9 火のルーン 【ルーン文字の画像有】
「なんだそれは?」
「ケンという文字で、火を起こすのですよ」
「さっぱりわからん」
「まずは焚き火の準備です」
何をするつもりなのかは依然としてわからなかったが、反論する理由も思い付かなかった。周囲を歩き回って焚き木を集める。火は付きにくいが、一度燃え始めれば長い間形を残す太い枝を数本。燃えやすい葉や、細く乾いている枝は焚きつけに。
焚き木の準備ができると、テュールはその側に腰を下ろし、リュックを降ろすようにと促してきた。彼は眉根を寄せたまま少女の隣に座り、その手元を覗き込んだ。
テュールがリュックから取り出した物は、布の小袋と革の筆入れであった。小袋の中からは小さな木切れ、筆入れの中からは黒い羽ペンと、暗褐色の液体が入った小瓶を出し、膝の上に乗せた。
「すぐに消えてしまうので着火剤として使います」
テュールは羽ペンにインクを付け、木切れに見たことのない模様を描いた。ゆっくりと染み込む。じわりと滲むように赤みを帯びた瞬間。そこから溢れ出るように炎が上がった。彼は驚いて少し身を引いたが、テュールは落ち着き払って焚き木の上に木片を置いた。
すぐに焚き付けに火が付く。葉は弾けるような音を立て、薄暗い煙を上げた。木片と焚き付けが燃え尽きる頃には、太い枝にもしっかりと火が移っていた。着火のやり方こそは異なるが、一度燃え始めてみれば何の変哲も無い炎であった。目線で説明を促す。
「今書いたのはルーン文字という、失われた古い魔法の文字です。すごく強い力があって、使いこなせる人はほとんどいないとか」
「そうか?使いこなしているように見えたがな。こんな魔法が使えるなら、先祖返りとやらではないのではないか?」
テュールは彼の言葉を聞いて一瞬黙り込み、言葉を探した。
「いえ……このくらいなら、誰でも出来るんです。魔力がなくても。幼子でも。この文字で火が燃える、という明確なイメージがあれば」
「俺はまだ、何故その模様から火が出るのか、信じられん」
「ええ、初めてルーンを見たなら、そうでしょうね。ですので、同じ模様をあなたが書いても、そこから火が上がる事はないと思います。でもこのルーンの真の意味を知っている人が、目的に合ったインクを使って同じことをすれば、焚き木の着火どころではなく紅蓮の竜巻を起こせるそうです」
彼は首を傾げた。
「火を起こす、以外にも意味があるのか?」
「そう言われています。失われてしまった知識のようで、ルーン文字の使い手は今はほとんどいないみたいです」
「炎の竜巻よりも、お前が作り出した火の方が何倍も有効だと思う」
炎は静かにちらちらと揺れており、文字から作り出されたようには見えなかった。
「俺には知らないことがまだまだ沢山あるようだ」
小さく呟いて、腰袋から木串と岩塩を取り出した。先程釣り上げた魚を拾い上げ、串を打って岩塩を振る。焚き木の側にそれを刺すと、テュールの向かいに腰を落ち着けた。
「では、お前の話を聞かせてもらおう」
参考 ケンのルーン




