8 釣り
川は昼下がりの陽光をきらきらと跳ね返しながら流れ、川辺には小さな花々が咲いている。ひんやりとした空気は清涼で心地よく、テュールは歓声を上げた。
「ジャンはいつもこのくらいの時間に食事を摂っていたように思うが、お前もそうか?」
「はい、そうですね。私の食料を、あなたにお分けすればいいんですよね?どのくらい食べますか?」
「いや、俺は夜が更けた頃に食事をしている。今は普段なら眠っている時間だからな。特に空腹ではない。お前が食べる分だけ何匹か魚を釣ってやるから、それを食べながら、何故エルフ達に会いに来たのか詳しく話せ」
言いながら腰袋を探り、釣具を取り出す。
「わぁ、ありがとうございます。釣りたての魚なんて食べた事がないので、楽しみです」
「人間の村では朝と昼は軽く済ませ、夕刻の食事に手を掛けるものだと聞いたが」
「はい、そうですね。夕食は手をかけて料理したものを食べています。遠くの村ではまた違う習慣だそうですが」
「夕食とやらを期待している」
彼は至って真面目に言ったつもりであったが、テュールは可笑しそうに笑った。
「わかりました。持っているのはあまり立派な食材ではありませんが、出来る限り美味しいものを作りますね。ベーコンとジャーキー、両方お出ししますので」
ラフテ、ですものね。と、出発時に彼が呟いた言葉を付け加えて少女は微笑んだ。
「何かお手伝いできることはありますか?」
「いや、不要だ。足を踏み外して落ちないように、後ろで見ていろ」
言いながら辺りを見回し、しなりが良さそうな枝を探す。木の精に一言断ってから折り取り、アラクネの糸を結んで竿にする。
この糸はジャンが営んでいる商店で扱っているものらしく、目を凝らさないと見えないほど細いのに強靭で、獲物がどんなに暴れても切れることはない。
糸の先には小魚の形を模した疑似餌を付ける。木を削り出してベリーと草の汁で着色したそれには、骨で作った針が二つ付いている。
落差があり、落ち込んだ流れで白泡が立っている箇所を狙い、鋭く竿を振る。思った通りの場所に落ちた疑似餌を操れば、すぐに手応えがあった。魚の動きに合わせながら糸を手繰り寄せる。ある程度近づいてきたところで、一気に糸を引っ張り上げる。宙に身を躍らせた魚は川べりの岩に体を打ち付け、やがて動かなくなった。
「わぁ!すごい!すごいです!こんなに簡単に釣れるなんて!」
「子供の頃からやっている。出来て当たり前だ」
手放しで無邪気に賞賛され、誇らしいようなむず痒いような、なんともいえない感情に戸惑い、ぶっきらぼうに言った。
「少し小さいな。足りるか?」
「はい、十分です!」
「そうか。では、火を取ってこよう」
「取ってくる?火を?どういうことでしょうか?」
「そのままの意味だ」
互いに顔を見合わせる。
「向こう岸にウィル・オ・ザ・ウィスプが漂っている沼地がある。俺は魚や肉を焼きたい時、そいつらの火を木切れに移して使っている」
テュールは口をぱくぱくさせながらしばらく絶句した後、こう言った。
「そ、そんな、ウィル・オ・ザ・ウィスプを、食事の為に使うなんて……。ええと、私はケンのルーンを使っています。この場ですぐにできますので、今回はウィル・オ・ザ・ウィスプの火ではなく、こちらを使いませんか?」