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かえで、悲しき過去

一方、小屋を飛び出したかえでは、一直線に山を下っていた。


兄さんを止めなきゃ。


かえでは、父親の元へ向かおうと考えていた。


道なき道を滑り落ちるように下っていく。


最短距離を早く。


より速く。


山肌の斜面の土を岩を靴底で削りとるように、かえでは、走る。


靴の中に入ってくる土、木の葉、枝、砂利。


全てがかえでの足裏を通して身体中を刺激する。


狭い木々に体がぶつかる。


土に足を取られ転倒し、転がりながらも先を急ぐ。


ウラギリモノ!!


不意に誰かの声がする。

かえでの足が止まる。


誰もいやしない。


空耳なのだ。


それでも、かえでの心を、足を鈍らせるには充分だ。


深呼吸。


かえでは胸に手をあてる。


母さん、うちを助けて…。


静寂な森に風が泣き声をあげる。

鳥が叫ぶ。


山が唸る。


ウラギリモノ…。


うちは、うらぎりもんやない


かえでは、再び走り出す。


シネ!!



追い討ちをかけるように別の声が、かえでの行く手を阻む。


かえでの足が止まる。


シネ!!シネ!!シネ!!


山の木々一つ一つがまるでかえでにそう言っているかのようにざわめいた。


「嫌や、うちは絶対死なへん!!」


かえでは、耳を塞ぎ、その場にへたりこんだ。

いつの間にか濡れた頬を泥だらけのシャツの袖口で一度だけ拭って。


いじめの過去がかえでの心に暗く巣くっていた。

水をかけられたこと。


無視されたこと。


服や鞄をズタズタにされたこと。


殴られたこと。


自殺を煽られたこと。


そのたびに増えたかえでの腕のキズ…。


一枚一枚積み重ねられた重りのようにゆっくりとかえでの腹の底に重くのしかかっていった。


「なんで…」


かえでが木の隙間から見上げる空は、真っ青だ。

暗い山の中にこぼれ落ちる明るい光。


のどかに流れていく白いちぎれ雲。


なんで、うちは、このきれいな景色を見ることを許されへんの?


生きていてはだめなんはなぜなの?


意味もなく、笑い者にされる集団の圧力という名の屈辱。


かえでは、拳を地面につけ、思いきり握りしめた。


爪の奧深くまで黒い土が入りこむ。


「母さん、うち疲れてもうた…。そっちいってもええか?」


(もう一歩だけ前に来て!!そうすればそれ以上頑張る必要ないから)


「誰?」


泥と涙で濡れたかえでの目の前に誰かの手が差し出されていた。


光の反射で見えないおぼろな人影が差し出す手にかえでは条件反射的に泥だらけの手を伸ばしていた。


グイとかえでのからだが引き寄せられ、なされるがまま立ち上がり身を預けた。


温かいぬくもりと香水更には化粧のにおい。


かえでは、身を預けた大人の女性に母の面影を重ねた。


「さあ、あなたの本当の人生の始まりよ。もう、独りじゃないから」


言い知れぬ安らぎがかえでを包んだ次の瞬間…


「うっ?!」


身を預けた女の名言にグッときて酔いしれる前にかえでは、別の臭いにグッときて酔いそうになってしまった。


「あ、ゴメン。臭かった?」


日本酒にビール、チューハイという見事な配合のアルコール臭。


そう、かえでが身を預けた相手は、黛 薫子であった。


「誰ですか…?」


かえでは、間をとり、口と鼻を片手でふさぎ不快に眉間にしわを寄せた表情で薫子の顔をのぞきこんだ。


「私は、あいつらの学校の教師。さ、かえでさん案内して」


薫子の肩口に見える小太りで色黒の堅物そうな男が次いで口を開いた。


「和馬、上におるんやな?」


その顔にかえでは、驚いた。


「お父さん!!」


「話しは後。急がないと…お兄さんが」


薫子は、かえでの肩を軽く叩くとナビを促した。





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