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一億円のある部屋  作者: たかしま りえ
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1. アキコの決断(2)

デイトレードと中期投資、長期投資の組み合わせでリスクを回避すること。売買の仕組みが分かってからは、空売りとの組み合わせで儲けを確保すること。チャートの見方、銘柄の選び方などなど、アキコは食いつくように婦人からのレクチャーを受けた。


 三カ月後には、金庫からのお金の一部を運用して百万円増やすことに成功をした。

 午後三時過ぎ、いつものようにお茶会をしていると婦人から、

「そろそろ、あの部屋出る?」

「えっ、どうしてですか?まだ教わりたいこと沢山あるのに」

「あなたはもう、一人でも大丈夫よ」

「だったら、あと残りの三カ月間だけ今まで通りにお世話にならせてください。その後、別の一億円のない部屋に移らせていただけないでしょうか?そして月に一度程度は、大家さんのご指導を仰ぎたいと思います」

「わかりました。いいでしょう。あなたは投資に向いているから、きっと上手くいきます」

「どうして私は投資に向いていると思うのですか?」

「まず、第一慎重であること。真面目であること。何より堅実であること」

「それが向いている理由ですか」

「だって、株で一儲けしようとは考えていないでしょう」

「はい、教えていただいた通り、デイトレードでは一日一万円の利益を目指しています」

「今は一日平均二万円の利益をだしているものね」

「油断は禁物です。今は日経平均が高めに推移している稀な時期ですから、これがいつまで続くかわかりません」

「それでも、中期投資でも倍近くの利益を確定させたじゃない」

「あれもラッキーだっただけです」

「本当に浮かれない人ね。だから向いていると言っているのよ。ほとんどの人が株で儲けてもそれを使ってしまうか、気が大きくなり過ぎて賭けに出て負けてしまうか、お金が残る人はほんの一握りですからね」

「私の場合、大きいお金にはあまり興味がなくて、生活費が稼げればそれで充分ですから」

「あなた俗に言うバブル世代ではなくて?」

「そうです。夫はブランド品が大好きで。子供ができても、家を建てても、自分のお給料が減ってもブランド品を買うことにばかり気持ちがいっていて。それが思うように買えないからとイラついて私や子供に当たり散らす。それを観てきたので私はブランド品に対して嫌悪感しかなくなってしまいました」

「私と同じかもしれないわね。夫はお金と豪華な品が大好きで、どんな手段をしてでもそれらを得ていた。本当に見苦しいくらいに」


 アキコがこのマンションに越してきて五カ月が過ぎようとしていた。大家の部屋を訪問し、色々な話をすることが楽しみの一つになっていた。

 その日は大家と夕食を共にすることになっていたので、夕方近くの商店街に買い物に出た。大家はあまり料理が得意ではないと言うので料理好きのアキコが腕を振る舞うことが多かった。食材を買いマンションの玄関を入ると二十三歳になるアキコの娘が立っていた。

「あら、どうしたの?」

「ママったら、どうしたの、じゃないわよ」

「ちゃんとあなたには伝えたでしょう」

「そうだけど」

「今日仕事はお休み?」

「そうよ。有給とって大阪から帰ってきたのよ。夏休みも取らずに働いていたから遅い夏休みってとこ」

「パパは元気?」

「元気ないよ。ママの心配をしていたわよ」

「そうかしら。まあ、上がって」

「何か美味しいもの作ってくれるの?」

「ああ、これね。あなたのためではないわよ」

「えっ、もう男の人と住んでいるの?」

「違うわよ。まあ、一緒に来なさい」

 アキコと娘は大家の部屋にそのまま向かった。

「娘が突然来てしまいまして」

「あら、私は大歓迎よ。でも、親子水入らずになりたいのであれば、私は遠慮しますわ」

「いいえ、ここでご一緒に三人で食事をしていただけませんか?二人きりだと上手く話せる自信がなくて」

「だったらそうして」

 アキコが料理を作っている間、大家とアキコの娘は何やら楽しそうに話し込んでいた。

 料理を運ぶのを娘も手伝い、三人での晩餐が始まった。

「こんなにしっかりしている娘さんがいらっしゃるなら、安心ね」

「いえいえ、まだまだ我儘な子どもで」

「私は家では我儘だけれど外ではいい子ですからね」

「自分で言うかしらね」

「今はお仕事で大阪なのね。少しは慣れた?」

「はい、何とかやっています」

「やっと家を出られて楽しんでいるのよね」

「おかげさまで」

「確か弟さんは大学生で九州に住んでいるのよね」

「今年から私が家を出てしまい、父と母は二人きりになるので、心配はしていました」 

「そうなの?」

「だって、私がいたから二人は何とか会話もあったけれど、ママはパパを嫌っていたから」

「嫌いとかではないのだけれど、これからの人生を考えた時、一緒にはいられないって思ったのよ」

「弟が大学を卒業するまでの仕送りの手続きまで済ませて、私にも内緒で家を出るなんて、本当にびっくりしました」

「あの時はすぐに行動起さないともう二度と動けなくなってしまうように感じられて、ただただ焦っていたのかもしれないわね」

「で、ここでの暮らしは幸せなのね?」

「とっても」

「ならいいわ。パパも仕事がまだ忙しいようで、ママのことちゃんと考えられていないみたいなの。食事は外食ばかりのようだけれど、掃除や洗濯は何とかやっているみたい」

「離婚の手続きはしていないのかしら」

「パパも来月あたりから子会社に出向になって、お給料は減るけど時間ができるから、その時にするとか何とか言っていたわ」 

「子会社に行くの?」

「そう、エリート街道から外れるのよ。そんなタイミングも重なって、別人のようにしぼんでいるわよ」

「そう」

「前みたいに偉そうでなくなったし、人をバカにすることもしないし、私のこともお前は立派だなんて言うし。笑っちゃうけど」

「あら、どうしたのかしら」

「荒療治が利いたようね」

 大家の言葉にアキコはハッとする。

「荒療治ですか?」

「そう。数か月離れて暮らしたことで、見えなくなっていたことが見えてきたのかも」

「一度二人でゆっくり話し合ったらどうかしら」


 娘が帰り一人で部屋にいると色々なことが頭を駆け巡る。夫は学生時代のサークルの憧れの先輩だった。新婚当時はよく一緒に買い物に行き、料理を手伝ってくれたこと。下の子が生まれた時は、毎朝上の子を幼稚園へ連れて行ってくれたこと。結婚してから一度もお金の心配も女性の陰すら疑ったことがなかったこと。それまでは、夫の嫌な部分しか頭の中に残っていなかったはずなのに、今は良い思い出が溢れ出してくる。四人で暮らしていたあの家に、今は一人きりでいるのだと思うと、何だか可哀そうになってくる。そんな感情がまだあったことに、アキコ自身が戸惑っていた。


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