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ICO SAGA 狼の章  作者: 古賀みなも
第1章 ライゾ
9/34

9 火のルーン 【ルーン文字の画像有】

「なんだそれは?」


「ケンという文字で、火を起こすのですよ」


「さっぱりわからん」


「まずは焚き火の準備です」


 何をするつもりなのかは依然としてわからなかったが、反論する理由も思い付かなかった。周囲を歩き回って焚き木を集める。火は付きにくいが、一度燃え始めれば長い間形を残す太い枝を数本。燃えやすい葉や、細く乾いている枝は焚きつけに。


 焚き木の準備ができると、テュールはその側に腰を下ろし、リュックを降ろすようにと促してきた。彼は眉根を寄せたまま少女の隣に座り、その手元を覗き込んだ。

 テュールがリュックから取り出した物は、布の小袋と革の筆入れであった。小袋の中からは小さな木切れ、筆入れの中からは黒い羽ペンと、暗褐色の液体が入った小瓶を出し、膝の上に乗せた。


「すぐに消えてしまうので着火剤として使います」


 テュールは羽ペンにインクを付け、木切れに見たことのない模様を描いた。ゆっくりと染み込む。じわりと滲むように赤みを帯びた瞬間。そこから(あふ)れ出るように炎が上がった。彼は驚いて少し身を引いたが、テュールは落ち着き払って焚き木の上に木片を置いた。

 すぐに焚き付けに火が付く。葉は弾けるような音を立て、薄暗い煙を上げた。木片と焚き付けが燃え尽きる頃には、太い枝にもしっかりと火が移っていた。着火のやり方こそは異なるが、一度燃え始めてみれば何の変哲も無い炎であった。目線で説明を促す。


「今書いたのはルーン文字という、失われた古い魔法の文字です。すごく強い力があって、使いこなせる人はほとんどいないとか」


「そうか?使いこなしているように見えたがな。こんな魔法が使えるなら、先祖返りとやらではないのではないか?」


 テュールは彼の言葉を聞いて一瞬黙り込み、言葉を探した。


「いえ……このくらいなら、誰でも出来るんです。魔力がなくても。幼子でも。この文字で火が燃える、という明確なイメージがあれば」


「俺はまだ、何故その模様から火が出るのか、信じられん」


「ええ、初めてルーンを見たなら、そうでしょうね。ですので、同じ模様をあなたが書いても、そこから火が上がる事はないと思います。でもこのルーンの真の意味を知っている人が、目的に合ったインクを使って同じことをすれば、焚き木の着火どころではなく紅蓮の竜巻を起こせるそうです」


 彼は首を傾げた。


「火を起こす、以外にも意味があるのか?」


「そう言われています。失われてしまった知識のようで、ルーン文字の使い手は今はほとんどいないみたいです」


「炎の竜巻よりも、お前が作り出した火の方が何倍も有効だと思う」


 炎は静かにちらちらと揺れており、文字から作り出されたようには見えなかった。


「俺には知らないことがまだまだ沢山あるようだ」


 小さく呟いて、腰袋から木串と岩塩を取り出した。先程釣り上げた魚を拾い上げ、串を打って岩塩を振る。焚き木の側にそれを刺すと、テュールの向かいに腰を落ち着けた。


「では、お前の話を聞かせてもらおう」






参考 ケンのルーン

挿絵(By みてみん)

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