206.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。暴力表現、流血表現、荒い言葉遣い等を含みます。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
エリスがルイスとイリスと帰宅すると、ラファエルが家の前で縮こまっていた。何でも、牡丹が「さくりゃくけっこん」とやらをするのが気に入らないらしい。けれど、誰もエリスに「さくりゃくけっこん」のことも、「すいらんのばばあ」のことも教えてくれない。だから、何でも教えてくれる皓然を尋ねるため、エリスは家を出たのだが……。
廊下をズンズン歩くエリスは、頬を膨らませていて、誰がどう見ても不機嫌だった。
何もかもが、面白くない。
一番は、自分のことをないがしろにされたこと。他の兄妹たちは、この際どうでもいい。エリスが一番でなければ、気に喰わない。
自分を優先してくれる人でなければ。
だから、皓然の名まえを出した。入院中、彼は決してエリスを拒むことが無かったから。尋ねに行けば、必ずお菓子を出して、エリスが望んだ通りに文字を教えてくれた。今だって、時間が合えば勉強を見てもらっている。
不思議と、先生たちが言っていることは理解できないのに、皓然が言っていることだけは理解できた。だから、どうして勉強を見てくれるのが皓然ではないのかと、エリスはそこにも不満を持っていた。まだ、教員免許が必要だとか、上級魔術師でなければならないだとか、そんな細かい規則までは知らないから。
エリスは『あまりもの組』の部屋の前までやってくると、迷うことなくインターフォンを押した。
「……」
出ないので、もう一度。
「……」
まだ出ない。
留守かもしれない、なんて可能性が頭をかすめることは無かった。エリスはイラつきながら、インターフォンを連続で押しまくった。
「るっせぇ!」
勢いよくドアを開けたのは、兄のレオだった。しかし、どこか疲れた顔をしている。
「なんで早く開けてくれなかったの?」
不機嫌そうな兄に臆することなく、エリスは腕を組んで兄を睨みつけた。
「ピンポン押したじゃない!」
「そこに『御用の方はまた後日お尋ねください』って紙張ってるだろ!」
そう言ってレオが指さしたのはインターフォンの下。確かに、そこには文字が書かれた紙が貼ってあった。
「読めない」
「読めるだろ」
「難しい言葉までは分からない」
言い返そうとしたが、言葉が見つからなかったのだろう。レオは大きなため息をついてから、ドア枠に体を預け、腕を組んで妹を見おろした。
「何の用? 大事な試験前だから、今めっちゃ忙しいんだけど」
「レオじゃなくて、皓然に用事」
「皓然?」
「そう」
頷くなり、エリスは部屋に入ろうとした。レオに止められたけれど。
「ちょっと! 離しなさいよ!」
「勝手に入るな!」
玄関口で兄妹がこんなにギャーギャーと言い争っていれば、嫌でも耳に入ってくる。だから、リビングで勉強会を開いていた他のメンバーたちも玄関口に集まってきた。
「お兄ちゃん。とりあえず、エリスは中に入れよう。近所迷惑になるし」
アリスの言葉に、納得は行っていなさそうだったが、やっとレオが部屋に入れてくれた。
「それで、なんのよ……」
「皓然。『さくりゃくけっこん』ってなに?」
「えっと、その家にとって良いことがあるからする結婚、ですかね」
レオの言葉を遮ってでも尋ねてきたエリスに、皓然は苦笑いを浮かべながら答えた。
「ちなみに、家にとって良いことを、『利益』と言います」
「その『利益』ってやつが出来る結婚ってこと?」
「そうです」
「じゃあ、『すいらんのばばあ』って?」
その言葉に、皓然は一瞬黙りこんだ。それから、苦笑いすら消して「ぼくの叔母です」と答えた。
「別世界に住んでいます。ですが、なぜ叔母のことを知っているんですか?」
「ラファエルが言ってた」
「兄ちゃんが?」
怪訝そうにレオが眉をひそめた。
「なんで兄ちゃんが翠蘭のことを?」
「牡丹が『さくりゃくけっこん』で、『すいらんのばばあ』が何とかって言ってた」
その瞬間、鋭い舌打ちを漏らしたのは、他の誰でもない。皓然だった。
しかも、これまでに一度も見たことがないような、怖い顔をしている。
「あのクソババア……!」
皓然は小さくそう呟いたかと思うと、ポケットからスマホを取り出してキッチンの方へ歩いて行ってしまった。
それを見送ってから、パウラが「つまりだよ」とエリスを見つめた。
「ラファエルが、翠蘭のせいで牡丹が策略結婚させられるって、言ってたのか?」
「そうそれ!」
パウラが自分の話をまとめてくれたので、エリスは思わず笑顔になった。パウラはエリスが言いたいことを全部言い当ててくれるから、楽でありがたい。
そんなことを思っていたら、キッチンの方から皓然の「どういうことですか!?」という怒った声が聞こえてきた。
「なんで、ぼくらにそういうこと言ってくれないんですか? 相手は? ……梓睿先輩?」
どうやら、ここから離れたのは電話をするためだったらしい。けれど、怒りのせいか、いつもより声が大きい。話している内容が筒抜けだ。
「アリス。どうして皓然は怒ってるの? 結婚って、良いことなんじゃないの?」
「えっと、策略結婚って相手が好きじゃなくてもさせられることが多いから……。牡丹が無理やり結婚させられそうになってるから、怒ってるんだと思う」
そう答えたアリスだったが、「それだけじゃなさそうよ」と、ローズが肩をすくめた。
「あの言い方。多分だけど、皓然も知らなかったんでしょう。電話の相手は、牡丹かしら。相手が梓睿、翠蘭が関わっているとなると……」
「十中八九、牡丹がこの結婚を承諾したのは皓然のため。これ以上、千夜族内で自分たち姉弟への風当たりを強くしないためだ。皓然の進学先を潰してしまわないようにね」
「それ、皓然が一番嫌うヤツじゃないの?」
眉をひそめたアダンに、パウラは頷いて見せた。
「ああ。でも、今の千夜族で力を持っているのは蕈霸と翠蘭。蕈霸は今寝込んでいるらしいから、実質、今の千夜族で一番の権力者は翠蘭だ。つまり、牡丹も梓睿もこの結婚に『ノー』と答えられない」
そう言ったパウラの瞳は、牡丹から事情を聴いている皓然へ向けられた。
「当主の息子である皓然でもね。まあ、目的は分かってる。『背水の陣』を引き継げなかった牡丹は、黄家の懐刀である李家へ降嫁。これで家の結びつきがより強固なものとなる。おまけに、李家の分家は結構あるからね。それに、嫌々ではあるけれど、斎家とも結びつきがある。斎家も、相当大きな家だ。味方をたくさん作っておいたところで、皓然を黄家に呼び戻す。そして、当主にさせたいのさ」
「どういうこと?」
パウラの言っていることの半分以上が理解できず、エリスは首を傾げた。唯一、理解できたのは、パウラたちにとって、これは良いことではない、ということ。
「千夜族は結構、複雑だからな……」
腕を組み、レオはその瞳を細めた。
「今の黄家は、当主が不在でその力が衰えて来てる。……えっと、弱ってるんだ。もう一度、その力を取り戻すための手段はただ一つ。当主に誰かがなること。皓宇の子供たちの中で、『背水の陣』を引き継いだのは桜花と皓然の二人。でも、僵尸の桜花をみんなが認めるわけがない。だから、皓然を次の黄家の当主にしたいんだよ。今回の策略結婚は、牡丹を使って皓然に言うことを聞かせるためだ。完全に外堀を埋めに来てる」
それでも分からないエリスは、アリスに「どういうこと?」という視線を向けた。
「えーっと……。皓然が『黄家の一番偉い人になりたくありません!』って、言えないようにされてるってこと」
「それ、皓然にとっての『利益』じゃないの? 偉い人になるのって、良いことでしょ?」
「あくまでも、皓然がそれを望んでいるのならね」
パウラはそう言ってから、少し考え込んだ。
「……君らさ。梓睿と俊宇の兄弟について、知ってる?」
「二人が兄弟ってことは、知ってるよ」
アリスが答えると、パウラは「じゃあ」と言葉を続けた。
「二人の父親が違うってことは?」
そのことは知らなかったので、アリスは驚きの声をあげた。アダンは知っていたのか、頷いてたけれど。
「どういうこと!?」
「実は、皓然の父さん——黄皓宇には姉がいる。黄翠蘭は末っ子。長女は、李林杏。梓睿と俊宇の母さん。林杏先生は、学校を卒業すると同時に李家へ嫁いだ。それで生まれたのが梓睿。でも、旦那さんである梓豪先生は依頼で殉職。それで、林杏先生の後夫として俊宇の父さんである蓮先生を迎えた。ちなみに、蓮先生は藤原家の出。紫雨と紫乃の姉妹の伯父さんでもある」
「なにそれ、ゴチャゴチャじゃない!」
エリスは憤慨した様子だったが、アリスは何となく納得がいっていた。
俊宇は、あまり兄の梓睿について話したがらない。
思春期特有のものかと思っていたのだが、そんな事情があるのなら気にしてしまうのも、分かる気がする。アリスでさえ、ラファエルと本当の兄妹ではないと教えられてしばらくは、どう接したら良いのか分からなくなったくらいだ。ラファエルがいつも通りに接してきたから、アリスもそれに合わせていたけれど。
「——ということは、牡丹が梓睿と結婚すれば、藤原家ともつながりが出来る。そういうこと?」
「そう。俊宇、桃子、紫雨と紫乃……。みんな、皓然たちの仲良しだ。皓然が黄家に戻らなかったら、安倍家みたいに潰すんだろう。人質みたいなもん。だから、さっき『完全に外堀を埋めに来てる』ってレオが言ったんだよ」
「牡丹だって、そのことは分かってるはずだよな?」
腕を組み、相変わらずレオは顔をしかめていた。
「このままじゃ、皓然は黄家の当主になるしかない」
「その代わり、卒業後の選択肢が増える。上級魔術師でも、法学者でも、皓然のなりたい職業に。おまけに、千夜族を正式に取りまとめることになるから、箔が付く。どこに行っても、今のような差別を受けることは無くなる。それに、皓然が黄家の当主になれば、翠蘭は今の権力を手放すことになる。翠蘭の暴走も止められるってわけだ」
やっぱり、エリスにはパウラたちが話していることのほとんどが、理解できなかった。
千夜族同士の結びつきだとか、将来の選択肢だとか、箔が付くだとか……。まだ、そんなことは習っていない。教えてもらっていないから。
でも、これはきっと良いことではない。
そんなエリスたちの元に、イラつきを隠せていない皓然がやってきた。
短く「少し出てきます」とだけ言って、部屋を出て行ってしまった。牡丹の元へ行ったのだということは、エリスにもわかった。
ただ、質問をしに来ただけなのに。それなのに、なんだか大変なことになってしまった。
エリスがそっとアリスの手を握ると、姉は困ったように笑ってエリスの手を握り返してくれた。
「エリスは、何も悪いことを言ってないし、してないよ。むしろ、このことを教えてくれたことに感謝しないと」
「そうね。ありがとう、エリス。大事なことを教えてくれて」
そう言ってローズに優しく頭を撫でられたが、エリスの心が晴れることは無かった。
お読みいただきありがとうございました!




