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中編

 

 少女は、独りで泣いていた。この夜中に、住宅地から離れたこの公園で。

 きっと、親の目を盗んで、家を抜け出して来たのだろう。

 耕太郎は、不審者に間違われないように、細心の注意を払って少女に近づく。その行動が既に不審者じみている件は、頭の隅に追いやって。


「ばか、コタのばか……」


 少女が呟くのは、確かに耕太郎の幼少期のあだ名だ。

 偶然かも知れない。だが、耕太郎は話しかけずにはいられなかった。もとよりこんな時間に年端もいかない少女を放って置くわけにはいかない。


「ねえ、君のお名前は?」

「……おじさん、だぁれ?」


 大きな瞳を真ん丸くして、不思議そうに耕太郎を見上げる少女の顔が、一瞬にして笑顔に変わる。


「あっ、もしかして、コタ──のパパ?」


 耕太郎は愕然とするが、確かに子どもから見たら高校生はおじさんなのか、と自分を慰めた。

 言うまでもなく耕太郎はコタ本人なのだが、この状況は耕太郎にも理解出来ていない以上、この少女に説いて聞かせることも叶わない。

 仕方なく耕太郎は、少女の設定に乗った。


「あー、うん、そんな感じ」

「あたった! やっぱりそーだ。サキすごーい」


 少女は、サキと名乗った。耕太郎の中に違和感が生じる。が、この状況自体が違和感そのものであるのを思い出した。


 ──果たしてこれは、何なのか。展望台に登り、沙希が消え、サキが現れた──


 考えた結果は、わからない、だった。さらに耕太郎は付け加える。この状況が分かる方がどうかしているのだ、と。

 それでも耕太郎の視線は、状況把握のヒントを求めてさまよい続ける。

 そこに、サキと名乗った少女が問いかけた。


「なんで? なんでコタは来れなくなったの?」


 何故と問われても、状況の分からない耕太郎には答えようもない。出来ることは、少女の目線の高さに合わせることくらい。

 耕太郎はしゃがみ込み、サキに正対する。


「サキちゃんは、コタとどんな約束をしてたのかな」

「一緒にね、流れ星見ようって」

「はくちょう座流星群、かい?」

「うん、はくちょうさん」


 そこを起点に、耕太郎は記憶を遡る。そしてそれは、耕太郎が「誰か」との約束を守れなかった、あの夜に繋がった。


 ──ここは、俺が喘息で入院した夜の展望台だ。確かにあの夜、俺は、沙希……サキと約束をして、いた?


 予備校で、初めて沙希を見た時、目が離せなかった。

 初対面なのに、知っている感覚。ただの既視感だと思っていた。

 しかし、耕太郎の思い出の奥底に、サキはいた。


 運命など耕太郎は信じてはいない。あるのは原因と結果だけ。だが、こればかりは運命と呼べる気がした。


 子どもの頃のサキを見る。同時に、サキの記憶が耕太郎の中に蘇る。

 瘦せぎすで、活発で、スカートを履いた姿なんて見たことは無い。

 しかし、今目の前にいるサキは、真っ赤なスカートを履いている。

 それが何を意味するのかは解らない。が、堪らなく嬉しいという感情だけが、耕太郎を満たす。

 自然と耕太郎の手はサキへと伸び、その頭を撫でていた。


「そうか、一人で待ってて、怖かったね」


 ──我ながら酷い奴だ。入院するならすると、伝えてやれなかったのかよ。


 大発作が起きた為の緊急入院だったことは、耕太郎の脳裏からすっかり忘れられていた。


「うん。こわくて、ここから動けなくなっちゃったの」

「そうか。でももう大丈夫だよ」

「でも、コタ、いないもん」


 項垂れたサキは、目にいっぱいの涙を溜めていた。

 寂しかったろう。不安だったろう。それが、子どもの頃の自分が原因なのだと、耕太郎は責任を感じていた。


「コタはね、今病院にいるんだ。お咳がたくさん出ちゃってね」


 頭を撫でつつ、耕太郎は簡単な説明をする。サキは驚いて、涙を溜めた目を丸くして耕太郎を見上げた。


「コタ、病気なの?」

「うん。ぜんそくっていう病気」


 サキは顎先に人差し指を当てて、くりんと小首を傾げている。そのサキの姿が耕太郎の記憶をさらに揺さぶる。


「……コタ、元気になる?」

「もちろん。きっと中学生になる頃には、元気過ぎるくらいに元気になるよ」

「──うそつき」


 子どものサキの、子どもらしからぬキツい視線。


「──どうして、嘘だと思うのかな?」


 しかし、事実として耕太郎の喘息は第二次性徴を境に発症しなくなっていた。


「だって、そんな先のことがわかるわけないもん」


 少女の目は、涙で潤みながらも強く見開かれていた。それは、未知の事に対して抗う気持ちなのか。それとも、もっと別の何かなのか。耕太郎に解る術はない。


「やっぱりコタは、サキのせいで病気がひどくなったんだ……一緒にお星さまを見ようなんて、言ったから」


 ──違う。俺はサキに喘息だということを隠していた。それを言ったら、きっとサキは一緒に遊んでくれなくなるから──

 耕太郎の記憶が、また一ページめくられる。


「どうして、それがサキちゃんのせいになるんだい」

「だって、かくれてコタが咳してたの、サキ知ってたのに……」


 ──そうか、見られていたのか。


「でもね、一緒に流れ星にお願いしたかったの。コタと、ずーっと一緒にいられますように、って」


 耕太郎の記憶には無い、幼き沙希の苦悩。

 そして耕太郎は思い出す。

 この入院の後、耕太郎たちは医師の勧めで空気が澄んでいる隣町へと引っ越した。

 つまり、少女だったサキにとっても、少年だった耕太郎にとっても、果たせなかった約束なのだ。

 沙希が冬の星空がこわいのは、子どもの頃からだと言っていた。

 つまり、幼いころのはくちょう座流星群の夜が、サキのトラウマの原因になっている。勿論それは耕太郎の推測だ。

 だが、いま現に幼い頃のサキを見た耕太郎は、自分の推論が正しいことを悟った。


「コタは……幸せだね」

「どうして? コタ、病気だよ。病気なのに幸せなの?」


 子どもならではの価値観だが、あながち間違いではない。が、喘息だった幼少期も、耕太郎は特に不幸だと思ったことは無かった。


「そうだね、サキちゃんの言う通りだ。病気は幸せじゃない。でもね、コタは、サキちゃんに幸せをもらってるから、幸せなんだよ」

「……おじさん、マンガのお話みたい」


 自らの吐いた台詞が恥ずかしいのか、ジト目で放たれたサキの指摘が恥ずかしいのか、耕太郎は耳まで真っ赤に染まった。


「でも……」


 次第にサキの姿が薄くなり、同時に耕太郎の意識も薄れてゆく。

 サキが透けて、現在の沙希と重なる。

 意識が途切れる間際、サキ……沙希の笑顔が耕太郎に囁いた。


「コタが幸せだったら、いいな」




遅くなりました……

最終話となる後編も、近々。

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