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おにぎりっ!!

オロチが田助さんを闇に引きずりこもうとした時、私は、彼らの間に術符を投げ込んだ。オロチは、田助さんに呪いをかけようといくつもの術をかけたの。私はそれを打ち消しながら、田助さんに呪いがかからないように結界の鍵をかけていった。オロチは、呪いをかけようとその結界の鍵を必死で解いていったわ。闇にオロチが呑まれるまで、私も必死で鍵をかけていった。その繰り返しの末、オロチが22360677回。私が22360679回で私が勝ったの。その差わずか2回。間一髪、田助さんの御霊を助けることに成功したわ。ーーー同時に、その二つの鍵を解くことで田助さんが転生したとき、いつでも田助さんがお月さんとの恋の記憶を全て思い出せるようにしたの。」


「それをオロチが欲しがる…?どういうことだい」


今まで、黙って聞いていた彩萌が椅子から立ち上がった。納得がいかないように腕組みをして、首を傾げる。


「それだけ強い力を宿した月の結晶は、使い方次第でこの世を消し去ってしまう…」


「えっ?!」


みな、一斉に立ち上がり、上へ下への大騒ぎになった。当の本人、にゃー子まで騒ぎだす。どうやら、そのことは知らなかったらしい。


「にゃんでそんな危ない術をかけたんにゃー」


にゃー子が目をひんむき、涙を飛ばしながら薫子に抗議する。


「必死だったのよ。私だって知っていたら使わなかったわ。後で聞かされたんだから」


薫子が苛立ちながら反論する。


長い沈黙。壁にかかった時計だけが一歩一歩、確実に未来を掘り進めていく。


命懸けの恋。


にゃー子もまさかここまで命をかけねばならないとは思いもしなかった。必要以上に周りを巻き込んでしまった。後悔の念にかられる。



周りも驚愕の事実に頭を悩ませる。にゃー子の恋のサポーターのはずが人類の生死を左右しかねない大事に巻き込まれてしまうとは…。


愛する者を護るため、自分の命を護るため…。オロチと戦う理由がまたそれぞれ増えた。


各自の目は自然と厳しくなる。


「アイツらより先に手にして、桜林ナオトに使えばいいってことでありんすね」


姫子が薫子を上目使いで見る。目力に並々ならぬ決意が見える。姫子は、スサオノノミコトを取り戻す決意を新たにする。


「そう」


薫子が静かに首を縦に振る。


「で、そいつはどこに…?」


彩萌が薫子に訊ねる。いつものようなクリッとしたやんちゃさが彩萌の瞳には今はない。ただ、厳しく鋭く新たにした決意を滲ませる。


「月の欠片は、ナヨタケのかぐや姫に、月の涙は、渡辺様に預けてあるわ」


「だから、私が狙われたの?」


マユは、まだ狐につままれたように不思議そうに訊ねた。


「狗神!手伝えるんだよにゃ、お前も?」


にゃー子は、当然のように一人遠くのドアに寄りかかり、話を聞いていたワタルに声をかけた。

「ところで、狗神さんも一緒に私たちと戦ってくれるのよね?」


愛梨沙がまだ教室の入口のドアに寄りかかったままのワタルに声をかけた。


「当然…と、言いたいとこだけど…」


ワタルは、相変わらず腕組みをしたままだ。顔は険しい。何か言いたげだ。


「だけど…?」


愛梨沙がオウム返しにワタルに訊ねる。


「無理だ」


「えっ?!何でよ」


「夏までに向こうに帰らなきゃならない。ーーーというのも240年後に結婚式があるんだ、魔界の姫の…。その準備で…」


「そんな先の話で今から準備ってどうなってんの、あの世って?」


「結婚式が行われる場所は、こっちの一日が一年に相当するんだ」


「行われる場所は、ってどういうこと?」


ワタルの説明に新たな謎が増え、愛梨沙は混乱する。


「魔界とか天界って難しい場所なのよ。地獄とかは、それぞれ時間のたちかたが別々なのよ」


「こっちの50日が向こうの一日だったり、100日が一日だったりとか…」

薫子の補足にワタルが再度付け足す。


「私全然わからない」


愛梨沙は、立ちくらみを感じて椅子に倒れるように座り込んだ。


「要するにすごい時差があるって覚えておけばいい」


「はあ」


愛梨沙は、メイとマユを見た。二人ともやはり、愛梨沙のように苦笑いして首を横に振っている。


愛梨沙は、じぶんだけでないのを知って少しほっとした気分になった。


「ところで、魔界の姫って犬養君言ってたけど、まさか華閻のことかい?」


「ああ、よく知っているな」


彩萌はそっちが気になった。二年間行動を共にしたのだから当然だ。


にゃー子と愛梨沙にとっては複雑だ。彩萌は、今、にゃー子たちのかけがえのない仲間の一人だ。しかし、華閻は違う。愛梨沙の親友、藤崎琴音の体を二年間も操ったあげく、絶交に追い込んだ張本人である。しかも、にゃー子は、仲間の猫又をひどい殺され方をしている。


愛梨沙は、彩萌の横顔をちらりと見た。


「望月君。心配はないよ。僕はもう君たちの仲間だ。確認しただけだ」


愛梨沙は、彩萌が自分に言い聞かせているようで勘ぐって顔を見たのが悪いことをしたような気持ちになり、下を向いてしまった。


「ごめん」


「君が謝ることはない。僕のほうこそごめん」


愛梨沙の謝罪に彩萌も頭を下げた。



「さて、後は日程だけど…山口、三回忌の法事はいつ」


「GWの二日目、金曜日です」


「あ、その日は無理にゃ」


「私もですぅ」


「私もや」


にゃー子は、陽一さんと香織さんの結婚記念日。メイは、神社の祭典の準備委員。かえでは部活動の新人戦。スケジュールがすでに埋まっていた。月の涙は、残りのメンバーで行くことになった。

そして、月の欠片。こちらはメンバー全員の都合のいい4月29日にナヨタケの元へ取りに行くことになった。


「気持ちいいですぅ」


当日、一行は富士山の樹海付近にいた。登山の格好にリュックを背負い、ちょっとしたハイキング気分だ。


のどかに小鳥のさえずりを聞いてはしゃぐ一行を前に愛梨沙とマユが何故か沈んだ顔をしていた。

ーーー樹海。山頂から眺めた木々のざわめきが波のように風になびく様子をなぞらえたと説く者もいる。得体のしれない自然の恐怖を体現して口を開ける様は不気味である。


たしかに近くにはキャンプ場や公園があるし、昨今の富士山ブームで観光客も多い。遊歩道を歩いていれば、アニメの神秘的な森のようではしゃぐ気持ちもわからなくもない。


「命は大切にーー」

こんな看板を目にした愛梨沙とマユだけは他の者と違ってはしゃぐ気には到底なれない。


パーカーを一枚羽織ってはいるが何か「出そう」で背筋が寒い。


虫、獣、お化けの三点セットだけは勘弁して欲しい。二人は、身を寄せあいながら薫子のジャンパーのすそを堅く握りしめながら進んでいく。


「何、怖がってんだ?お前ら。大丈夫よ、死体に会わないように歩くから」


「嫌なこと言わないで」


愛梨沙は、泣きながら薫子に訴える。


「ほら、これでも食べて元気だしなさい」


薫子は、自分のリュックからホイルに包まれた食べ物を二人の前に差し出した。


愛梨沙とマユはそれを素直に受け取って、ホイルを外し、しげしげと眺めた。


いびつな、三角に程遠い複雑怪奇な奇妙な物体。

「これ、何ですか?」


愛梨沙は、見当はついていたものの口に入れるものなので確認のため薫子に訊ねた。


「何って?お握りよ。私が作ったの、あんたその歳になってお握り知らない?」


「いえ、知ってますけど…」


違うだろ。…とは口に出しては言えなかった。まして、サトリの前でうっかり思考もできない。


「ど、どうした?」


「いえ、別に…」


「見てくれは悪いけど、味は大丈夫よ、ささ」


愛梨沙は、いただきますと言って一口カブリついた。


「あーりん、ダメにゃー」


前を歩いていたにゃー子が三人の様子に気づいて慌てて愛梨沙を止めに入った。


「いただきます」


「いただきますのん」


にゃー子が止めるのも聞かず、メイと姫子が続いてしまった。


「ぐげー」


時間差で口にした者から順に断末魔の叫びをあげていく。


「遅かった…」


にゃー子が膝をつく。


「何よ?お前ら…」


薫子が納得いかない顔で一口頬張る。


にゃー子は、知っていた。薫子が料理が下手なことを…。しかし、愛梨沙は、まさか米を炊いて握るだけの料理でまさか、ここまで不味いものをつくれるとは思っても見なかった。


まず、米が半煮えだ。電子ジャーもこれでは浮かばれない。しかも米や海苔とは明らかに異質な匂いが複雑に絡みつき、鼻をやたら刺激する。厄介なことに、口に含むまでその匂いは開花しない。どうやったらこうなるのか、逆に興味が沸いてくる。


極めつけは、具だ。原型なきまで焼き焦がされている。もはや炭以外の何物でもない。


ーーーそこへ、更に先に進んでいた彩萌とかえでが心配して戻ってきた。


「何、やってはるの?ははん、さては愛梨沙はん、怖くて動けんのやろ」


かえでが勘ぐって愛梨沙の青ざめた顔を覗きこんだ。


愛梨沙は、答えず後ろ手でホイルの上から握り直したお握りをにこやかにかえでに差し出す。


「薫子の特製よ。みんな食べたからどうぞ」


「あ、ちょうどよかった。うち、小腹すいてたんや」


無邪気なかえではお握りを半分かじりついた。


見る見るかえでの顔色が変わっていく。


「人間の食べ物、あらへん誰やねん、こんなん作ったの?」


かえでは、吐き出しながら口を押さえた。


薫子は、憮然とした顔で文句をブツブツ言っている。愛梨沙は、小さなピースサインをかえでの背中に送った。













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