見てやらねばならん?」
「だから、私と一緒に授業するというわけですね。……ということは、シャーリネーヴェ様の勉強を見るつもりはなく、私に授業するだけで、そのお隣にシャーリネーヴェ様を座らせておくだけ的な感じですか?」
リディオノーレは目を瞬いて尋ねる。
「流石、弟子だな」
グレイザックはにやりと笑った。
「俺の教え方で、俺の速度で進める。質問は基本お前からしか受け付けない」
「……それ、勉強みてあげるんじゃなくて、参加させてやる的な感じですね……」
「当たり前だろう。俺はお前の後見人で、あいつの後見人でも保護者でも教師でもない」
本当に当たり前のように言うので、リディオノーレは苦笑いになる。
「あいつはあいつで教師がついてるはずだ。なのにわざわざ俺に教えを請う意味が分からん」
「……」
これは言ってもいいのだろうか?
自分の推測で述べるのもどうかと思い、グレイザックの背後で仕事をしているサムエルに視線をうつす。
サムエルと視線が合い、彼は微笑んで軽く首を振った。
どうやら言うべきことではないらしい。
リディオノーレはグレイザックに視線を戻し、当たり障りのない答えを言うことにした。
「やっぱり優秀なグレイザック様の授業を受けてみたかったんじゃないですか?」
「そんなに賢くもないのに?」
グレイザックは毒を吐く。
「…っ。私はシャーリネーヴェ様の実力を知らないので何とも言えません…」
助けて…と、サムエルを見るが、サムエルは無視して仕事している。
「普通よりは賢いかもしれんが、俺の授業速度にはついてこれないだろう。俺は自分で研究して工夫して何でも使いやすいようにしている」
そして、そのまま続ける。
「特に魔法陣なんかが最たる例だ。1週間後にあるあいつとの授業のために午後から少しだけ教えてやろう」
リディオノーレは目をキラキラと輝かす。
「シャーリネーヴェ様は杖をもう持っていらっしゃるんですか?」
「ああ」
いいなぁ……と、リディオノーレは呟く。
「あいつはそろそろ持っておかないと予習できないからな。お前はまだ魔力が伸びる。もう少しあとの方が良い。杖を持ちたいのはよく分かるがな」
グレイザックは息を吐く。
「そんなことより、だ。お前は少し、自分が人より勉強ができることを知った方がいい」
「……それは、無理があります。グレイザック様」
サムエルは苦笑しながら言う。
「学院にも通っていませんし、ここでの基準はグレイザック様ですし、同年代もいませんから、リディからすると比較対象がいないのです」
サムエルにそう言われ、グレイザックは目を瞬いた。
「……確かに」
そういうところは抜けてますね、とサムエルは苦笑する。
「じゃあ逆にお前がどこまで出来るか見せつけてやろうか」
グレイザックがにやりと笑った。
「公開授業とするか。あいつの教師と保護者も交えた上での参観形式で」
「ええっ。そんなの公開処刑じゃないですか」
リディオノーレは頭を抱える。
「杖もないのにどうすればいいんですか」
「サムエル。グリュエールの樹の枝はあるとして、魔獣となった狼の魔石は残っていたか?」
グレイザックは振り返って尋ねた。
「1つくらいなら残っているかもしれませんが、確認してみないと分からないですね」
「なければ、1つ2つ小さい動物のものでも構わん。出来れば、兎以上の大きさがいいな」
グレイザックは顎に手をやり考えながら述べる。
「一体何をするんですか?」
リディオノーレは恐る恐る尋ねる。
「杖の素材だ。とりあえず即席でつくってやろう」
「!!!」
リディオノーレは目を見開いて驚く。そして嬉しさの余り、グレイザックの手を握った。
「本当ですか!?」
「……即席だぞ。お前の魔力の方が多ければ、すぐ壊れるだろうが、2つ3つくらいなら魔法陣も描けるだろう」
「でしたら、在庫の魔石分で何本か杖をつくっておきましょうか?」
サムエルが提案する。
「そうだな、そうしよう。調合は見学させてやろう」
グレイザックは手を離し、頭の上にぽん、と手を置く。
「すごい嬉しいです!7日間グレイザック様が休むと言って絶望してましたが、頑張ろうと思いました!」
その言葉にグレイザックは本題から逸れたことを思い出し、上に乗せていた手で頭を鷲掴みにした。
「いっ」
力がこもっている。痛い。
「7日の休みじゃ足らないくらいだがな。お前の杖の調合に公開授業、そして不必要な生徒付き。俺がわざわざ時間を割いてやるのに7日の休みじゃ割に合わん」
「う」
そう言われれば、確かにそうかもしれない。
「でもそれ以上休まれると本当に死んでしまいます」
半泣きのリディオノーレ。
掴まれている頭も痛い。
「だろうな。だから譲歩してやっただろう」
にやりと笑う。
「……譲歩してくれる優しいグレイザック様が大好きです」
リディオノーレはそう答え、ちらりと彼を見る。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「女性嫌いなのですか?」
聞くときは今しかないと腹をくくって尋ねた。
「……もっとこの手に力を込めてもいいということか?」
グレイザックがまた人を殺しそうな目になる。
「だ、だって、私にはそんなことないじゃないですか!正直皆さんが嘘をついていると思っています」
リディオノーレはまっすぐ見つめ返した。
「……リディはあんなことやそんなことをしないだろう?見てれば分かる」
グレイザックは苦々しそうな顔で答え、頭から手を離す。
「何ですか、それ」
リディオノーレは首を傾げる。
「聞かなくて良い」
「……わかりました。話せるときにまた教えてください」
「話すつもりはない」
きっぱりと言われて、リディオノーレは悲しい顔をする。
会話を聞いていたサムエルが立ち上がった。
「いつか話してくれるときが来ますので、それまで聞かないであげてください。とりあえずは、リディのことを信用しているということをわかってもらえたら大丈夫です」
サムエルは微笑みながら2人の元に来て、しゃがむ。
「わかりました。でも女性嫌いな所を見たことがないので、対応するのが難しいかもしれません」
「でも、グレイザック様の表情や雰囲気を読むのはできるでしょう?」
サムエルは見つめながら話してくる。
元々長身なこともあり、しゃがんでもそこまで目線が変わらない。
「それは、まあ、出来ると思います。サムエル様ほどではないかもしれませんが」
「それで充分ですよ。グレイザック様の表情を読み取れて、味方になってくれる人が増えただけで、私はとても嬉しいです」
サムエルはにこりと微笑んだ。
少し体に力が入ってたようで、サムエルの笑顔で肩の力が抜けるのがわかった。
「わかりました。グレイザック様、この度はご迷惑をかけますが見捨てないでくださいね」
リディオノーレはまっすぐ見つめてそう言った。
「俺を失望させることがなければ大丈夫だ」
グレイザックは唇の端を上げ、彼女の頭をはたくと立ち上がる。
「説教のつもりだったが、説教じゃなくなって良かったな」
「嬉しい限りです!やはり師匠は優しいですね!」
「調子に乗るな!」
グレイザックは拳骨で彼女のこめかみをぐりぐりした。
「いぃたい、痛いですっ」
「調子に乗るからだ。仕事するぞ。ご飯を食べたのち、調合だ」




