7 シーヴァ
黙ったまま足を進めていると、微かにせせらぎの音が響いてきた。その音に近付くにつれて霧は薄れ、木々の間から落ちる木漏れ日が目立ち始める。重く湿っていた空気はいつの間か暖かく乾き、静まり返っていた森の中には、また鳥達の囀りが響き始めた。
景色が変わるにつれてテュールも少しずつ落ち着いてきたらしく、青ざめていた顔にもだんだんと赤みが戻ってきた。視線に気付いたのか、こちらを見上げてきたテュールは、彼と目が合うとほっとした様子で表情を緩めた。
「もう少し歩けば川に出る」
「はい……先程は、ありがとうございました。あんな生き物は初めて見ましたが……目も耳も鼻もないのに、私達がどこにいるのかわかっている様子で追いすがってくるのが不気味で、恐ろしくて……」
「あれはsiveだ」
「シーヴァ?」
「古い言葉で〝泥〟という意味だそうだ」
「私達を……生き物を食べるのですか?」
「生き物を好んでいるようには見える。鼠や兎、鹿を溶かし込んでいる姿は見かけるが、茸や果実の上を通っても取り込もうとはしていない」
「溶かして食べてしまうのですね」
「うむ……いや。大きいものを溶かし込んだ後でも大きさは変わらないし、糞をするわけでもない。それは、食べたというのだろうか。溶かされたものは、どこにいったのだろう」
「い、言われてみれば不思議ですが……。そんなに長いこと観察をしているのですか?危険ではないのでしょうか」
「気を付けてさえいれば危険はない。あいつらはじめじめした暗いところにいる。一度陽の光の元へ誘き出してみた事があるが、表面が固まって動けなくなっていた。空気が乾いているところでもそうなった。必要に迫られない限りは霧の中にいるのだと思う。」
「石を食べさせてもいいのですね」
「うむ。勢いをつけて投げつけたものは嫌でも取り込んでしまうし、一度体の中に入ったものを吐き出すことはできないようだ。体をいっぱいにしてやればそれを溶かしきるまで碌に動けん。木でもよいが、あそこに落ちている枝は腐っているものが多いからな。柔らかいものはすぐに溶かしてしまう」
「恐ろしい生物ですね……魔物に類するものでしょうか」
「わからん。とにかくあいつが現れた所からここまでは距離があった。あれの歩みは早い。走って逃げても良かったが、一度でもお前が転べば追い付かれてしまっただろう。時間はかかるが石を食わせた方がいいと判断した」
「……」
シーヴァに捕らえられた姿を想像したのか、テュールはぶるりと体を震わせた。
「まぁ、そう怯える必要はない。共にいる限り、俺はお前を守ってやる。何かあればすぐに呼べ」
「えっ、あっ、そ、は、はい……」
一瞬にして顔を上気させたテュールはどもりながらあたふたと視線を彷徨わせる。
「わかったか?」
「は、はい……」
消え入りそうな声ではあったがテュールの返答に満足し、彼はまたすたすたと歩き始めた。
話しているうちに随分距離を稼いだようだ。テュールは頬を両手で軽く叩きながら彼の横を歩いている。その行為を疑問に思いつつ、目の前の茂みを掻き分ける。すると途端に視界が開け、清らかな流れが姿を現した。




