6 春の昼食
メニュー
ネトル入りのポリッジ
春のサラダ(ボリジ、チャービル、スイートバイオレット ソレル、ベリー)
キノコのチーズオムレツ チャイブ乗せ
牛乳orコストマリーで風味づけした紅茶
何から食べようかと、ライゾは視線を彷徨わせた。
三つの皿の中で一番美味そうに見えるのはオムレツである。それ故に、最初に味わってしまうのは勿体無いような気がした。
(ポリッジとやらから食ってみるか)
あまり美味そうな見た目ではないな、と思いながら、ライゾは器を引き寄せた。匙にたっぷりと粥を掬い、息を吹きかけて熱気を宥めてから口に運ぶ。
(うぅむ)
見た通りのとろとろとした食感はライゾにとってはあまり好ましいものではなかった。鋭い棘を持つネトルがくたくたと柔らかくなっている点は興味深かったが、味も特に印象に残らない。薄い塩味の中に微かにネトルが青く香る、くせのないものである。
(む、そういえばチーズを入れろと言っていたな)
器の中に置かれた黄色い塊を拾い上げ、しげしげと見つめた。鮮度が良いとは思えない香りが鼻をつく。子狼が食おうとしていたら止めるだろうな、などと考えながら、削り器を手に取り、そっとチーズを当て、擦り付けた。
初雪のような儚い薄さに削れたチーズははらはらとポリッジの上に落ちていき、匂いはますます強くなった。軽く一混ぜし、あまり期待せずにまた口へ運び、目を見開いた。
(うまい!)
とろりと溶けたチーズは、こくのある風味と塩気をポリッジに与えていた。ライゾは匙を置いてチーズと削り器を再度手に取ると、今度はたっぷり削り入れた。あまり混ぜずに匙に掬う。
(うむ、うむ)
既に溶けているチーズはまろやかで、口の中で溶けていくチーズは香り高い。どちらも魅力的であった。
忙しく匙を動かし、あっという間に器を空にしたライゾは、期待で胸を高鳴らせながら、オムレツが乗った平皿を引き寄せた。
どっさりと緑の葉が乗せられているが、ちらりと見える黄色は鮮やかで、色の調和が美しい。
目線を上げると、テュールもオムレツを食べているのが見えた。右手に持った小刀で小さく切り分け、左手に持った、先が細かく分かれた串のようなものの上に器用に乗せ、口へ運んでいる。
食べ方を真似するべきか迷ったが、使い勝手がわからない。とりあえず匙でオムレツに触れてみる。あまり力は入れなかったが、ぷつりと匙が沈み込み、ふわりと湯気が上がった。柔らかさに驚きながら、そのまま大きく掬い上げる。とろりとした断面を見て火の通りが心配になったものの、なんとも言えない匂いに誘われ、ぱくりと口に入れた。
(!!)
反射的に目を閉じて天を仰いだ。
(卵とはこんなにもうまいものであったのか)
今まで口にしてこなかった事を悔やみ、人生を顧みる程の美味であった。
まったりと濃厚な味わいは他に例えることが出来ず、なんとももどかしい。とろりとした卵の中には同じくとろけたチーズがたっぷりと入っており、ざく切りにされたきのこは歯応えと独特の旨味でその存在を示していた。
次は上に乗っていた葉も一緒に食べてみる。
(なんだこれは)
感動で拳を握りしめた。
イタリアンパセリというらしい切り込みが入った菱形の葉は柔らかく、爽やかな香りとごく微かな苦味はまったりとしたオムレツを引き立てていた。チャイブという、もとは細長いであろう葉は、細かく刻まれていたが、そのしゃきしゃきとした食感とつんとした香りが食欲を誘った。
今まで草なぞに関心を持ったことはなかったが、森に生えている草にも、このようなうまいものがあったのかもしれない。ライゾはがっくりと項垂れかけたが、オムレツから立ち昇る湯気がなくなりかけている事に気付き、急いで匙を握り直した。これ程うまい料理を冷ましてしまっては、材料と、料理を作ってくれた者に対して失礼である。
瞬く間にオムレツの皿も空にしたライゾは、最後にサラダとやらが入った椀を引き寄せた。葉とベリーを混ぜただけに見えるが、これも料理と言えるのだろうか。
訝しく思いながら匙を口に運び、ライゾはまたも驚いた。
香りの良い油と塩で和えられているようだが、そのどちらも少量で、素材の味が際立っていた。
瑞々しい葉の程良い苦味、ベリーの甘酸っぱさ、胡桃の香ばしさ。それぞれが絶妙に調和している。散らされている青い花は、ほんのりとした蜜の甘さの後に青臭さがふわりと漂うもので、味はそこまで印象に残るものではなかったが、目を楽しませてくれた
細かく刻まれた酸味の強い葉が食欲を誘い匙を進めせ、元々控えめな量であったサラダをほんの数口で食べ尽くすと、ライゾはようやく落ち着いて一つ息を吐いた。
視線を感じて顔を上げると、向かいに座っているテュールと目が合った。いつの間に席に着いたのか、端にはジャンとジュールも座っている。ライゾは3人とも口元を緩めている事に疑問を感じた。
「何を見ている。皿にはまだ料理が残っているぞ」
ライゾの言葉に対し、テュールはくすりと、ジャンは呵々と笑った。ジュールも顔を伏せ、肩を震わせている。
「いえ、あの、やっぱり、美味しいご飯を食べている時の顔が可愛らしいなと」
テュールの返答を聞いたライゾはむむ、と口を引き締めたが、取り繕った体裁はすぐにジャンに笑い飛ばされた。
「お前、飯食ってるだけでよくそんな色んな顔ができるもんだ!難しい顔したり、へらへらした顔したり、呆然としたりよぉ。見てるだけで忙しかったよ」
そんなに笑っちゃあ失礼だよ、うちの食事を気に入ってくれて嬉しいじゃないか、と、父の肩を叩くジュールも、まだ目元と口元に笑いの余韻を残している。
「お前と付き合って十何年になるけどよ、今までに見たことがねぇお前の表情をこの数分で色々見れたよ」
「ふん。そこまで可笑しい事ではないだろう」
努めて冷静に言いながらも、若干の照れ臭さを振り払うように、ライゾはまだ手を付けていなかったカップを引き寄せた。
(バケツに一杯も届いていたが、人間がそんなに取ってしまって、子は大丈夫なのだろうか)
そう思いながらゆっくりとカップを傾ける。白く冷たい牛乳が口に流れ込むと、ライゾはまたも驚きに身を震わせる事となった。ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干すと、力強くカップを置いた。
「うまい」
「言わねぇでもわかるよ。期待を裏切らねぇな、ほれ、口の周りを拭けよ、子供みたいだぜ」
けらけらと笑うジャンに言われ、手元に置いてあった手巾でごしごしと口を拭う。
「この水差しに入っている分は飲んでもいいのか」
「おーおー、好きなだけ飲んでいいぜ」
「うむ」
ずっしりと持ち重りのする水差しにはまだたっぷりと牛乳が入っている。なみなみとカップに注ぎ、今度は落ち着いて味わってみる。もったりと甘く濃厚なのに、喉越しは軽く、後味はすっきりとしている。注いでは飲み、飲んでは注ぎを繰り返し、あっという間に空にしてしまった。
ふう、と息を吐いて口元を拭い、椅子に背を預ける。ライゾが食べる姿を話の肴にしている様子のジャン達をじろりと睨み、そっぽを向いて目を閉じた。
「すまんすまん、いい食いっぷりだったからよ」
「ふん」
「大層な昼食じゃねぇけどうまそうに食ってくれてこっちとしても嬉しいよ、夕食はもっとうまいもん出してやるから機嫌直せよな」
もっとうまいもの、と聞き、ともすれば緩みかける口元に力を入れた。
(確か夜にはバロメッツの肉を出すと言っていたな)
ただ塩焼きにした肉が出るわけではないだろう。腹はすっかり満たされていたが、そう思うとどうしても涎が出るのを抑えられなかった。




