絶体絶命
「兄さん、間違えてる」
嗚咽しながら、かえでは小屋を飛び出した。
「待たんかい、かえで」
和馬は、引き止めようと少し振り返ったが、もうその時にはかえでの姿は小さくなってしまっていた。
和馬は、ま、ええかと言うと鼻でやれやれといわんばかりのため息をついて、にゃー子たちに向きなおした。
にゃー子たちは、口々に和馬を罵っていたが、構わず和馬は言葉を続けた。
「どのみち、わしの気は変わらんさかい。言っとくが変な気起こしてもムダやで。外にはワシの部下のカラスどもが何千羽とおるんやからな、ま、せいぜい名残惜しゅう仲ようせいや」
和馬の手のひらから炎があがった。
「ほな、さいなら…ぶっ!?」
和馬は小屋に火を放とうとした時、何者かにうしろから思いきり蹴り飛ばされた。
思わぬ攻撃に和馬の神通力が一瞬ふっとび、炎は消えてしまった。
「誰や?かえでか?」
床に転がる和馬が腰を押さえて振り返る。
「無抵抗の女の子を縛りあげたうえ、殴ったり蹴ったり…挙げ句に火を放とうだなんて、君、男として最低だなぁ」
かえでとは違うショートカットの女の子が立っていた。
「彩萌!」
にゃー子たちは、叫んだ。
「こいつらの仲間がまだおったんか…。ようここがわかったな。外のカラスどもはどないしたんや」
「ああ、あいつらか…。物覚えの悪い連中でね、なかなか通してくれないもんだから体で覚えてもらうことにしたんだ。もう、ボクらに手出しはしないと思うよ」
小屋の外には白旗をあげてひくひくするカラスたちがやまのように倒れていた。
「ワシの可愛い部下たちをよくも。お前も仲良く縛りあげたるわい」
和馬が彩萌に殴りかかった。
彩萌は、和馬の攻撃を横に捌けると和馬の顔面に蹴りを入れた。
「ボクはね、縛られるのが大キライなんだ」
彩萌は、狐の時代、逆さ吊りに縛りあげられてひどい目に遭っている。
縄を見ただけで腹立たしい気分になる。
まして、縛りあげるなんて言われた日には、彩萌のハートに火が点かないわけがない。
和馬が顔を押さえているすきに彩萌は、和馬との間合いを詰めると下からのど輪を食らわした。
和馬の巨体は、そのまま木造の小屋の屋根に頭から突き刺さり、宙ぶらりんの体は彩萌のサンドバック代わりに嫌というほど拳を打ち込まれた。
和馬がぐったりしたところで、彩萌は足を持って、和馬の体を天井からひき抜くととどめとばかりに床に叩きつけた。
叩きつけられた木造の床は、きれいに和馬の人型に抜け落ちた。
和馬はピクリとも動かなくなった。
それを横目で見とめた彩萌は、にゃー子たちのもとに歩み寄り縄を外しにかかった。
「まったく、揃いも揃って情けないな」
彩萌は、縄をほどきながらにゃー子の顔を見た。
「面目にゃい。でも、よくわかったにゃ、薫子は?」
「薫子が気付いたんだ。今、彼らの父親を呼びに行ってるよ…にしてもかたいなこの縄」
神通力がかかっているのか、なかなかほどけず彩萌は縄に苦戦している。
「薫子酔ってたでしょ?」
愛梨沙も不思議がる。
「全然、酔ってないよ。むしろ、冷静さ。あきれたもんだよ」
にゃー子たちは頭の中でそれぞれ薫子の飲んだ缶と瓶を丁寧に数えた。
ワンカップ×5、缶ビール×6、缶チューハイ×5
それがイコールなめた程度と結びつくとはいくらアルコールを知らない愛梨沙たちといえどありえないと思った。
一同自然に首が左右に振れてしまった。
膝立ちで縄と悪戦苦闘する彩萌の後ろから黒い影が重なった。
「彩萌、あぶにゃい!!」
にゃー子の声に彩萌が振り返ると、丸太の棒を両手で振りかぶった和馬のすがたがあった。
彩萌がそれを認識するやいなや彩萌は鈍い音を伴った激しい衝撃を頭に受け気を失った。
大人でも一苦労しそうな丸太を肩に和馬が仁王立ちになっていた。
「手、煩わせよってからに」
ぐったりした彩萌もまた後ろ手に縛り上げられてしまった。
「今度こそ本当にジ・エンドや」
和馬は、両手を横に水平に開くと目を瞑り念を込めた。
すると、和馬の両手から赤々と燃えたぎる炎が上がった。
和馬は、小屋の入り口に手をかざし、燃え移るのを確認してから小屋を後にした。
昼だというのに空は暗い。
和馬は、異空間を広げたのである。
異空間とは、妖怪のバトル会場のようなもの。
存在する物質は、現実世界そのものだが、人のいない別空間。現実世界に何ら影響を及ぼさないとされる。




