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66.

〈注意事項〉


※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。

※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。


〈あらすじ〉

 ジョージ対ユーゴの戦いでも、見事ユーゴが勝利を収めた。そして、ルイーズとの戦いで現れたのは、なんと実母であるヘレナ! 幻影であるはずのヘレナなのだが、何かがおかしくて……。

「ヘレナ、おばさ……」


 分かっている。これは、ルイーズの家系特性だ。


 フレース家の家系特性『幻影』。術者が設定した場面を、被術者の記憶の中から取り出して具現化する。


 今、目の前にいるヘレナの状態を見るに、ルイーズはアリスにとってのトラウマか何かを引き出そうとしたのだろう。


 だって、目の前のヘレナは、夢で見たルイスを襲っていた時のヘレナだ。それに、いつの間にか立っている場所は、あのプラネタリウムのような場所に変わっている。


 チラリとルイーズを見ると、彼女も顔を真っ青にして動けなくなっていた。まさか、ここでヘレナが登場するとは思っていなかったのだろう。


 ヘレナの冷たい手が頬に触れ、アリスはハッとして顔をあげた。


「アリーは、ママのこと大好きだもんね。ママの所に、帰ってきてくれるでしょ?」


「え、あ……」


「また、家族みんなで暮らしましょ。ママと、パパと、お兄ちゃんと、アリーと、四人で。そう言えば、もうすぐアリーのお誕生日だねぇ。パパにケーキを焼いてもらいましょうね。もう三歳かぁ、早いなぁ。ねえ、アリー?」


 アリスに微笑んだヘレナの目は、いつの間にか真っ赤に染まっていた。しかも、アダンのような綺麗な赤ではない。血のような、暗い赤。何か、底なし沼のようなところに吸い込まれてしまいそうな……。


 アリスの体から力が抜けかけた瞬間、後ろに勢いよく引っ張られてアリスはハッとした。


「フレース! 早く術を解け!」


 アリスの肩を引っ張ったユーゴの声に、ルイーズもハッとしたように術を解いた。


 しかし、なぜかヘレナは消えない。場所は、確かにアエラス王宮に戻っているのに。


「アリスちゃん、大丈夫!?」


「あ、桃子……。みんなも……」


 どうやら、みんなアリスに加勢しようと来てくれたらしい。だが、思っていた以上に悪いこの状況に、みんなの間にも緊張が走った。


「ルイーズ、早く術を解いてってば! さすがに意地悪すぎるわよ!」


「解いたわよ!」ルイーズはセレナに怒鳴った。「消えないのよ……! なんで? もしかして、ヘレナの呪い……!?」


「バカなこと言わない! 確かに、これは幻術だよ。魂を感じない」


 桃子はヘレナを睨み、そう断言した。俊宇もそれに頷いた。


「……ただ、黒魔術は感じる」


「うん。めちゃくちゃ強い黒魔術だ」


 アダンは精霊たちを呼び出し、弓を構えた。


「黒魔術の塊だね。ルイーズってば、黒魔術はやばいよ。即牢獄行きだよ?」


「違うわよ! 私はただ、その子の一番怖い思い出を引き出しただけで……!」


 それはそれで意地悪な話だが、あえてアリスたちはそれには触れなかった。


 今一番にすべきは、このヘレナを消すことだ。


「誰? あなたたちも、私から大事なものを奪うのね」


 顔をあげたヘレナの頬には、あの黒い手。


 ルイスから片足の自由を奪った、あの手だ。


「みんな、私から大切なものを奪うの。お父様とお母様も、おばあ様とおじい様も、カイルも、レオも、アリスも。私の宝物。私も家族と平和に暮らしたい。どうして、そんなささやかな願いすら奪って行くの? ねえ、返してよ。私の家族を返して。まずは、その子を返しなさい。私の娘を返しなさい……!」


「みんな、逃げて!」


 ヘレナからあの黒い手が触手のように伸びて来て、アリスたちは一目散に逃げだした。


 しかし、ルイーズは恐怖のあまり動けないでいるようだ。だから、アリスは迷うことなく彼女の手を取って走り出した。


「何してんの! 殺されるよ!」


「足、力が入らなくて……!」


「それでも走る! 死にたいの!?」


 黒い手は、どんなに逃げても追ってくる。しかも、逃げた先にヘレナが現れた。


「逃がさない……!」


 ——終わった。


 瞬間的にそう感じた。走馬灯が脳裏を駆け巡る。


 ——死ぬのなら、みんなに抱きしめてもらってからが良かった……。


 黒い手たちの攻撃に、ぎゅっと固く目をつむった瞬間だった。アリスたちは急に平衡感覚を無くし、フカフカのクッションの上に落っこちた。眼を開けると、そこには心配そうな兄たちの姿。


「……お兄ちゃん」


「アリス! 怪我は!?」


 皓然に肩を掴まれ、アリスは呆然としながら「ない」と端的に答えた。


 呑気にパウラを探して、すぐ近くでアダンを抱きしめているのを見つけた。いつもアダンに厳しいのは、弟のように思っているからのようだ。


 アダンも泣きながら抱きしめ返しているということは、彼もパウラを姉のように思っているのだろう。本当に仲が良い。


 そんなことを思っていたら、レオに強く抱きしめられた。


 助かった。


 それを理解した瞬間、アリスも涙が止まらなくなった。


 ヒューやニャットたちも来ていて、彼らもそれぞれのチームメイトたちが無事であることを喜んだ。


「待って!」アリスは顔をあげてレオを見つめた。「ヘレナおばさんは!? 何とかしないと!」


「大丈夫。先生たちが何とかしてくれる。ほら」


 レオが指さした先には、ダリアやアドワ、メアリーを始めとする上級魔術師たちがヘレナを取り囲んでいる映像が流れていた。しかも、アエラスだけでなく他国の上級魔術師まで。


 ヘレナの幻は、上級魔術師たちが作り出した白い魔法陣に吸い込まれていった。最後まで、必死に「子供たちを返せ!」と訴えながら。


「……おかあさん」


 映像を見ながら、アリスはポツリとその一言をこぼした。


 ルイーズは、アリスの中で一番恐怖を覚えた記憶を引き出した。それが、実の母親だった。


 あの時、一体アリスは何のためにヘレナの元へ行ったのだろう。


 どうして、レオとアンはいなかったのだろう。


 ヘレナのことも、自分のことも、まだまだ謎だらけだ。


「——よく、ご無事で」


 急に降ってきたダリアの声に、アリスたちは一斉に飛び上がった。さっきまで、ヘレナの幻術を消していたのに!


 そう思って映像に目を移すが、そこには誰もいなかった。代わりに、目の前にはダリアと上級魔術師たちがいる。


「本来は、あなた方の足で来てほしかったのですが……。あの状況下でそれを求めるのは酷というもの。特別ですよ。さあ、探し物は見つかりましたか?」


 その言葉に、ハッとしたアダンと桃子はそれぞれ鍵と宝箱を取り出した。


「アリス・ランフォード、ユーゴ・プィチ、セレナ・リラ・コルデーロ、李俊宇、斎桃子、アダン・トゥータン。あなた方六人のミッションクリアを、ここに宣言します。六名全員に、二百ポイントを」


 その瞬間、会場中に割れんばかりの拍手が起こった。


 アリスたちは顔を見合わせて、抱き合って喜んだ。最後のヘレナには生きた心地がしなかったのもあって、ポイントを貰ったことよりも生きて帰って来れたことを喜んだ。


 その様子を見ていたルイーズに、ダリアは静かに声をかけた。


「今、あなたの周りに誰もいないことが、周りからのあなたへの評価です。あなたには、色々とお話を伺わなければならないようです。特に、さっきのヘレナについて」


 誰にも迎えに来てもらえなかったルイーズは、静かに首を縦に振った。


 ***


「……呑気なもんだなぁ」


 アリスの元を訪れたラファエルは、パウラの膝で熟睡しているアリスを見て薄く笑った。


 上級の先生たちのフォローに駆り出されていた上級見習いたちが、アリスたちを視聴覚室に瞬間移動して助けたのだ。やっと後始末も終えて帰って来たのに、妹は夢の中。


「パウラ、足がしびれてきただろ。代わるよ」


 アリスを抱き上げたラファエルは、そのままパウラの隣、アリスの席に腰を下ろした。


「兄ちゃん。またそんな子ども扱いしたら、アリスが怒るよ?」


「今回は特別だろ」


 その回答にレオは肩をすくめ、アダンに肩を貸す皓然は小さく笑った。


 そこに、牡丹がやってきた。今日は、二メートルはありそうな大きい白虎も一緒だ。


「……ラファ。いくら妹とはいえ、年頃の女の子にそんなことしてたら、いよいよセクハラで訴えられるわよ」


「アリーはそんなことしないね」


「どうかしら」


「そうだよ。で、何しに来たんだよ」


「いくら待っても来ないから、怪我の治療をしに来たの。それにしても、よほど疲れたのね。桃ちゃんたちも、みんなお昼寝中だったわ」


 牡丹はそう言って、アリスとアダンの怪我の具合を確認した。二人とも、掠り傷と擦り傷だらけだったが、俊宇のような打撲や、桃子のような軽い魔力不足にはなっていなかった。


「白夜、お願いね」


 白虎は頷くと、小さく吠えた。すると、その声に驚いて目を覚ましたアリスとアダンに優しい緑色の光が降り注いだ。光が触れると、二人の傷はどんどん消えていく。


「おはよう、二人とも。気分はどう?」


「ホワイトタイガー……」


「私の使い魔で、白夜って言うの。今、この子の特性で傷を治したからね」


 その言葉に二人は体中を見回し、傷が消えているのを確認して牡丹と白夜にお礼をした。


「——って、ラファお兄ちゃん!?」


 ラファエルの膝に座っていることに気付いたアリスは、顔を真っ赤にして立ちあがった。ラファエルはショックを受けているようだが、公衆の面前で兄に抱っこされるような年ではない。


「アリー……?」


「あ、いや……! お兄ちゃんが嫌ってわけじゃないんだよ? 嫌なわけじゃなくって……!」


「——ほら。やっぱり、お前の一方的な愛なんだよ」


 その声にパウラはピシッと固まり、レオたちは驚きの声をあげた。


 アリスは、目の前に現れた高身長イケメンが誰なのか分からず、ポカンとしていた。


「珍しいじゃない、ローガン」


 腕を組み、牡丹は一瞬だけパウラに視線を向けた。


「アンタが、こっちに来るなんて」


「俺ら貴族に重要なことを思い出させてくれたから、お礼をしに来ただけだよ」


 そう言って、ローガンはアリスの唇に飴玉を押し当ててきた。反射的にそれを口に含んだアリスは、やはりキョトンとしてこの人を見つめた。


 艶やかな栗色の髪、引き込まれそうな緑色の瞳。何よりこの、少し不思議な雰囲気。よく知っているような……。


「初めまして、アリス・ランフォード。ローガン・ツヴィングリだ。エキシビションの時は、とても良いお説教をしてくれたね。心から感謝するよ」


「ツヴィングリ?」


 ということは、この人がパウラと仲が悪いと噂の兄だ。言われてみれば、髪と瞳の色や、話し方がそっくりだ。違いと言えば、無表情で、話し方に抑揚がない。だが、話しに聞いていたような悪い人には見えない。


「アダンも、口開けろ」


 ローガンは、おずおずと開いたアダンの口にも飴玉を落とした。


「俺の魔力を練りこんである。これ一つで、十分魔力は回復するだろ。……おい、愚妹」


 アリスたちとは違って、ローガンはパウラの頬に飴玉がたくさん入った瓶を押し付けた。


「これがお前の分だ。一粒一粒、感謝しながら食え」


「……ありがとうございます、ローガン兄様」


 丁寧な言葉遣いと違い、パウラはひったくるように瓶を受け取った。それに、見たこともないほど冷たい瞳で、ローガンを睨んでいる。


「アリスに嫌味を言う為だけに、いらしたんですか」


「まさか。ダリア先生の指示だ。ヘレナの幻影から逃げていた一年生たちに、魔力を分けてやれってさ。そうでなきゃ、お前の顔を見ずに済んだのにな」


「なら、私たちに魔力を分けるのもお止めになられては?」


 パウラは瓶を強く握りしめた。


「私たちのことを、家族だと思ったことなど無いでしょう」


「無いな。文句を言うなら、早く自分で魔力を回復できるようになれ。こっちだって忙しいんだ、迷惑かけんな。お前らが魔力不足なんかで死んだら、またツヴィングリの名が汚れる」


 つまり、この生物学上の兄は家名を守るためだけに、こうして魔力を分けている。そんなものを受け取りたくはないが、受け取らなければパウラたちは魔力不足ですぐ死んでしまうだろう。


 失った魔力を回復する一番良い方法は、自分で魔力を取り込むことだ。自然呼吸が出来ている状態。


 それが難しい時は、他人から魔力を分けてもらう。人工呼吸器が繋がれているような状態で、これはよほど酷い時に行う。


 パウラとルーカスは、ローガンとは違って、大量の魔力を取り込めないだけでなく、魔力を取り込む力も弱い。だから、こうしてローガンの魔力が練りこまれた食べ物で魔力不足にならないようにする。皓然たちからもらっても良いのだが、一番取り込みやすいのが本人の親兄妹など、近い血縁者の魔力。それに、毎日パウラに魔力を分けていては、みんなが魔力不足になってしまう。


 悔しいが、パウラはローガンのおかげで魔術師として生活できている。ローガンによって繋がれている命だ、言い返すことなど出来ない。


 本当は、ローガンが望むように魔術師を辞めるべきなのだろう。だが、パウラには魔術師を辞められない理由がある。


「——あの」


 言い返せないでいたパウラに代わり、アリスがローガンに声をかけた。


「魔力を分けてくれて、ありがとうございます」


「どういたしまして」


「それと、お節介ついでにもう一つ、説教しても良いですか?」


 レオが慌ててアリスの口を塞いだが、ラファエルがそれを止めた。


「兄ちゃん!」


「アリーの好きにさせてやれ」


「……だそうだ。どうぞ?」


「では。パウラは、とても腕の良い魔術師で、私たちの頼れるリーダーで、大事な仲間で、大好きな友達です。いくらパウラのお兄さんでも、パウラをバカにするなら怒ります」


「怒る?」


 ローガンは小さく鼻で笑い、腰を折ってアリスと視線を合わせた。微笑んではいるが、目は笑っていなかった。


「失礼。それで、どうやって怒るのかな、小さな魔術師さん? さっきみたいに、世界の人々に向かって演説でもするかい?」


「あなたを倒します」


 アリスは真っ直ぐにローガンを見つめた。


「今はまだ、勝てないけど。でも、いつか絶対に、このチームはあなたのチームに勝ちます。そしたら、パウラたちをバカにしないでくれますか?」


「——勝てたらね」


 ローガンはアリスの髪に触れてから、腰を伸ばした。


 急に髪を触られたアリスが不思議に思って髪に触れると、髪に黒いリボンが結びつけられていた。しかも、アエラスの国章が刺繍されている。


「君の願いが叶うことを祈って、プレゼントしてやるよ。陛下からいただいた、特殊な守護魔術が織り込まれたリボンだ。俺らを倒す前に死なれたら、困るからね。それから、髪は束ねていた方が邪魔にならなくて良いよ。謁見式の時みたいにね」


 片手を振って立ち去ったローガンに、「わざわざ、ありがとうございます!」と大きな声で答えてから、アリスはそのリボンを使って髪をまとめた。ローガンに言われたように、髪を一本の三つ編みにして。


「分かっちゃいたけど、律儀だな」


「私はアドバイスをちゃんと受け入れられるの!」


 楽しそうなラファエルに対し、アリスは鼻を鳴らした。ローガンに、まるで小さな子供を相手しているような態度をとられたのが、気に入らない。


「——アリス」


 パウラの声に、アリスはハッとした。自分でローガンに売った喧嘩に、チームのみんなを巻き込んでしまった。


「あ、ごめっ……」


「ありがとう」


 さっきまで怖い顔をしていたのに、今のパウラは本当に嬉しそうに笑っていた。


「いいね。ローガンの泣き面、みんなで拝んでやろう」


「それ、姉さんたちを敵に回すってことですよ?」


 皓然は肩をすくめたが、嫌ではないらしい。姉の牡丹に、挑戦的な目を向けているから。


「好きにしたら? 私はどっかのお兄様方と違って、過干渉はしない主義なの。やりたいことがあるなら、とことんやれば良い」


「えー、俺は嫌だけどなぁ」


 そう言いながらも、ラファエルは楽しそうに笑っていた。


「まあ、とりあえず。お前らが挑戦状を叩きつけてくるの、楽しみに待ってるよ」


「兄ちゃん」


 レオも、ラファエルに笑いかけた。


「首洗って待っとけよ」


「俺、殺されんのか」


「殺さないけど、絶対に忘れられない戦いにするよ!」


 アダンまでそんなことを言うから、ラファエルと牡丹は笑い合った。


「楽しみね。とりあえず、お互いにアゴーナス頑張りましょうね」


 微笑んだ牡丹とラファエルは一瞬顔を見合わせてから、声を揃えた。


「“ユリア様のご加護があらんことを”」

お読みいただきありがとうございました!

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