撃破
◇ ◇ ◇
薫子とマユ、姫子の場所に異空間が広がると、いくつかの白いトンネルが現れた。
注意して三人が見ていると、彩萌とワタルが飛び出してきた。
続いて、別の穴からメイ。
もう一つ別の穴からは、トオルと愛梨沙が飛び出してくる。
「あれ、かえでは?」
マユがメイに訊ねた。確かに一人足りない。
「それがここに入る途中二股に分かれてて、はぐれてしまったんです」
「どうしよう、探そうか…薫子?」
彩萌が心配する。他のみんなも心配そうに落ち着かない。
「そうねえ…。その前に気になることがあるから、ちょっと出欠取るわよ」
何を思ったか、薫子は腕組みした後、いきなり、一人一人の名前を呼び始めた。
「望月!」
「はあい」
「緑川!」
「はいはっいー」
「神宮寺!」
「はいっですぅ」
「山口!」
「うい」
「犬養!」
「わん」
「稲田!」
「あいなー」
「神村トオル君…と」
「はあはあ」
薫子は、全員出欠をとり終えると、考え込みながら、周りを歩き始めた。
違和感を感じていた。そして、それがはっきりしたのだ。
「やっぱり、若干一名メチャクチャおかしいやつがいる…」
薫子の指摘に、はあはあ言ったトオルが「ごめんなさいふざけすぎました」と土下座して謝る。
しかし、薫子は、そんなトオルに目もくれず、一人の女生徒の前に立ちはだかった。
「やっぱり、お前が変だ」
薫子の目の前には、目ぱちくりで不思議そうに首を傾けるメイの姿がいた。
「どこが変なんですか?先生?」
「サトリと…ポーカーしようなんて…、千年早いんだよ!」
薫子の鋭い回し蹴りが、不意を突かれたメイの腹部に入った。
「何をするの、薫子!?」
愛梨沙がメイを助け起こそうと走りよると、手を掴んで薫子が制する。
助けに入ろうとした他の者たちの足が止まる。
「神宮寺はね…、厳しいお父様とお母様に宮司になるべく教育を施されているから、間違っても、返事に『ですぅ』なんてつけたこと、一度もないんだよ!」
「そう言われれば…」
「確かに…」
愛梨沙とマユが、今までの生活を思い浮かべる。薫子に言われるまで気づかなかった。
「おのれ、完璧なはずだったのに…」
狸の姿に変わったメイが、薫子に襲いかかる。
薫子は、目を瞑ったまま、その攻撃を避けると、何事か唱えだした。
「何のつもりか知らんがそんな術は効かんぞ」
再び起き上がった狸は鋭い爪を振りかざす。
ーーーと、次の瞬間、狸は砕け散る。ゆっくりと綿雪の如く落ちてくるのは、一枚の術符。
さっき、狸を蹴った時に、薫子が狸に足で貼り付けたものだ。
「本物のかえでたちが来るわ、さあ、お月さんの所へ急ぐわよ」
一同雄叫びを挙げた。
本物のメイとかえでと合流した薫子たちは、にゃー子のもとへ向かうため、新たな白いトンネルをくぐり抜ける。
果たして、にゃー子は、無事だろうか…?一同緊張した面持ちで駆け抜けていく。
◇ ◇ ◇
異空間が広がる前、にゃー子とナオトは、二人っきり。境内に腰を降ろし、並んでいい感じになっていた。
祭りの雰囲気が心臓を鼓舞しながら、二人は、静かなトキメキに酔いしれる。
二人の指が恐る恐る境内の床を這いつくばり、徐々に距離を詰めていく。
ーーーと、指先が暗闇で微かにお見合い。。。
二人は、慌てて、指を引っ込めた。ドキドキの太鼓は、更に登り詰めていく。
「あのね」 「あのさ」
互いに同時に発してしまうもどかしい二人には必ず欲しいお約束。
頬を赤らめながら二人は、互いに先を譲り合う。
「じゃ、私から言うね…。あのね…。あの…、私、ナオトのことが…」
そこまでにゃー子が言いかけた時、照明が落ちた。
「何だろう…。停電かな?」
ナオトが境内から飛び降り、辺りを見回す。人がいない。にゃー子は、すでにこれが電気のトラブルではないことを見抜いていた。
紛れもなく、妖怪の作り出した異空間であることを…。
「ナオト!私から離れちゃダメ!!」
「橘、恐いのか?大丈夫俺がつ…。うぁあ」
ナオトは、足元を掬われ、長く、太い蛇に巻かれてしまった。
その首は因縁の八つ。威風堂々とした黒き光沢を放つその姿は、境内のてっぺんまで届く勢いだ。
長い舌を出し入れしながら刀を研ぐような甲高い音を一斉に奏で始める。
「ナオト!」
「橘、危険だ、コイツから離れろ!」
ナオトは、恐怖を感じながらも、にゃー子を助けたい一心で、虚しく空を切る手をバタつかせ、追いやろうとする。
にゃー子が聞くわけがない。にゃー子の妖気が自らの士気を高めるように踊り出す。
もう、後の事は考えない…。にゃー子は、猫又の姿に変わっていった。
ーーーそれを見ていたナオト。驚いて然るべきなのに、妙な懐かしさが込み上げてくる。
と、同時にこの窮地から脱け出せるという根拠のない安心感がナオトを支配したのだ。
遠い過去の記憶がナオトの頭の中で激しくぶつかり合い火花を散らす。
俺ハ、イッタイ…?
ナオトは、そこで意識を失った。
にゃー子は、食らいつかんと次々代わる代わる襲い掛かってくるオロチの首を避け、炎の攻撃を繰り出していく。
「風を纏いし炎の御霊よ、雨となりて悪しき御霊に降り注がん」
無数の炎の塊が嵐の豪雨のようにオロチに降り注ぐ。絶え間なく降り注ぐ炎の雨に堪らないとばかりにオロチは身もだえすると、地中深くに身を隠す。
にゃー子は、ぴんと張った耳をさらに研ぎ澄まし、オロチの動きを探る。
僅かな土のうねりを感知する。
ーーーと、同時に周りの木が地中に底なし沼のように引きずり込まれていく。オロチの仕業だ。にゃー子は、跳びながらすんでのところでかわしていく。
そこへ白いトンネルが現れ、皆が駆け付ける。
「にゃー子!!」
「あーりん、来ちゃダメ。オロチが土の中にいる!!」
にゃー子の叫びに愛梨沙は、足を止めトンネルに留まる。
「あっちしにまかせるでありんす」
姫子は飛び降りると、地面に手を当て、拳を打ち込んだ。
「神通力、スタン・怒・Up!!」
氷の割れるような甲高い音とともににゃー子を追うオロチの元まで到達した衝撃波は、オロチをとらえると、一気に空高くまでオロチの巨体を土埃とともに押し上げた。
オロチはその巨体を右に左にのたうちながら落下してくる。
姫子と同時に飛び出していたかえでが、妖刀でオロチの首を一つ弾いた。その首に巻かれていたのは気を失っているナオト。
弾かれてなおかえでに喰らいつかんとする首。跳ねあがりながら大口を開けた。
「鳳凰黒槍!!」
かえでが避けると、かえでがいた場所に素早くマユの放った黒槍が割って入った。縦に陣取った黒槍は、閉じたオロチの口を串刺しにして、動きを止めた。
役目を果たした黒槍はそのままオロチを貫き、再び主の元へ帰って行く。斬られたオロチの首は蒼白い炎を上げ焼失した。
一方、落ちてくるオロチの本体ににゃー子、彩萌、ワタルが三方から飛び込んでいく。
「風を纏いし・・・」 「神通力、狐紫炎」 「双砕敵浄」
断末魔の叫びとともにオロチの体は紅、紫、蒼の三色の炎に包まれ、激しく燃え盛る。
地面に到達するころには、半分の大きさになり、やがて全てを焼きつくした。その様子は、線香花火のようにあっけない。
「やったー、にゃー子!!」
愛梨沙は、にゃー子に抱きついた。これで、にゃー子の300年の恋が報われる。そう、誰もが考えた。
「まだよ、こいつは私たちと因縁のあるヤマタノオロチじゃない・・・」
「何だって!?」
薫子の言葉に盛り上がっていた一同の顔が引きつる。薫子の表情がいつになく緊張して強張って見えた。
ナヨタケに帰りがけに言われたことがふと心に浮かぶ。
「視えた未来を視なかったことにしても、確実に未来はやってくる」
それがナヨタケの言葉だった。神の領域は、サトリの胸のうちすら見透す。
サトリとしてこの未来をどう伝えるべきなのか…。
「・・・子。・・・薫子」
自分の名を呼ばれ、ハッと薫子は、我に返った。
まだ、「その時」まで時間がある。薫子は、皆の顔をグルッと見回した。
誰一人欠けることなく、本当のオロチとの戦いに勝たねばならない。
「ーーーいい?みんな…。黙って聞いて欲しいの」
薫子は、静かに語りだした。それを黙って、皆は聞いていた。
ーーー
ーーー
ーーー
やがて、薫子の話が終わると異空間が解け、祭りの喧騒が戻ってきた。
一同の厳しい顔つきと、境内に腰掛けるにゃー子の膝で気を失っているナオト。
ナオトは、額に大きな汗を浮かべ、にゃー子がゆっくりと団扇で扇いでやる。
と、そこへ通りかかった一人の老人が声をかけてきた。
「菜子ちゃんじゃないか。うちのナオトと一緒じゃ…、うん?」
明るいオレンジのTシャツをお洒落に着こなす、ナオトのおじいちゃん。留吉だった。
留吉は、行きつけのスナックの雇われママと一緒祭りを見に来ていたのだった。
留吉の目に映ったのはカワイイ「彼女」の膝枕でうたた寝する不届きな孫。
「留吉、でこぴーん!」
留吉の制裁は、ナオトの額に見事に決まった。
「ってえ…?って…じいちゃん!」
見事、気を失っていたナオトを蘇らせた。
「羨ましいことを高校生の分際でしおってからに…。お仕置きじゃ」
「羨ましいこと…?」
ナオトは、留吉に言われて、耳にあたる柔らかい膝の感触を確かめ、ふと空を見上げる。
猫目ぱちくりの愛らしいにゃー子と出会う。
「うわわあぁー、ごめんなさい」
一瞬の間の後、慌てて飛び起き、正座をするナオト…。
「全く我が孫ながら情けない。菜子ちゃん、こんな孫さまを本当にありがとう。見捨てないでやってくれな」
留吉が頭を下げる。
「そんにゃ。ずっと一緒にいるから大丈夫にゃ」
「え、ずっと…一緒に」
ナオトは、いてくれるのか?(うれしー)という言葉を呑み込んだ。
「あっははは…。良かったのう、ナオト」
留吉は、悪代官を懲らしめた時代劇のお偉いさんのように高らかに笑う。
「じゃ、わしらはこの辺で、あまり遅くまで羽目を外すんじゃないぞ」
留吉は、後ろ手にサヨナラをナオトに送ると、スナックのママと人混みに紛れていった。
「あ、あーりん、ここにいたのか…、みんなも」
遠くでにゃー子とナオトの様子を見ていた愛梨沙たちにリュートが合流する。
みんな、すっかり忘れていた。
「あー、良かった。黛先生ここにいたんですか…。あれ、うちの生徒たちも」
次に現れたのは、上杉先生。いなくなった薫子を心配して捜しにきたらしい。
「上杉先生ー」
どさくさに紛れて薫子が上杉の胸に飛び込もうと走りよった。
ーーームニッ…。
何かが薫子の頬に当たる。薫子が見上げると、因縁の女が浴衣姿でニヤリ。
「げっ、お前は保健の柏崎!」
「あーら、上杉センセ。一緒にいらした方って黛センセのこと?もっと強力なライバルかと思っていたらガッカリだわ…。ふーふっふっふ」
「おのれ、貴様言わしておけば…」
薫子と柏崎の上杉を挟んだバトルが始まる。
ーーーと、上杉の顔色が急に悪くなる。冷や汗をかき、その場に踞る。
「あれ、上杉センセ?」
「上杉先生!」
二人が慌てて喧嘩を止めて、上杉のそばにしゃがみこむ。
「両手に花にゃ」
にゃー子が微笑ましげに団扇を扇ぎながらその様子を見つめる。
「菜子。気をつけろ…。もう蛇はお前たちをロックオンしている、いずれ近いうちに…」
トオルは、にゃー子に耳打ちした。
「近いうちに…?」
「ああ、気配はあるが、特定できない。おそらく、敵は、ご神波を扱えるようだ、ーの証拠に免疫の少ない人間に霊障が起きている」
トオルが上杉を指差す。
「あれ、蛇の仕業か?ところで…、ご神波って何だ?」
にゃー子が小声でトオルに訊ねる。
「何だ、知らないのか…。神波とは、神の使える特殊な力。心の中を読まれない、位置を特定されない。如何なる属性の攻撃も通用しないなど、神以外の存在から身を護る特殊な力だ。ただし、互いが神波を会得したもの同士なら、属性の攻撃も有効だし、また、サトリなら修行次第で神の心や位置を特定することも可能になるんだけどね」
「おおー」
にゃー子は、初めて知る神波に驚愕した。
ーーーと、すれば、あのかえでと出会った島根の山に現れた白蛇も神波を会得していたのだろう。
サトリの技や彩萌の炎を簡単に回避できたのもそれなら頷ける。
「教えて、式神」
にゃー子は、トオルに擦りよった。
「十尾クラスで十年厳しい特訓が必要だな」
「一尾たらーん!」
「ま、そんな成れるものじゃないし、諦めろ…。イザッて時は、助けにいくから…」
にゃー子は、トオルに不満そうな顔をした。こうして、納得しがたい夏祭りの夜は更けていった。




