13 エレウーマン
門の内側では川の両側にエルダーの木が立ち並んでおり、その爽やかな香りが甘く香っていた。その小さく白い花はどれも満開に咲き誇り、風に散った花びらが雪のように舞っている。フローライトの原石がそこら中に点在し、沈みかけた太陽の光を浴びて緑から青、そして紫の輝きを放っていた。幾度もこの地を訪れている彼にとっても、それは幻想的な景色であった。
しかしその美しさを楽しむ間も無く、きゃあきゃあと楽しげに囃し立てる女性達の言葉が耳に入ってくる。
「見てた、見てたわよぉ」
「大きな声が聞こえたから何かなぁって覗いてみたら」
「狼の坊やが女の子を抱っこしてるなんて」
「どこから拾ってきたのぉ?」
「私も抱っこして欲しいわぁ」
「やだぁ、私だって」
その声はどれも心を蕩けさせるような甘さを含んでいたが、彼は一言、うるさいぞ、と短く言い捨て、遅れて入ってきたまま立ち竦んでいたテュールの手を引いた。
「まぁぁ、うるさいですって」
「ちびちゃんだった頃はもっとかわいかったのに」
「ほんとほんと、遊んであげるとすぐに寝ちゃってねぇ」
「膝の上に乗る大きさだったのに」
「ねぇ、まだあの子の手を握ってる」
「あの子、あんなに顔を真っ赤にして、可愛いわぁ」
素っ気ない彼の言葉に気を悪くするでもなく、ひたすらに楽しそうにからかってくる彼女達こそが、フローライトの里に住むエルフである。エルダーの木の妖精である彼女達は、エレウーマンと呼ばれている。
彼女達はそれぞれ自分の木の枝に座り、足をぶらぶらさせながらこちらを見下ろし、好き勝手に口を動かしていた。ネトルの茎から織った白い布をトーガのように纏い、その上から金色のケープやマントを羽織っている。ほとんどの者が竪琴を膝に乗せており、気まぐれに指を動かしていた。そこから紡ぎ出される音は不思議と調和しあい、妙なる調べとなって静かに響いていた。
「用があって来た。奥へ行く」
「そんなのわかってるわよぉ」
「用事がない時に来てくれた事なんて一度もないじゃない」
「長に会いに来たのぉ?」
「どんなご用かしら?」
「きっと教えてくれるつもりなんてないわよねぇ」
「着いて行って一緒に聞きましょ」
彼女達はくすくす笑いながら、風に踊る花びらのような軽さで木から飛び降り、あっという間に彼とテュールを取り囲んだ。小柄ながらも柔らかく曲線的な体つきをしており、誘うように飛び跳ねながら着いてくる。
すたすたと歩く彼が相手をするつもりがないことは彼女達もわかっているようで、今度はテュールにちょっかいを出し始めた。
腰の辺りまで長く伸びた金の髪を花と一緒に編み込んだり、仄かに光るフローライトの髪飾りをつけたりと髪型こそ様々であったが、彼女達の顔立ちは皆よく似ていた。口を閉ざしていれば話しかけることすら躊躇われるような美貌であったが、今はにこにこと気安い笑みを浮かべ、緑色の瞳を輝かせながら口々に質問しては、答えを待たずに話を進め、勝手に盛り上がっては笑いこけている。
テュールは口を開くタイミングも掴めないままに、ただただ圧倒されている。エルフ達の矢継ぎ早の問いかけに首を動かして答えるのに精一杯な様子で、彼に手を引かれている事は意識の範疇から外れているようであった。
奥に進むにつれ、男達の姿もちらほらと見え始めた。エレウーマン達は皆若く美しいが、男達は皆老人の姿をしている。彼らもまたネトルの茎から織り上げた布を纏い、その葉で薄緑色に染めた帽子を被っている。女達のように纏わりついてくる者はおらず、ゆったりと寛ぎながら手を動かし、楽しみながら仕事をしていた。その瞳は面白がるような光を湛え、暖かいほほ笑みは歓迎の意を存分に伝えてくるものであった。
やがて大きな泉に辿り着いた。ひときわ大きなエルダーの木が一本生えており、花びらを水面に落としている。吸い込まれるような薄藍色をしたこの泉は今まで辿ってきた川の源流であり、ほとりに立つエルダーの木の化身こそがフローライトの里の長であった。




