その10
生暖かい液体が掌を包み込む。
赤くて血なま臭いのに何とも感じない。
気持ち悪くて気持ち悪くて吐き気を昨日まで感じていたのにだ。
一日程度で慣れるなんてあり得ない。
……これも彼女の影響が物語っている証拠か。
『アガ……アガガ……』
致命傷とはいかぬも肩に風穴だ。
もう奴は戦えない。
戦えても勝機はない。
自慢の腕をやられた時点で俺の勝ちなのだ。
二つの腕でやっと互角の組み合いができる技量で一つの腕で立ち回れるはずがない。
「……命のやり取りなんだ。 すまないな」
肩に突き刺さった岩の剣を引き抜き首に切っ先を当てる。
抵抗することもなく……死を覚悟したらしい。
力いっぱい横一線に振るえば首は跳ねれる。
それで終わりだ。
決闘モンスターとしてふさわしい最後を迎えてくれ。
敬意を込めて痛まないよう切断してやる。
岩の剣を天にかざして遠心力を利用し首筋を狙うと洞窟内に鳴き声が響いた。
急速に腕を止めて鳴き声の元を辿るとデュアルの子供が泣いていた。
「子持ちなのか」
泣いているモンスター子がいて無抵抗のデュアルの首を跳ねるのか。
否、そこまでしなくてもいい。
俺の目的はデュアルを殺すとこではない。
前任者に頼まれた四つの素材の一つ、デュアルの爪を調達したいだけだ。
ギルドにも討伐した証として爪を提示すれば頷くだろう。
持った武器を足元に突き刺し戦闘をしないとアピールするとデュアルは睨んでくる。
『ナゼ……トドメヲ……ササナイ?』
「戦闘前に言ったろ。 お前さんの素材が欲しいだけだと。 命を奪うのが目的じゃない」
どうも分からない、理解しかねると俯きながら首を振る。
狩るか狩られるかの世界しか体験してないお前には到底分からないだろ。
人間の情ってやつだ。
『ナニヲ……モトメル?』
「両爪をくれ。 他は入らない」
『ショウチ……シタ』
倒れた状態から立ち上がり爪と爪を間に通すと九十度に捻りへし折った。
地面に転げ落ち朱色が付いまま鉤爪が残る。
六個のうち三個はブロック化に変えて残りは件上品として持ち帰る。
無駄な殺生はせず気分がいい。
「俺の要件は済んだ。 じゃあな」
『マテ……ニンゲン。 ワレト……ケイヤク……シナイカ?』
刺し傷を押さえながら契約しないかと提案される。
使役されたいと申し出は嬉しいが今は……。
「有りがたいが遠慮しとくよ」
『ニンゲン……ミノガシテクレタ。 ……ワレハ……チカラニ……ナリタイ。 ……ドウカ……ケイヤク……シテクレ』
「お前さんの気持ちは確かに受け取った。 だけど今は必要としない。 もしも力が必要ならその時に頼るからさ。 すまないな」
『……グポポ……リョウカイ……シタ』
どこか後ろ姿が寂しげに見えたがお前と契約するわけにはいかない理由がある。
深手を負っていて攻守となる鉤爪もない。
なにより子供がいるのに戦地に行かせれない。
クエストを達成すれば大国に喧嘩を売りに行くのだ。
デュアルと云えど生きて帰れる保証はない。
だからこそ契約はしなかった。
せっかくの命を大事にしてくれよ。
「はぁ、帰宅したらトルカの魔法を貰うかどうしよう……超絶難関クエストだよ」
出口に向かいながらそう呟いていた。
デュアルとの死闘よりトルカの魔法を頂くのが俺にとっては辛すぎる。
恥ずかしいのと蔑まされるのダブルパンチを味わうなんて嫌でしょうがない。
気が重いたらあらしないぞ。
「くそー、風呂入りたくて仕方ないな」
頭は痒いし、手はべっとりと血まみれ、身体は汗と血が混ざって最悪だ。
町に帰ったらガッポリと報酬は貰える。
少しは贅沢して露天風呂とかあれば満喫したい。
トルカにリーネもそれくらいの融通は利かせてくれるだろう。
英気を養うってことで身体を癒したい。
「すー、はー。 外の空気は美味しい」
洞穴に入ってそれほど時間は経っていないものの張り詰めた空気は美味しくない。
しがらみに解放された気分で心地よい。
早速、馬車小屋で休憩をしているガイドをお越しにいく。
小屋の垂れ幕を払いのけると起きていたようだ。
それも唖然としていた。
まあ、無傷で一時間もせずに帰還すれば一つのリアクションしてもおかしくない。
「町へ送ってくれるかい?」
「ははははい!」
殺気とか脅したつもりはなかったけどガチガチに震えて恐れていた。
人間が最高峰のモンスターを討伐したとなれば異常なのか、はたまた狩れること事態が化物なのかどちらなんだろ。
……どっちでもいいか。
帰ったらまず風呂だ。
その後、案内人は一度も会話をしてくれず虚しい馬車の旅を送っていた。




