第十節 白い狐
マオの釈放を求めてロンドミア大聖堂を訪れていたミツキは、げっそりとした顔で大聖堂の門を出た。
マオにかけられた容疑は殺人ではなく、正確には殺人未遂だった。けれど、それは治癒術で回復した被害者が冤罪だと証明してくれたのだが。
――マオの馬鹿……。
思い出すだけで頭が痛くなる。
ミツキがマオの身柄引き取りを申し出たところで出てきたのは、例の狸――聖騎士団団長アレクシス・ジルギッドだった。
金髪碧眼の典型的王子様顔で、その美貌でほほ笑めば、どんな老女も二十代まで若返る、ともはや都市伝説のように囁かれている。けれど、彼はそれを一切鼻にかけず、部下に混じって泥臭い鍛錬を未だに続けていて、男女関係なく信頼を勝ち取っていた。
聖騎士の中の聖騎士と呼ばれる色男。
けれど、ミツキはこの男が嫌いだった。優秀な聖騎士団団長だとは思う。手腕は大陸随一と名高いし、物腰も柔らかい。だけど、柔和な笑みを浮かべる腹の中は黒かった。その一面を知っているからこそ、アレクシスが歴代最年少で聖騎士団団長になれたのも頷ける。
その上、アレクシスはミツキの兄弟子にあたる。面と向かって礼節を強要されたことはないが、そうせざるを得ない圧力をひしひしと感じて、いつの間にか苦手意識を抱いていた。
できるだけ顔を合わせたくない相手に会うのも嫌なのに、アレクシスときたら都市伝説級の微笑をミツキに向けながら釈放は無理だと言った。
確かに殺人未遂の容疑は晴れた。だが、紺碧門周辺を混乱に陥れた咎がある、と。
聞けば、どうもマオが聖騎士につっかかったのをきっかけに、殺人事件の影響で混雑する紺碧門の前を逃亡するついでに引っ掻きまわしたとか。
言葉も出なかった。その混乱で死人こそでなかったが、そうなっては閉鎖していた紺碧門を開ける他ない。溢れる人間を門外へ逃してようやく収拾をつけたところで、マオが裏路地で瀕死の住人を抱えていたのが発見された。
公務執行妨害に、混乱の扇動。これがマオの罪状だった。何もしなければ最低でも懲役三年は堅い。
どうしようもなく癪だけど、ミツキが頭を下げる他なかった。勇者だから、魔王を倒したから、とイリシア聖教会の人間は基本的にミツキに甘い。大抵のことは頭ひとつ下げるだけで通るのだが、アレクシスだけは違った。
「では、真犯人の身柄と交換でどうでしょうか」
アレクシスはほほ笑みを絶やさず言い放つ。勇者だからできるでしょう、とその笑顔の裏に挑発的な含みを持たせて。
ほとんどの人間が毒気を抜かれるその顔を思い出すだけで、ミツキの頭に血が沸騰しそうになる。
――意地でも……。意地でも見つけてきてやる。
いいように踊らされているのはわかっていても、あの男に、勇者なのにできないんですか、と言われるのだけは我慢ならなかった。
ぎりぎりと歯を軋ませながら早足に家に帰り着くと、居間の人数が増えていた。鎧を纏わなくても大きな体でわかる。コンラッドだ。
コンラッドは、ちらりとライナスに目をやってからミツキに呆れたような視線を寄こした。
「事情は聞いた」
「そう」
言いたいことがあるのはわかる。が、今はまともに答える気力はない。
「おかえりなさい。とてもお疲れのようですけど、大丈夫ですか?」
「ありがとう、ライナス。これくらい大丈夫だよ」
ミツキが椅子に座るのと同時に、ライナスが気の利いた言葉と一緒に茶を出す。
こういう弟子がほしかったんだよ、わかるかコンラッド。視線に含みを持たせてコンラッドを見やれば、彼は肩を竦めてみせた。
「ミツキさん。それで、どうでしたか?」
ライナスと一緒に留守番をしていたベティが早速口を開いた。
「ああ、うん、その前に……。ライナス、悪いんだけど、マオの部屋を掃除してもらっていい?」
「ええ、わかりました」
悩んだが結局、ミツキはライナスとマオを同室にすることに決めた。マオがいない今なら掃除もしやすい。それに、ライナスに聞かせるべきではないことも、ベティたちとの話に上がるかもしれなかった。
ライナスが掃除道具を持って二階へ上がっていくのを見送ってから、ミツキは再び口を開く。
「大聖堂に行ったらわざわざアレクシスが出てきたよ。マオと真犯人を交換だって」
「まあ、あの狸野郎。ミツキさんに面倒事押し付けるなんて」
「ベティ、頼むからミツキの真似をしないでくれ。うっかり娘の前で出たらどうするんだ」
「大丈夫です。出ません。それより話の腰を折らないでいただけますか?」
語尾は上げつつも、内情は命令で。コンラッドは即座に紺青の狼耳を伏せて口を閉ざした。
「黙ったところ悪いけど、コンラッド、何か手掛かりになるものはない?」
「ああ……、そうだな、俺のところに上がってきた情報だと、未遂の方の現場に、短剣が落ちてたって聞いたな」
「凶器?」
「たぶん」
殺しを邪魔されたせいか、慌てて逃げた犯人が落としていった、とマオの調書に書かれていた。
「それと、これはまだ内密なんだが、短剣の柄頭にマールベインの貴族の紋章が入ってたらしい」
「どこの貴族か心当たりはありますか?」
「悪いが、俺は他国の貴族のことまでは知らん。団長ならわかるんだろうが」
「でも、アレクシスは私に何も言わなかったよ」
「嫌がらせですかね?」
「あの狸ならやりかねないなぁ、ホント嫌い」
苦虫を噛み潰したような顔になりながら、ミツキは湯気を立てる茶を口に含んだ。温かい液体が喉の奥へ落ちて、じわりと体を温める。
「他には?」
「白銅門の殺しと手口が似ている、くらいか」
「同一犯かもしれないってことですか?」
「模倣犯かどうかまだ推測の域を出てねぇがな。白銅門の殺人は、被害者の目を潰してから喉を掻っ切っていた。マオが目撃したのも、短剣で目を切られて潰されている」
被害者と争った形跡はなく、一方的に殺されたらしいことは、遺体を調べた医師から報告があった。それ以上はこれと言って手掛かりになるようなものは見つかっていない。
「……クラウディオを、頼るしかないかな」
「ダメです!」
コンラッドの話を聞き終ったミツキがぽつりと漏らすと、すぐにベティが反応する。
「死霊術はダメです。危険すぎます」
死霊術。死者の魂を口寄せする魔法。死したのち、口寄せされればその分転生を遅らせてしまうとして、イリシア聖教会はこれを禁忌とした。
敬虔なイリシア教徒であるベティにとってそれだけでも耐え難いのに、死霊術は施される人間にも死の危険が及ぶ。
「心配してくれてありがとうね、ベティ。でもね、言ってなかったけど、実は昨日の夜、ロンちゃんから手紙が来たの」
「なんだと」
「ロランさんから……」
昨夜のことを告げると、ふたりはさまざまに反応を見せながら、やっとか、と続けた。
「でも、マオがこのままじゃ出発できない。だからクラウディオに助けてもらえたら、解決も早くなると思うんだ」
「ですけど……」
効率を考えれば、被害者に犯人を教えてもらうのが一番早い。ぐずぐずしていられないことは、ベティもわかっているんだろう。それでもやはり眉間に皺が寄っていた。
「じゃあさ、ベティ。シェリルには悪いけど、私が帰ってくるまで待っててくれない? 何かあったらすぐにベティを頼れるから」
「シェリルにはうちのものが付いていますから、大丈夫ですよ」
まだ渋い顔のままだけど、それならばとベティは頷いた。
「コンちゃんは大聖堂に戻って手掛かりを集めてもらえる? どうせ私がコンちゃんを頼ることくらいアレクシスはわかってるだろうし」
「了解だ。任せとけ」
言いながら、ベティとコンラッドの顔を順に見ると、こんな風にふたりと話し合ったのはいつぶりだろう、とミツキの胸に懐かしさが滲んだ。
「こういうの、なんだか久しぶりだね」
口に出すといっそう感慨深い。魔王を倒す前は、毎日こうして魔族とどう戦うか作戦を練っていたようにも思う。
「なに思い出に浸ってんだ。ほら、動け。時間はあんまりねぇぞ」
「ちょっとくらいイイじゃん」
「思い出になるにはそんなに歳食ってねえっての」
「まだ三年前ですからね」
三人で旅をした。ときどき風来坊のロランを加えて四人旅になることはあっても、基本的にはこの三人だ。たった三年だと言うけれど、その日々がひどく遠いような気がして、ミツキの胸がきゅっと切なくなる。
「おまえには、次の旅があるだろ」
「……うん」
「まずはクラウディオさんのところですね。いってらっしゃい」
切なさを口に出さないまま、ミツキはベティたちに見送られて家を出た。
白銅区の繁華街は殺人事件のあおりでいつもに比べてずいぶんと静かだった。露草亭も向かいの雑貨店も例に漏れず本日休業の札を掲げている。
表の扉の硝子から中を覗いても、店の中にはハンスの影もない。用心のために鍵のかかった扉を数度叩いて、ようやく奥からハンスの厳つい姿が現れた。
「今日は休業だ。エールはないぞ」
「うん、わかってる」
言いながら、ミツキは自分の目を指差した。
「今日はこれがほしい」
「……入れ」
促されてミツキはハンスについて厨房へ入った。目的はそのさらに奥、ハンスの住居になっている二階へと上がっていく。居間の扉を開けると、食卓に老人がひとり座っていた。
「ミツキかぁ。久しぶりだね」
老人はミツキの顔を見ると、整えられた白い口ひげを撫でた。
頭の獣耳をピンと尖らせ、ふさふさとした白い尻尾の先をミツキに向けている白狐の獣人。尻尾と同じ色の短い髪に黒縁の眼鏡をかけた、どこにでもいるような初老の男のように見える。
老人は自身をクラウディオと名乗っていたが、それが本名なのかミツキは知らない。
「ドラ婆の好はまだ利く?」
「さあ、どうだろうねぇ。モノ次第かな」
柔らかな笑みを顔に載せながら、クラウディオはミツキを手招きして食卓に座らせる。ハンスは茶を出したあとにすぐに一階へと下りていった。
「殺人事件のことはもう知ってるよね」
「ああ、知ってるとも。だけどね、ミツキ。きみには殺人なんかよりも花が似合うよ。特に濡羽色の髪には、赤くて可愛らしい花が。……そろそろ国境あたりのコファの花畑が見ごろなんだけど、一緒に行かないかい?」
夢を見るような悠々としたクラウディオの声。無駄に美声なのがまたそれを引き立てて、相手は老人と言えど、何も知らない女ならそれだけでコロッといってしまっただろう。
ただし、ミツキはクラウディオの扱いをよく心得ている。
「それはまた今度お誘いしてもらえるとうれしいな」
「はははっ、そうだねぇ。きみもドラも、そう言って一度も付き合ってくれたことはないけど」
言葉は残念そうだが、表情は変えずにクラウディオは続ける。
「それで、どの殺人だい?」
「昨日の白銅門」
「ああ、それならまだ間に合うね。……でも」
「でも?」
「きみ、昨日の夜、久しぶりに大魔法使ったでしょ」
「あ、そんなにわかりやすかった?」
時空を超える黒鳩の魔法はその膨大な魔力で大気を揺らすが、普通の人間にはわからない。ミツキは細心の注意を払って使ったつもりだったが、やっぱりこの老人には見抜かれていたらしい。
「ちょっと空気が乱れてたからね。まあ、わかるのは僕くらいのものだけど」
事もなげに言って、クラウディオはからかうように笑う。
「ああ、でも、あの狸くんはどうか知らないよ?」
「不安になること言わないでよ」
アレクシスが知っていたらなんて、考えたくもない。さっき会った時に問い詰められなかったからと言って、バレていないとは限らない。そう思うと後が空恐ろしかった。
「見たところ、ほとんど魔力は戻ってるけど……、まあ、うん、ドラの好で僕が足りない魔力を貸してあげようか」
死霊術は術者もそうだが、死者を憑依させられる人間も体を完全に乗っ取られないよう自己防衛で魔力を消耗する。双方ともに十分な魔力がなければ、成功はしない。
「ありがと。お願いします」
「感謝されるのも悪くないんだけど、ミツキが僕のお誘いに乗ってくれたらもっと嬉しいのに」
「ごめんね。ドラ婆が、クラウディオの誘いに乗るとそれこそ魔力どころか魂まで持って行かれるって言ってたから」
「ドラってば。僕はそんな悪い白狐じゃないんだけど」
「ドラ婆なりのヤキモチだったんじゃない?」
「そうかなぁ。そうだったら、いいんだけど」
静かに笑いながらクラウディオは食卓に置いた陶器のコップの底に視線を落として、しばらく目を伏せた。
思い出されるのは、やっぱりエールを飲みながら豪快に笑うドラ婆の横顔だ。当時、酒の飲めなかったミツキには何が面白いのかまったくわからなかったが、今ならわかる。仕事の後、喉を流れていく微炭酸の快感。あるいは、他人が一生懸命働いている時に飲むエールの背徳の味を。
「いてもいなくても、誰彼かまわず感情を引っ掻きまわしていくんだから、本当にドラは怖い女性だ」
しんみりしはじめた雰囲気を払うようにクラウディオはかぶりを振った。
「今頃どこをほっつき歩いているのやら」
「……さあ、どこだろうね」
どこへ行けばもう一度会えるんだろう。
会えるものなら、もう一度会いたい。
弱弱しい心の声を、ミツキは唇を噛んで言葉にしなかった。
「そろそろ始めようか」
その言葉を合図に、ミツキは椅子ごと彼の傍へ寄った。正面に座れば、すぐに彼の手がミツキの目を覆い隠す。
「力を抜いて。ただし兎が見えたら戻ってきなさい」
「……はい」
クラウディオの骨張った大きな手は温かい。ミツキは頭の中を空っぽにして、その温かさに身を委ねた。
腹の底がじわりと熱くなる。そこで燃料が燃えているような感覚になると同時に、出来上がった熱量はどんどん奪われていった。
「……っ、んっ」
腹の熱が、頭に集まってくる。脳が焼けるように熱い。悲鳴を上げないように奥歯を噛みしめてなんとか耐えた。
そこまできて、ようやくクラウディオが詠唱を始める。難しい言葉が早口に唱えられるせいで、ほとんど何を言っているのかわからない。
しばらくもしないうちに、彼の美声に乗って瞼の裏に白黒の景色が浮かんできた。
――成功した。これで犯人が見える。
夜道を歩く誰かの視点。早く家に帰り着きたいのか、小走りで道を走っていた。見える景色はミツキにも覚えがある。白銅門近くの住宅地だ。その近くには市場もあった。
やがて誰かの視点が白銅門を捉えた。目的地が近いのか、速度が緩まる。見上げた白銅門は高く、天辺は夜闇に紛れて見えない。
ふと、視線を戻すと、いつの間にか目の前に人がいた。温かくなってきたというのに外套のフードを目深に被っていて顔は見えない。一目で不審人物だというのがわかるその姿に、視点の主は一歩後ろに下がった。
外套の相手が、足を前に出す。
「そこ、ゆっくり再生して」
声に出した途端に流れていた景色が一瞬揺らいで、すべての動きが緩やかになった。
相手が足を踏み出し、外套がゆるりとはだける。走り出したのか少し姿勢が低い。
――来る。
その光景を実際に体験したのはミツキではない。けれど、ミツキの勘が戦いを告げている。
外套の足が二歩進んだ瞬間、その右手に短剣が握られているのが見えた。次いで外套の胸元が露わになる。男だ。華奢なように見えるが、胸に膨らみがない。
男、右利き、短剣。それだけじゃ足りない。他に何かないか。
ミツキは神経を尖らせて外套の中を探った。白黒なせいで服の色はわからない。こんなにも近いのに、夜闇で顔が見えなかった。これと言って特徴のない体格に年齢すら判別できない。なのに、もう男の足元を場違いな兎が横切って行った。
――まだダメ。何か、他に何かない!?
男の体が目の前に迫り、首に拳が叩き込まれた。喉仏を突かれたらしく、ぐぅ、とミツキは口の中で思わず唸り声を上げる。視点の主はそれで完全に怯んで戦意喪失したのか、何の抵抗もできていない。
それでも必死に手掛かりを探して目を凝らしていると、視点が突然下に向けられた。男は、ミツキの視点よりも背が低い。
視点が迫る短剣を捉えた。その剣に手掛かりがないかと凝視して――。
「いっ……!」
短剣が薙がれた。一瞬にして目の前が暗転する。
――痛い。目が痛い。暗い。これは、この瞬間は。声を、声をあげて、止めないと。終わらないと、私はこのまま。でも、首が、喉が潰されて。
「ミツキ!」
首筋にちくりとした痛みが走ったところで、クラウディオが叫び、彼女の目を覆っていた手を離した。
「ゲホッ、ゲホッ」
喉仏が痛い。うまく呼吸ができなくて、ミツキは何度もむせながら荒い呼吸を繰り返した。
実際にミツキが喉を潰され、眼球を切られたわけではない。それでも死霊術で“誰か”の追体験をして、その精神に傷がつけば、体へ影響を及ぼしてしまう。
精度が高ければ高いほど影響は大きく、今のは映像が白黒になる程度に精度を落としていたために眼球の損傷は避けられた。
「兎を見たら戻れって言ったじゃないか。死霊術が危ないのはわかってるだろう?」
死してそう時間が過ぎていなければ、彼は死者の霊魂が聖女イリシアの前へ導かれる前に一度だけ捕らえることができる。クラウディオの死霊術の真髄は、彼の手を通して捕らえた死者の経験を追体験できるというもので。
そして、その体験に現れる兎は最終通告だった。そこから先を最後まで見てしまうと精神は死者を追って、生者までも連れて行かれてしまう危険な魔法。
「大丈夫? ほら、こっちを見て」
咳きこみながらも肩で息をするミツキにクラウディオの柔らかな声がかかった。温かな手が彼女の頬に添えられて、顔を持ち上げられる。
「ごめん……、けほっ。ちょっ、ちょっと遅れちゃった」
言って、ミツキはクラウディオの声のする方へと目を向けた。……向けたが、ミツキの視界は真っ暗なままだった。
「僕に焦点が合ってないね」
「うん。死ぬ前に目をやられたみたい」
「……可哀想に」
「そうだね、本当にひどい」
悲鳴を上げられないようにまず喉を潰して、次に両目を掻っ切る。それからトドメに首を裂かれた。短時間に恐怖と痛みを与える残酷な方法だ。
流れるような鮮やかな動きから、犯人は殺し慣れしていると推測できる。
「きみもだよ」
「私のは自業自得」
ちゃんと兎は見た。それでもやめなかったのは、欲を掻いたから。
「またどうして、きみやドラはそこまで他人のために体を張っちゃうんだろうね」
「あははぁ、自己犠牲のつもりはないんだけど」
クラウディオが盛大なため息を吐くのが聞こえる。彼の温かな指先がミツキの目元をなぞった。
「失明までは至ってない。だけど、最低でも明日まではこのままだ」
「わかった」
「迎えを呼ぼうか。マオくん、家にいるでしょ?」
「あー、それが」
事情を話すと、彼はまたこれ見よがしにため息を吐く。
「ドラのせいかな。きみたちがこんなにやんちゃなのは」
「私は別にそこまでやんちゃなんかじゃ」
「十二分にお転婆娘だって、さっき証明したよね?」
「……返す言葉もございません」
常に柔らかなクラウディオの声がこのときばかりはぴしゃりとミツキを諌めた。
「じゃあ、ハンスに送って行ってもらおうか」
「そうする。……っと、その前に」
椅子に座ったまま、ポケットに手を入れて中身を机の上に置く。小袋の中で金貨がぶつかり合い、音を立てた。クラウディオの死霊術の対価だ。
「足りない分はまたあとで持って来るから」
「いや、十分だよ」
死霊術は禁忌の魔法だ。術者自身にもかなりの危険が伴うので、料金は必然的に跳ねあがる。使える人間はほとんどいないし、大陸中を旅したミツキでさえ、このクラウディオ以外の死霊術師を知らない。
ミツキはハンスにも呆れられながら、露草亭を後にした。無茶するんじゃねぇぞ、と念を押されてからごつごつした大きな手が離れて、ミツキは家に入る。
そうして、案の定、ベティからお説教をもらうこととなった。




