表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
決戦前夜  作者: 紫乃咲
5/5

見定めて。確かな着地を

「ホッチキス終わった! テープ貼るよ!」

「了解! テープあっち。固めてあるから取りに行って」

「俺も手が空いた。会場作るから、出来上がった部誌を脇に固めるぞ」

「わかった! 読書スペースこっちで、展示パネルは真ん中辺りでよろしく」

「了解」


 あちこちで声が飛び、ガタガタと音を立てて机の配置も変わっていく。

 ……作業は大詰めを迎えていた。現金なもので、終わりが見えてくるとスピードが上がる。集中力は更に上がり、変な高揚感に包まれた。

 所謂これが、ランナーズ・ハイというものなのかもしれない。

 ホッチキスの針を外すことから始まり、製本テープを貼るまで、全て指先の仕事だ。指先の感覚など、とうになかった。

 けれど、そんな事を気にする事は無い。

 四人それぞれが、目の前の事に夢中になっていた。


「製本終わり!」

「パネル完了」

「読書スペースも出来たぞ」

「受付作った?」

「──今、完了!」

「……終わり?」

「終わり!」

「……やったああっ! 終わったあぁっ!」


 リンとユカが、抱き合いながらピョンピョンと弾むように飛び上がる。

 その様子を楽しげに見つめながら、ナオとタケが互いの掌を合わせた。


 ──パン──


「お疲れ」

「ああ、ホント疲れたな」

「誰のせいだよ」

「まあまあ。それはもう、言わない方向で」

「……現金な奴」

「ふふん。それが俺だからね」


 短い会話。二人は、どちらからともなく小さく笑う。

 その時……。校内放送のチャイムが鳴った。


『校舎内に残っている生徒は、速やかに下校してください。後一五分で校門が閉まります。繰り返し放送します……』


「おおう。もうそんな時間か」

「よし。帰るか」


 そう言うと、ナオとタケは部屋の脇に置いていた自分の荷物を肩に掛ける。

 ナオは、リンとユカの方へ視線を向けると


「用意出来たか? 急がないと校門閉まるぞ」

「大丈夫。今行くよ」


 ナオの声に、リンが言葉を返す。

 全員が部室を出るのを確認すると、ナオは部室の扉を閉じ、鍵を掛けた。







「わあ。星空綺麗」

「そうだな。今日は三日月だから、星の光もちゃんと見える」

「でもちょっと寒いねえ」

「陽が落ちるとね。秋だもんねえ」


 校門をギリギリのタイミングで出た四人は、学校前の坂道をゆっくりと下っていく。

 自転車を押すナオの隣にタケ。二人の後ろでリンとユカが歩いていた。

 全ての作業が終わった解放感からか、皆……晴れやかな表情に包まれている。


「なんかさ。打ち上げしたい気分」

「おいおい……まだ早いだろ。決戦は明日からだぜ」

「でも、それ分かるよ。私達って演劇部や運動部と違って、決戦当日に試合とかするわけじゃないでしょ」

「そうそう。当日は出来上がったものを見てもらうだけだし。そこに辿り着くまでが勝負っていうか……」

「まあ、今年は特に達成感あるよな」

「俺のお蔭だな。良い思い出が出来ただろ」

「こら、調子に乗るな」


 威張るように胸を張るタケ。

 そのタケの背中に後ろを歩くリンが、軽くパンチを。

 その場に、小さな笑いが生まれた。


「じゃあ、明日は7時集合で。多分佐伯先輩も来るだろうから、待たせるの悪いし」


 学校前の坂道を下りたところで、ナオが声を掛けた。

 帰り道が異なる四人が揃って歩けるのは此処までだ。

 電車通学組のタケとユカは、坂道を下りて左に。

 自転車通学のナオはその道を真っ直ぐ。

 徒歩通学のリンは、右に曲がる。

 ユカがリンに気遣うように声を掛けた。


「リン一人で大丈夫? もう随分遅いけど」

「平気平気。慣れた道だもん」

「どのくらい歩くんだっけ?」

「一五分から二〇分ってとこかなあ」

「……俺、家まで送ろうか?」


 二人の会話に、入りこんできたのはナオ。

 けれどリンは、ナオの申し出に不思議そうに首を傾げ……小さく笑った。


「何言ってんの。ナオだって一人じゃん。……それとも、送ってあげようか?」

「バカ。俺は男だろ」

「私も似たようなもんでしょ? じゃあ、また明日!」

「気を付けてねえ?」


 満面の笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振るリンに、ユカも同じように手を振る。

 ユカの掛ける声に頷くと、リンは動き出した。

 背筋をピンと伸ばし、結い上げた長髪を揺らしながら、颯爽と歩いていく。


「──うん。やっぱ、カッコいいわ」


 その後ろ姿を満足気に見つめながらユカが頷くと、ユカも歩き出す。

 リンとは真逆の方向に。


「タケ。行くよ」

「ほいほい。……ナオも気を付けてな?」

「ああ、お疲れ。また明日」


 ユカの声に引っ張られるように歩き出すタケ。

 ナオが二人を見送ると、再びリンが帰った道を見つめた。街灯の少ない薄闇の中……リンの姿はもう見えない。

 ナオは一つ息を吐くと、自転車のペダルに足を掛けて漕ぎ出した。

 帰路に就くその道を、真っ直ぐに────。







 リンは、河川敷を酷くのんびりした足取りで歩いていた。リンが通学に使っているこの場所は、野球のグラウンドやサッカーのフィールドもあり、日中は、平日でも賑わいが絶えない。

 けれど、夜が景色を支配するこの時間は一転……風の音が聞こえそうなほどに静かだった。

 遠くの空に広がる星の光……その輝きに瞳を細める。通り抜ける風が、結い上げたリンの長い黒髪を小さく揺らした。


「……忙しい一日だったなあ……」


 声にしたその言葉は、酷くしみじみと。

 呟くというには大きな声だったけれど、此処を歩く者はリン一人だけ。

 誰の耳にも届く事は無い。


「……あ。台詞覚えなきゃ……」


 思い出したように付け足すと、細く息を吐いた。緩やかに川へと視線を流すものの、遠い街灯が淡く届ける光では、その姿はよく見えない。

 けれど、リンはその場で立ち止まり……そのまま川をじっと見つめた。


「ロミオ……かあ」


 言いながら、結い上げた髪先を指先でなぞると、小さく笑った。


「まあ……髪の毛伸ばしたところで、性格は変わんないしね」


 言葉はやや自虐的。けれど、はしゃぐように声を弾ませた。

 ────つもりだった。


「……あ……れ……?」


 瞼が熱い。──思わず瞳が瞬いた。

 ……頬に伝う──何か。

 リンは驚いたように瞳を開きながら、頬へ指先を宛がう。

 ……その指先を見つめた。


「……駄目だ。今日の私……おかし過ぎる」


 力の無い声。見つめた指先を握り込むように拳を作った。

 刹那────……。


「リン!」


 リンの背後から──声。

 リンが反射的に振り返る。

 ──途端。ライトの鋭い光がリンの瞳を襲った。眩しい光にリンは瞳を細める。

 そこに居たのは…………。


「……ナオ……」


 力強くペダルを漕ぐその姿は、あっという間にリンの元へと辿り着く。

 リンは驚きを隠せないまま、茫然とその姿を見つめていた。


「やっぱ、ちょっと心配だったからさ……」


 ナオが自転車を降りながら、リンに声を掛け……その声が止まる。

 リンの頬……伝う滴に大きく瞳を開いた。


「……リン」

「────ストップ!」

「……は?」


 近付くナオに、リンは両の掌を向けながら制止を告げる。

 その声にナオは思わず立ち止まった。

 リンは、静かに……じりじりと足を動かし、少しずつナオから離れていく。


「なんだよ?」

「良いから、そのまま動かないで」

「意味わかんないけど」

「良いの。……そう……そのまま……じっと……」


 少しずつ二人の距離は離れていく。そうして……。


「じゃ。そういう事で!」


 リンは素早く踵を返し……駆け出した。


「…………は?」


 ナオの問い掛けは、もうリンには届かない。

 ナオは呆気に取られたまま小さくなっていくリンを見つめ……。


「……はあぁ?」


 呆れた様に声を出すと、素早く自転車に乗ってリンを追いかけた。







 リンは全速力で河川敷を駆け抜ける。薄暗くはあるが慣れた道だ。少々見えないところがあった所で、何らそれが障害になる事は無い。

 何よりも、ナオから離れる事を優先しなければいけなかった。


「ああもうっ! 信じらんない。二回も泣き顔見られるなんて、とんだ醜態だわ」


 途切れ途切れの息。それでも、その足が止まる事は無い。


「大体ナオ……タイミング悪過ぎなのよ。印刷室といい……今といい……ってか、なんで今居るのよ。帰る方向違うでしょ!」


 弾む足。その振動に、肩に掛けた荷物が揺れて落ちてくる。

 リンが荷物を肩に掛け直そうとした時


「────リン!」


 ……声がした。

 リンの肩がビクリと大きく震える。

 そもそも駆け足と自転車なのだ。逃げられるはずが無い。

 リンが、ナオに向かって叫んだ。


「なんで、追いかけてくるのよおっ!」

「なんで……って。お前が逃げるからだろ!」

「だって……タイミング悪いんだもん!……バカ」

「バカって……。何の話だよ!」


 ナオが自転車の速度を上げ、リンの横をすり抜ける。そのまま、リンの行く手を阻むように自転車を横に停めた。

 道を塞がれたリンは、立ち止まるしかない。


「……っ……」

「……大丈夫か」


 胸元をギュウと握り締めながら、肩で大きく呼吸をするリン。

 ナオはリンを気遣うように声を掛けながら近寄った。

 リンは荷物を足元に落とすと、両膝に手を当てて、何度も大きな呼吸を繰り返す。

 ナオは、リンを見守りながらも静かに問い掛けを。


「……なんで逃げたんだよ」

「…………」

「泣き顔見たからか?」

「……っ!……」


 その言葉に、リンは弾かれたように顔を上げる。

 ナオは静かに息を吐いた。


「……良いだろ別にその位……。なんで泣いてたのかは、知らないけど」

「だって……みっともない所……見られたくない」


 呼吸が落ち着いて来たのか、リンの声が返ってくる。

 リンは大きく深呼吸をした後、足元の荷物を肩に掛け直した。

 ナオは、その言葉に首を傾げる。


「別に、みっともないとか思わない。なんでそんな事……おい!」


 リンは、表情を隠すように俯きながら歩き出す。

 そのままナオの横を素通りしようとして……ナオに捕まった。

 リンがナオを見上げる。


「──!──」


 ナオは、驚いたようにリンをまじまじと見つめた。

 何かを押し殺すようなリンの表情……。

 再び涙が溢れていた。


「────リン」

「…………っ………」


 リンは、何かを言おうとして、言葉に詰まる。そのまま、迷うように瞳が彷徨った。

 やがて……ナオを再び見つめ


「……ナオが……好き」

「……え?……」


 その言葉に、ナオの表情が止まった。

 戸惑うようなナオのその表情を、眼差しに映したリンは……悲しげに視線を逸らす。


「……ごめん……分かってる。……忘れて」


 震える声でそう告げると、再び歩き出す。


「──リン」

「文化祭終わったら……引退だし。クラス違うから……もう会わない」

「…………」


 ナオの声に、リンは立ち止まるけれど……もう振り返りはしなかった。


「今までずっと……迷惑ばかりかけてごめんね。───さよなら」


 その言葉を合図に、再びリンは駆け出した。

 ナオは立ち止まったまま動けない。徐々に小さくなるリンの背中を見つめ……。


「──っ! 違う!」


 駆け出した。

 リンの背中を追いかける。

 大きな歩幅……徐々に近くなるその距離……その背中に再び声を。


「リン!」


 その名を強く──強く呼ぶ。

 その声に、リンの足が止まった。

 振り返る……酷く驚いたようにナオを見た。


「え……何……?」


 程なくして、ナオがリンの元へと辿り着く。

 ナオは、すぐさまリンの腕を捕まえた。けれど、言葉を出す事が出来ない。

 荒い呼吸……何度も大きく息を吐いた。


「違うんだ……」

「え……と。……何が? てか、大丈夫……?」


 今度は、リンがナオを気遣うように声を掛ける。

 リンは、ナオがどうして追いかけて来たのか理解出来ないでいた。

 混乱したまま、言葉はたどたどしく告げられる。

 ナオが、捕まえたリンの腕を強く握った。


「いた……っ……」


 リンの表情が歪む。けれど、ナオはその力を緩めない。


「リン……俺も……」

「……え?……」

「俺も、リンの事が好きだから」

「──!──」


 刹那──。

 その言葉に、大きく弾かれたように……リンはナオを見上げた。


「何言ってるの……?」

「……え?……」


 リンは、震える声で問い掛けを。

 やがて、泣き出しそうな表情で大きく首を振った。


「リン?」

「駄目だよナオ。そんなの……そんなの優しさじゃない。もう……私の事は放っておいて」

「ちがっ……。リン!」

「離して!」


 リンは、ナオに捕まった腕を振りほどこうと、大きく身体を動かした。

 ナオは、強引にその腕を引き寄せる。

 バランスを崩し、ナオへと倒れ込むリン。

 肩に掛けていたリンの荷物が地面へと落ちる。

 ナオはリンの身体を抱き寄せ……その唇に自分の唇を重ねた。


 街灯が淡く照らすその場所で、二つのシルエットが一つに重なる────。


「…………好きでもない奴にキス出来るほど、俺は優しくないからな」


 リンの唇を開放した後、ナオが最初に告げたのはそれ。

 リンは、驚いたまま身体を動かせずにいた。


「…………嘘……」

「なんで嘘なんだよ。まだ信じられないのか」

「だって……さっき……」

「……ごめん。まさか告白されるなんて思ってなかったから……ビックリした」

「…………」

「傷つけた……。ごめん」


 そう言うと、ナオはリンを抱き締める。


「俺が言おうと思ってたんだ。好きだって……守りたいって」

「……本当なの……?」

「リンを迷惑だなんて思った事は、一度も無い。俺は好きでお前の傍に居るんだ」

「ナオ……」

「これからも、隣に居る。もう会わないなんて言うな」


 強い言葉にも拘らず……ナオの声は、優しくリンの頭上に落ちていく。

 リンの身体に染み込むように……。


「…………うん…………」


 リンは、その言葉に何度も何度もナオの腕の中で頷いていた。





 暫くして二人は、来た道を戻るように歩いていた。

 ナオの自転車を放ったらかしにしてきたからだ。

 走ったからなのか、気持ちが高ぶっているからなのか……火照った体に夜風が心地良かった。


「家まで送る。随分遅くなったから、流石に心配だし」

「でも、それだとナオが更に遅くなっちゃうよ?」

「俺は良いの。自転車だから、少しは早く帰れる」

「……仕方ない。今日は送らせてあげよう」

「……今日は? てか、なんで上からなんだよ」


 いつもと変わらないような他愛のない会話。

 なのに、言葉の一つ一つが甘く響く。

 夜の冷たい空気に包まれながらも、二人はその場所で柔らかな温もりを感じていた。


「まあ、良いけど。…………ほら」


 ナオが、リンに手を差し出した。

 その表情が仄かに赤いのは、気のせいではないだろう。


「ん……」


 リンも、頬を染めながらゆっくりとその手に自身の手を重ねた──。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ