65.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
アリスたち対ルイーズたち貴族チーム。その戦いで、桃子、セレナ、俊宇、アダンの四人は勝利を収めていた。一方で、先陣を切ってきたジョージ・クラークとユーゴの戦いは長丁場に突入していて……。
「——クラーク、まだやるのか?」
床に這いつくばるジョージを見おろし、ユーゴは肩をすくめた。
ユーゴには傷一つ無いが、相手のジョージは切り傷だらけだった。短剣も折れ、床に片膝をつく彼は肩で息をしている。
ジョージは確かに貴族だ。だが、腕っぷしが強いわけではない。むしろ、今までは過保護な両親と召使たちに囲まれて育ち、まともに戦闘訓練すら積んだことが無かった。それでも、短剣を手にユーゴに戦いを挑んだのは、アゴーナスで目立つためだ。「俺、天才だからすぐ強くなるでしょ」と高をくくり、一か月前からばあや相手に戦いの練習を始めたのだが……。
幼少期から剣を習う保安課員には、さすがに敵わなかった。
ユーゴは三つの時に両親を流行り病で亡くし、それからは王宮で育てられてきた。
両親とも魔法使いだったので、六つの時には魔力を発現した。しかし、それだけで魔術師になれるわけではない。王宮に育ててもらったとしてもだ。
魔術師養成課程に入る子供の八割は、魔術師の子供だ。魔法使いの子供がそこに入るには、魔術師の子供以上の努力が必要となる。
とはいえ、魔術は血筋がものを言うので、今更どうすることもできない。そこでユーゴは、魔術のセンス以外で他に勝てば良い、と考えた。つまり、学力と戦闘能力。それでも、魔力レベルを上げるための修行は行ったけれど。
そこで、ユーゴは保安部に赴いて、保安部長に「剣の稽古をつけてください!」と直談判しに行った。保安課長は「子供だから」と渋い顔をしていたが、部長は笑顔で快諾。魔術師になったら保安課員になることを条件に、剣を教わった。
それから、魔術師たちの研究。現役の魔術師たちを捕まえては、勉強を教えてもらったり、立ち回りを教えてもらったり。意外にも、千夜族の先輩たちが親身に勉強を教えてくれた。他には、ラファエルやパウラたち。見つけることが出来れば、ルーカスも。
対照的な両者の間には大きな実力の差があり、桃子とソニヤよりも早い、三分未満で勝負はほぼついていた。それでもまだ、ジョージがユーゴの前にいるのは、ユーゴが止めを刺さず、降参するように言ってもジョージがそれをしないから、だった。
「俺にも、貴族としてのプライドがある」
ヨロヨロと立ち上がったジョージは、折れた短剣を握る手に力を入れ直した。
「俺が負ければ、領民たちの不安を煽ることになる。簡単に降参は出来ない」
「……じゃあ、なんでフレースたちといるんだよ。株が下がるだけだぞ」
前から思ってはいたが、ジョージはルイーズたちと根が違っているようだ。平民を見下すルイーズたちと違い、彼は平民を「守るべき領民」と捉え、見下すようなことはしない。
だからと言って、彼はセレナを助けるようなことはしなかった。
「……フレース家には、多額の支援をしていただいてる」
「貴族も、大変なんだな」
クラークの領地は、紡績業で成り立っている。質の良いシルクは、貴族や王族のドレス等に重宝されているのだが、昨年の厳しすぎる寒さに冬を乗り越えられなかった蚕が続出し、経営が傾いた。それを支援してくれているのが、フレース家だった。
家は何とか持ち直したが、これ以上、領民の不安を煽るわけにはいかない。
彼の立場が分かるから、ユーゴは尚更、止めを刺せずにいた。ヒューとクレアからも言われるし、保安課の先輩たちにも言われる、ユーゴの短所。
優しすぎる。
感情移入してしまえば、どうしても止めが刺せなくなる。中には、感情を揺さぶってくる魔物もいる。そう言った魔物たちは、止めを刺さず、逃がそうとした魔術師を殺す。だから、ヒューたちはユーゴに優しすぎる所を直すよう、言ってきた。
優しいのは良いことだ。しかし、だからと言って魔物や犯罪者をかくまっていては、何の解決にも繋がらない。
「クラーク。お前の立場はよくわかるよ。だからこそ、早く降参してくれないかな。今なら、お前が降参しても誰も責めないし、領民たちも不安に思うことはないと思う」
「だから……」
「フレースたちと違って、お前は一度も俺を『平民』呼ばわりしなかった。見下さなかった。俺は平民なのに、貴族のお前を呼び捨てにして、敬語も使わずに話してるのに、無礼だ何だって言わなかった。それって、平民の俺からしたら凄いことだ。俺がお前の領民なら、安心する。『自分の未来の領主は、すごく心の大きな人だ』って」
「……まじで?」
「うん。まあ、確かにお前は甘やかされて育ったんだなって、すぐ分かったけど。構えからしておかしかったし。でも、お前の気持ちはよく伝わったよ」
「そうか……」
俯いて体を振るえさせたジョージに背を向け、ユーゴは剣を鞘に納めた。
だが、その瞬間にジョージは折れた短剣を振りかざし、ユーゴに向かって走り出した。彼が止めを刺してこないのは計算内だ。あとは、油断したところを狙えばいい。そうすれば、この戦力差でも勝機は見える。
「バーカ! 油断しただろ! 降参するよー!」
——今、自分は何て言った?
思わず足が止まり、ジョージは今自分が言った言葉をもう一度頭の中で再生した。
『バーカ! 油断しただろ! 降参するよー!』
「え、俺……。え?」
「だから、さっさと降参しろって言っただろ」
振り返ったユーゴは、ニヤニヤ笑っていた。彼の瞳は不思議な光を放っている。
「俺の家系特性、凄いだろ」
「は? え? 何、え?」
「解説してやるよ。お前の頭の中に、『降参する』って何度も語り掛けておいたんだ。人は、頭で文を組み立ててから口に出すだろ? よく、別のこと考えながら話をしていたら、間違えて返答しちゃったー、なんて話があるじゃんか。それ」
混乱しているジョージは、「なんだよ、それ!」と声を荒あげた。
「降参するってば! え、あ、違くて! あー、うるさい!」
「あーあ。さっき降参しておけば、せこいのがバレずに済んだのに」
「あぁーっ! 降参する! えぁ? だから、えと、あ……」
頭を抱えながら消えたジョージが最後に見たのは、こちらに向かって舌を出すユーゴの顔だった。
魔術師がしてはいけないような、悪い顔で笑っていた。
***
ルイーズの攻撃魔術を避けながら、アリスは思わず舌打ちを漏らした。
アリス自身の戦闘能力はゼロに等しい。だからこそ、いつもみんなと一緒に行動することでその欠点を補ってきた。
それなのに、みんなとバラバラにされた。これでは、アリスは防戦一方だ。それに、ここでアリスに勝つことはルイーズにとって大事なことになる。
アリスに、正攻法で仕返しが出来る。
これでアリスを攻撃しても、これは競技だから先生たちも彼女を責められない。何より、アリスの無力さを世界にさらす良いチャンスだ。
しかし、ルイーズは、どうやらアリスに攻撃をすべて避けられて苛立っているようだった。舌打ちに、体の周りで静電気が弾けている。それに、スラングまで。これが全て放送されていることを忘れているようだ。
それならば——。
「アンタ、お嬢様やめた方がいいんじゃないの?」
「はあ?」
ルイーズの攻撃魔術が収まり、アリスは内心ニヤリと笑った。
「貴族を履き違えているようにしか見えないんだけど」
「黙れ、この平民が! アンタに何が分かんのよ! 腐った別世界出身のクセに!」
ルイーズはこれまでより出力を上げて攻撃魔術を飛ばしてきた。
『魔術は想像力』
パウラのその言葉を思い出し、アリスはその魔力の塊を簡単に片手で払った。
壁に当たった攻撃魔術は術者であるルイーズに向かったが、同じ手は食らわないとでも言うように、自分に当たる直前でルイーズはその術に同じだけの出力の魔力を当てて、相殺してしまった。
ルイーズはニヤリと笑うが、生憎とアリスの狙いはそこではない。
「アンタ、よく平民のこと見下してるよね。『平民が!』、『平民風情が!』って。まあ、取り巻きのアメリたちもだけど」
「当たり前でしょ? いい、生まれた瞬間にどっちが上で、どっちが下かは決まってるの。私は勝ち組、アンタは負け組ってね」
「公爵より下だけどね」
「うるさい、平民! なに、平民のクセに私に説教しようっての!?」
「そうだよ、ありがたく聞いときな」
腕を組み、アリスは真っ直ぐにルイーズを見据えた。
「平民がいないと何もできない、クソ貴族」
「はああっ!?」
「お偉いフレース家なら、きっと広大な土地を持っているんだろうなぁ」
「当たり前でしょ! 何言ってんの!? うちの領土は小麦の生産量が国内トップに入るんだから!」
「じゃあ、その小麦はアンタが育ててるんだ。へえ」
「アンタ、バカ? なんで私がそんなことしないといけないのよ! そんな泥臭い仕事、平民の仕事でしょうが!」
「バカはアンタだよ。脳ミソ腐ってんの? 今のフレース家の栄光が、アンタが嫌う平民のおかげで成り立ってるの、なんで分かんないわけ? 平民が小麦を育ててフレース家に納めてくれてるから、そうやって胸張れるんでしょうが。アンタの所の領民たちが一斉にスト起こしたら、アンタの所もやって行けないでしょ。それが証拠なんじゃないの?」
これにはルイーズも言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にして震えだした。
アリスがこんなに言葉を悪くしているのには、理由がある。一番は、散々ルイーズに「平民」と下卑され、腹立たしく思っていたこと。
二つ目は、両親に昔から口酸っぱく言いつけられているから。物心つく頃には、「人を見下すような人間にだけはなるな」と言われていた。
「平民のクセに、生意気……!」
ついにルイーズは魔術ではなく、直にアリスに乗り掛かるようにして胸倉をつかんできた。もちろん、アリスは勢いよく床にたたきつけられる。
「化け物の子供のクセに!」
「……は?」
今度は、アリスにも煽りが効いてしまった。
「ヘレナは化け物でしょうが! アイツがフォティアの王宮に出てから、魔物が湧いてきて、世界がおかしくなった! 全部、ヘレナのせいだ!」
「違う!」
何があったのかは、アリスには簡単にしか分からない。ただ、これだけは言いたい。
ルイーズを跳ね除け、立ち上がったアリスは肩で息をしながら、ルイーズのことを涙が浮かんだ目で思い切り睨みつけた。
「私、人間のそういう所が嫌い。大っ嫌い! いつもは英雄だって祀り上げてるくせに、こういう時だけ化け物扱い? だったら、私なんてさっさと殺しておけばいい! ヘレナがおかしくなったあの時に、私を殺しておけばよかったのに! 私は化け物の子供なんでしょ?なら、同じ化け物になるかもしれないね。ほら、魔術師様。目の前に化け物の子供がいるよ、殺しなよ。ほら、早く!」
フラフラと近づいて来るアリスに恐怖を覚えたのか、ルイーズはハッとして、真っ青な顔で後退りを始めた。首を左右に振りながら、かすれた声で「助けて」と仲間を呼ぶ。だが、今は自分の作戦のせいで独りぼっち。誰も助けには来てくれない。
これはこれで、いい眺めだ。
アリスの心で、黒い部分がそう言って笑った。
「なによ、急に……。そ、それに、アンタのおじい様とリーダーは、公爵家の人間じゃない。ブーメランになってるの、分かってないの?」
「なぁんだ、立場が良く分かってるじゃん」
笑顔でルイーズの前に立ち、彼女の頭を撫でたアリスは口角だけを上げて見せた。
「なら、これからは私たちの言うこと全部聞けよ、侯爵風情が」
「あっ……」
「——なんて、言うとでも思った? 私はそんなことしないから。アンタと同じにはなりたくないしね。ほら、続きやるの、やらないの? やらないなら、さっさと宝箱を渡してくれない? 嫌いな人とは、一呼吸分も一緒にいたくないんだけど」
「——っ! 続き、してやるわよ!」
アリスを突き飛ばして立ちあがったルイーズは、瞳に不思議な光を灯した。
家系特性を使う合図だ。
アリスはとっさに後ろに下がって、ルイーズの攻撃に備えた。
ルイーズの家系特性は、確か……。
「アリー」
その声に、アリスは勢いよく振り向いた。そこにいたのは、母。しかし、アンではない。
乱れた金髪に、空のような青い瞳。アエラスの制服を着た、美しい女性。写真と夢の中でしか、その姿を見たことは無かった。
「ヘレナ、おばさ……」
お読みいただきありがとうございました!




