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58.

〈注意事項〉


※15歳以上推奨作品です。

※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。


〈あらすじ〉

フェリクスとローズの狼人間兄妹を無事に保護することができたアリスたち。しかし、アリスたちが予想もしていなかったような問題が発生していた……。

 マルタン兄妹が王宮に帰ってきてから、三日が経った。


 行方不明だったこの兄妹が見つかったことを喜ぶ人が、九割を占めていた。狼人間の子供だろうが、兄妹が英雄であるグレースとアンリの子供であることは間違いないからだ。


 残り一割は、この兄妹を嫌っていた。特に、王宮から追い出そうとしていた貴族たち。彼女らは保釈金を払って、牢からはすぐに出ていた。捕まりはしたが、幼い兄妹が親も無しに生き残れるわけがないので、戻ってくることは無いと思い込んでいた。


それなのに、あの兄妹は戻ってきた。だから、彼らは兄妹からの復讐を警戒していた。もちろん、魔術師にするだなんて、とんでもないこと、この上ない。


 そんな彼女らにとって、「ローズが人間の姿に戻れない」というニュースは喜ばしかった。


「——なんと、まあ。アンリにそっくりで」


 白いシャツにチノパンという簡素な服装のフェリクスを前に、ダリアは小さくそうこぼした。


 やはり、フェリクスは超がつくほどの美青年だった。ストレートの長い銀髪に、大人しそうな琥珀色の瞳。すらりと背が高くて、薄い唇。


 童話に出てくる王子様のような彼に、アリスはしばらく目を奪われてしまった。


 無事に退院したパウラとそのチームメイトたちは、ダリアに執務室に呼ばれ、そこで人間姿のフェリクスと再会していた。それから、ポラリスも。やはり、ルーカス自身はこの場にいなかった。


「それで、あなたの妹が人間に戻れない、というのは?」


「言葉通りの意味です、ダリア先生」


 フェリクスはその琥珀色の瞳で、ダリアをじっと見つめた。確かに王宮の人間は信用できないが、ダリアのことは信用している。両親のチームの面倒を見ていた上級魔術師だから。


「人生の半分以上を狼の姿で過ごしたから、人間だった時の自分を思い出せないんですよ。あの子は、自分を狼だと思ってる。だから、人間になれないんです。今だって、俺がいなくて右往左往しているでしょう」


「あなただって、人生の半分以上を狼として過ごしたでしょう」


「俺は時々、人の姿になっていましたから。人間の手の方が、細かい作業が出来ますからね」


「なるほど。では、ローズ・マルタンを人間の姿にするには、どうすれば良いのでしょう」


「あの子に、人間のローズ・マルタンを思い出させるしかないです。前足は手で、後ろ足は足、二足歩行で歩くときのバランスの取り方、体の使い方、それから言葉も。今のあの子は、人間の赤ん坊と同じですよ。多少の記憶はあるみたいですけどね」


 そう言ってフェリクスが示したのが、レオだった。確かに、ローズはレオの姿に反応していた覚えがある。


 金髪が少ないことに、こんな形で感謝することになるとは、思ってもみなかったけれど。


 まずは、そのローズの様子を見ることになり、衛兵に連れてきてもらった。


 口輪を付けられたローズは、衛兵に首輪を引っ張られながら登場した。それも、四人かかりだ。おまけに、魔力の箱の中に入れられているようで、箱から出ようとするローズが当たるたび、壁に魔法陣が浮かび上がっていた。


 そんなローズは、フェリクスを見ると急に大人しくなった。ゆっくりとフェリクスに近づき、この青年の匂いを嗅いで回っている。


「俺の匂いがするのに、見た目が違うから戸惑っているようです」


 ダリアに解説してから、フェリクスは狼の姿に変身した。


 まるで流れるように狼に変身していったフェリクスを見て、アリスとローズが驚きの声をあげた。ローズもフェリクスの変身を見るのが初めてのように、急にその場でウロウロと歩き始めた。


 そんなローズを落ち着かせたフェリクスは、レオに幼い時の写真を取り出させた。


 レオの写真を示されると、ローズはまじまじと写真を見つめ始めた。何分も、ジッと。


 だが、やはりローズにはよく分からなかったようだ。急に写真から目をそらすと、その場に座り込んで目をつむってしまった。


「ダリア先生」


 ローズを見つめながら、パウラは驚くようなことを言い出した。


「ローズ、うちの部屋で預かって良いですか?」


「なぜです?」


「逃げ出してから、ローズはこれまで人間をあまり見ていなかったんだと思います。だから、人間がよく分からないのではないでしょうか。それに、これからこの王宮に住むのなら、人間に慣れさせないと」


 ダリアは長いこと考えてから、「良いでしょう」と決断を下した。


「ですが、その子が襲ってこないと言い切れませんよ」


「フェリクスからローズに教えてもらいます。恐らく、今のローズにとって信じられるのはフェリクスだけです。そのフェリクスが言うことなら、聞くのではないでしょうか」


 それで、フェリクスはローズを起こすと、パウラの提案と、周りの人を襲ってはいけないのだと教えた。


 ローズは最初、大きな声をあげて魔力の壁にぶつかっていたが、やがて大人しくなった。ゆっくりとレオの足元へ移動し、そこに大人しく腰を下ろした。


「納得してくれました。周りの生き物に危害を加えないよう、かなりきつく言い聞かせたので、恐らく襲わないかと」


「恐らく、ですか」


 それはそれで疑念の残る言葉だが、今はその「恐らく」を信じるしかなかった。


 ダリアは、いくつかの注意事項をアリスたちに言いつけた。部屋の外では必ず口輪を付けさせること、部屋には柵を設けてローズに襲われないようにすること、噛まれたらすぐ医務室へ行くこと、授業中はローズを部屋に置いて行くこと、その他諸々。


 周りからの視線を痛いほど受けながら、アリスたちはローズを連れて部屋に戻った。


 ローズは興味深そうに部屋の中をうろうろして回ってから、再びレオの足元に戻り、静かにしていた。

 ダリアが用意してくれた柵は、鉄で出来ていた。それに天井まで付いているから、部屋の中に牢屋が置かれているようだ。


 レオがローズの口輪と首輪を外すと、狼は自ら柵の中に入って奥の方で寝そべった。だが、瞳はアリスたちの方へ向けられている。


「警戒されてますね」


「そりゃそうだ。起きたら知らないところに連れてこられてたんだから。君だって、起きて森の中にいたら、ビックリするし、警戒するだろ」


 どうやら、人間を教える前に、警戒心を解いてもらわないといけないらしい。


 ローズに見つめられながら、アリスたちは自分たちの生活を送ることになった。それでも、なるべくローズに声をかけるように意識をしていた。「おはよう」、「おやすみ」の挨拶はもちろん、「行ってきます」と「ただいま」、今日あったこと、ご飯について。


 数日もすると、ローズはなるべくアリスたちに近い場所に来るようになった。部屋に戻ると、近づいてきてしっぽを振って出迎えてくれる。


 そんなローズのお気に入りが、皓然だった。いつもご飯をくれる彼が帰ってくると、文字通りローズは飛んで行って、取れそうなほど、しっぽをぶんぶんと振っていた。


 さらに数週間が経つと、ローズを柵の外に出しても良いようになった。ローズはアリスやパウラになでてもらったり、勉強中のアダンの教科書を覗き込んだり、皓然にしっぽを振ってご飯をねだったり。かなり心を開いてくれるようになった。シャンプーをされると、柵の奥の方から低い声で唸るけれど。


 対して、アリス自身はとても大変な毎日を送っていた。


 まず、謹慎が解けてルイーズたちが戻ってきたこと。反省の色を示すためなのか、こちらに何かしてくることはない。ただ、渡したプリントを黙ってひったくるように取ったり、何かと睨みつけてきたりすることがあった。


 それから、アゴーナスまであと一か月もない、ということ。魔術実技で召喚した魔物との戦闘訓練は積んでいるし、アリスの魔術も安定してきたが、まだ完璧には程遠かった。


 アリスの防御魔術は、パウラが作ってくれるものと違って、とにかく脆かった。なので、最近は攻撃を受け流したり、跳ね返したりさせるようにしているのだが、強度が無くてそれも出来ないことがある。なので、アリスはまだ自分の家系特性を使ったことがない。まずは一般魔術を使えるようにならなければならないからだ。


 部屋の外にはこんなにも多くのストレス因子がある。アリスはそれをローズに愚痴っていた。返事があるわけではないが、吐き出さなければやっていられない。


 そうこうしているうちに、アゴーナスまで二週間を切ってしまった。毎日のように放課後は魔術実技の授業があり、疲れ切っているアリスは体を引きずるようにして毎日の授業を何とかこなしていた。


 それを見かねて、今日は魔術実技の後にパウラがクレープを買ってくれた。


 それを上機嫌で食べながら歩いていると、ふいに前を歩いていたレオが立ち止まった。


「なに? どうしたの?」


「シオン」


 知らないその名前に、アリスは兄の背からひょいと、前を覗き込んだ。


 セーラー服姿の男の子だ。左目は茶色の前髪に隠されているが、右目は鋭い光がともった鳶色(とびいろ)。胸には、貝殻の形をした階級章。


「久しぶり。この前は悪かったな」


「いいや、依頼なら仕方ないのだよ。……その子が、アリスかね。そっちがアダン」


 鳶色の瞳と目が合い、アリスは慌てて背筋を伸ばした。


「初めまして。アリス・ランフォードです」


「アダン・トゥータン。よろしくね。……アリス、これで口元を拭いて」


 アダンにハンカチを渡され、アリスは慌てて口元を拭ってからシオンに笑いかけた。こういう時は、笑ってごまかすに限る。


 レオたちはやれやれと言いたげだったが、シオンは声をあげて笑い出した。厳しそうな見た目なのに、随分と笑いのツボが浅いらしい。


「シオン・ハイド。ネロの中級だ。よろしく」


 シオンはアリスとアダンの二人と握手を交わし、パウラと皓然の二人とも挨拶を交わした。どうやら、彼は特にレオと皓然と仲が良いらしかった。


 レオたちが話に花を咲かせている間に、アリスは残りのクレープを口の中に放り込んで、アダンに耳打ちした。


「なんで、シオンがいるの?」


「きっと、アゴーナスの先発隊に選ばれたんだよ」


「何それ」


「国が一番力を入れているチームを、他のチームより先に開催国に送り込むんだ。時差とかあるから、体を慣らして最高のパフォーマンスを発揮できるように」


「時差、あるんだ」


「そりゃあね。人間の国は一所に固まってるから、あんまり大きな時差は無いらしいけど」


「ってことは、シオンは凄く強い人ってことだよね」


「そうだね。シオンのチームリーダーは上級見習いで、去年の団体戦の優勝チームなんだ。あと、皓然とレオの仲良しはみんな強いから。まだ、あと二人いる」


「なんで、そんな大物とお兄ちゃんが知り合いなわけ?」


「たまたま、知り合ったんだよ。本当にたまたま。レオ、アゴーナスとテストの時だけ帰って来てたから」


「そうなの?」


 だが、言われてみれば心当たりがある。レオは決まって、夏の初めに二回、冬の終わりに一回、一週間ほど帰ってこない謎の期間があった。ルイスには「狙撃のキャンプスクールに行っている」と説明されていた。もし、ラファエルとガブリエルの所へ行っていると言えば、アリスは絶対に「私も行く!」と言っていただろうから、これが一番アリスを納得させるのに適した理由だろう。


 つまり、レオは帰ってこない一週間の間に、アゴーナスと学期末試験を受けていた、ということになる。別世界の学校でもテストがあるのに、兄はこっちのテストも一緒にこなしていたらしい。


 それを踏まえると、アリスの兄はかなり凄い人なのかもしれない。努力家であることは昔から分かっていたけれど。


「——ん、なに?」


 アリスにジッと見つめられていることに気付いたのだろう。レオはシオンたちと話すのをやめて、アリスを見つめ返した。


 そう言えば、最近アリスは気付いたことがある。レオはみんながいる前ではあまりローズに近づかないが、毎晩、みんなが部屋に戻ってから一人でローズに話しかけている。一昨日の晩、水を飲もうと部屋を出たアリスに聞こえてきたのは、なんてことない昔話だった。


 その穏やかな表情と、優しい声を聞けば、レオにとってローズがただの幼馴染ではない、ということくらい簡単にわかった。


「これ、あげる」


「なんだよ、突然。まあ、ありがとう」


 急に妹から飴玉をもらっただけでも驚いているのに、頭まで撫でられたから、戸惑わずにはいられない。


「だから、なんだってば!」


「お兄ちゃん、偉いね」


「はあ?」


 残念ながらアリスの頭を覗くことができないので、レオは慌ててアリスの手から逃れた。アリスがどういう意図を持ってこの行動に出たのかが分かれば、もう少し妹に撫でられていたのかもしれない。


 しかし、友達に笑われそうになっているレオにとって、これは恥ずかしいことだった。


 困ったことに、レオはイマイチ、アリスの行動が読めないのだ。急に泣くし、かと思えば、いつの間にかゲラゲラ笑っている。よくラファエルが「女心は複雑だぞ」なんて言っているけれど、確かにその通りなのかもしれない。少なくとも、アリスにこうして褒められたのは初めてだ。


 戸惑いながら髪を整えるレオと、なんだか満足げなアリスを見て、パウラは小さく笑った。


「シオン、うちの部屋に寄っていくか?」


「いや、いいよ。君たち、最近忙しそうだからね。あのローズ・マルタンを引き取ったことも聞いているのだよ。急に知らない人間が入ってきたら、彼女も怖いだろうからね」


 そういう訳で、アリスたちはシオンと別れた。別れ際、せっかくなのでアリスとアダンは彼と連絡先を交換した。


 その後、部屋に帰るまでの間はいつも通りだった。

お読みいただきありがとうございました!

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