156.
〈注意事項〉
※15歳以上推奨作品です。
※敬語表現に間違いがあるかもしれません。あまり気にしないでいただけると幸いです。
〈あらすじ〉
個人戦一回戦を、レオは対戦相手に圧勝して帰ってきた。しかし、廊下で待ち構えていたローズに、「どうかお幸せに」と言われてしまった。やっと口にした言葉は彼女に届いていなくて……。
——失恋した。
そんなことを考えながら、ローズは試合会場に姿を現した。あちこちから聞こえてくる、武器同士がぶつかり合う音、魔力が爆ぜる音、審判の声。全てが、うるさくて仕方なかった。
だから、試合相手であるガイアの初級魔術師をものの三十秒で伸したローズは、涙が流れ落ちる前に試合会場を後にした。
前を睨みつけながら歩く不機嫌そうなローズを見て、周りが自然と避けていく。それすらも、煩わしい。
「あ、ローズ。お疲れ様です。聞いてくださいよ。パウラってば、自分が動きたくないからって、ぼくに飲み物を買ってくるようにって——」
だから、いつも通り声をかけてくれた皓然を見た瞬間、涙が止まらなくなってしまった。
「えっ、ちょっと……!?」
戸惑う皓然には悪いが、ローズは周りのことなど気にせずにワンワン泣いた。
だって、皓然は仲間だから。うざいくらいに鈍い、ランフォード家の人間に恋をしてしまった、仲間だから。
だが、さすがに周りからの視線に耐えられなくなったのか、皓然は短く断ってローズの手を取って逃げるようにその場を後にした。
「——はい、どうぞ」
「ありがとう……」
皓然に差し出されたペットボトルのお茶を受け取り、ローズは消え入りそうな声で礼を述べた。
ここは、簡易休憩室。飲み物や食べ物の自販機と、ベンチがあるだけで、人はほとんどいない。だが、テレビモニターが天井から吊るされているから、試合状況の確認はできる。
ローズの隣に腰かけた皓然は、買ったばかりの水を開けて少しだけそれを口に含んだ。
「アリスと付き合えた?」
ローズのその言葉に、飲みかけていた水を勢いよく吹き出してしまったけれど。
「なんっ、きゅ、に……!」
苦しそうにむせている彼は、「なんで、急に?」と言ったらしい。
「この前会った時、何かあったんだろうなって思ったから」
「……何かはありましたけど、付き合えては無いです」
まだ小さく咳をする皓然は、手の中の水を見つめながら答えてくれた。
「それより、急にそういうことを言うのはやめてください。心臓に悪いです」
「ごめん。だって、そんな反応をされるとは思っていなかったから」
「ぼくだって、ビックリしますよ。人間なんだから」
そう言いながら、皓然は後ろの壁にだらしなく体を預けた。
アリスが別世界に療養に行ってしまってから。つまり、一年ほど前から。
二人は、コソコソと「その後、進展はあった?」と互いに尋ね合う関係になっていた。理由は、お互いの好きな人を知っているから。
皓然は、ローズがレオに想いを寄せていることを知っていたし、ローズは、皓然がアリスに想いを寄せていることを知っている。だから、お互いに相談を持ち掛けやすかった。
だから、仲間。
違いと言えば、皓然は自分の想いをアリスに伝えているが、ローズはレオにまだ告白できていないこと、だろうか。
「それで、何があったの?」
「……聞いてくださいよぉ」
皓然は、両手で真っ赤になった顔を覆い隠した。女性に囲まれて育ったせいか、彼は時々、こうして可愛らしい仕草をする。
「アリスに、キス逃げされたんですよぉ」
「何それ」
「アリスの方からキスしてきたのに、本人が覚えてないんです……」
「ええっ!?」
思わず、ローズは大きな声をあげた。
「キ、キスしたの!?」
「ローズ、声が大きい!」
真っ赤な皓然に口を塞がれ、ローズはやはり「ごめん」と短く謝った。
——それにしても、アリスもなんと大胆な……。
皓然は慌てて周りに誰もいないことを確認して、誰もいないことがわかるとホッと胸をなでおろした。
「……キスしたんじゃなくて、されたんです」
「ひぇえ……」
今度はローズが両手で顔を覆い隠し、指の間から皓然を見つめた。
真っ赤な顔で、床を見つめる皓然を。
「えっと、どんな流れで、そんなことに?」
「ルイス先生にアリスと散歩しておいでって言われて……。その時にアリスが、返事のことを考えると胸が苦しくなるって、言うから……。だから、振られたっていいんだって、言ったんです。そしたら……」
——キスされた、と。
ついこの間までお互いに「今日も進展なし!」と報告し合っていたというのに。知らない間に、皓然の中で大事件が起こっていたようだ。
実は、皓然がアリスに告白したことは、ルイスたちに報告していない。報告の優先事項に、それは入っていなかったから。
だから、ルイスの無自覚なファインプレーによって生まれた、大事件だったらしい。
「それで、ローズは一体何があったんですか? 君があんなに泣くなんて、ただ事じゃないでしょう」
「えーっと、私も、その、報告があって……」
顔を覆い隠していた手を膝に降ろし、ローズは薄く笑った。
「失恋、しちゃった」
「え?」
「ほら、エミリーの魅了の術、レオには効かなかったでしょ? そんなに想っている人がいるのなら、私の存在って邪魔よね。だから、応援してきて……」
「そんなことないです!」
今度は、皓然が大きな声をあげた。
「レオにとって、君が邪魔な存在になるわけ無いじゃないですか!」
「でも……」
「『でも』じゃなくて! だって、レオが好きなのは……!」
勢いあまって言葉にしてしまいそうになった皓然は、ハッとして口をつぐんだ。これは、自分が言っていいことではない。レオが自分で伝えなければならないことだ。
「とにかく、君が身を引く必要なんて、無いです」
「……ありがとう。その言葉だけで、十分だから」
そう言って、やはりローズは力なく微笑んだ。
そんな風に言われてしまっては、皓然はもう、何も言えない。それがもどかしくて、皓然は黙って唇を噛み、視線を床に向けた。
「——ランフォード家の人って、変に人を引き付けるわよね」
髪を耳にかけながら、ローズは小さくこぼした。
「ねえ、気付いてる? シオンのこと」
「ええ、まあ。あの子も、分かりやすいですからね」
何せ、去年のパーティーでアリスの手の甲にキスをして去って行ったのだ。
魔術界でのキスは、二つの意味がある。一つは、精霊同士の挨拶。だから、アダンはしょちゅう、呼びだした精霊や妖精たちとキスをしている。
二つ目は、恋人同士の愛情を伝えるためのキス。唇同士はもちろんのこと、時々、首筋にその痕を付けている人を見ることだってある。すぐ、目をそらして見なかったことにするけれど。
だから、シオンがしたのは後者のキスだ。手の甲にしたのは、ただ愛情を伝えたかっただけなのだろう。
あの時はシオンのことを軽く茶化したが、内心、面白くなかった。アリスも、まんざらでもなさそうだったし。
だって、皓然はもう、ずっと前から——。
その時、皓然の影からクロエが飛び出してきた。くちばしに紙を咥えている。
「パウラから?」
「みたいです」
クロエから紙を受け取った皓然はそこに書かれていた文字を読み、ポケットに突っ込んで立ち上がった。
「そろそろ、ぼくの番らしいです」
「そうなの。じゃあ、私もそろそろ戻ろうかしら」
「その方がいいですよ。ローズのこと、心配してるでしょうから」
二人はさっきたまたま出くわした場所——試合会場へつながる廊下の前で別れることにした。だが、皓然が急に声をかけて来たから、ローズは首をかしげて見せた。
「もし、ぼくが死んだらチームのことは頼みます」
「何よ、穏やかじゃないわね」
「ぼくだって、こんなこと言いたくないですよ。でも、相手が相手だから、言っておかないと」
そう言って、テレビ画面を指した皓然は肩をすくめた。
皓然の相手は、シオン・ハイドだった。
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