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4 婚約破棄。

「君とは、婚約を破棄させて欲しい」


 何て事ですの。

 シャルロット様の婚約者でらっしゃる方が、クラルティさんを小脇に沿え。


『何故なのかを、先ずは簡略化し言って貰えないでしょうか』


「僕は、彼女を守りたい、彼女を愛してしまったんだシャルロット」


『お相手は庶民でらっしゃいますが』

「だとしても、君とは婚約を破棄するしか無いんだ、もう僕らは」


 一体、何を仰っているのかと思う間に、シャルロット様は。


《お止め下さい!シャルロット様!》




 ほんの少しだけ、悪い予感はしていたんだ。

 シャルロットの婚約者の父親は少しだらしなくて、母親がしっかりしている、その家の三男。


 けれど、ほら、他人の家の事を憶測でどうこう言えないし。

 そもそも、直接関わりも無かったし、評判は良かったし。


 だからほんの少しだけ、そこまで愚かだとは、ね。


『申し訳御座いません、シリル様』

『いや、偉い、寧ろ良く殺さなかったね』


『ルージュ嬢が居て下さったお陰です』


 シャルロットの家に既に半ば住んでいた婚約者は、見事にクラルティ嬢に落ちた。

 か弱い小動物の様に縋られ、守ってあげなくては、と。


 正規の罰と矯正の最中、彼女は再び男に縋った。

 自らが育った周囲に居た女達と同様、そうしなければならない不安に苛まれ、縋った。


 そしてシャルロットは、彼の首を締め上げた。


 剣を持っていなかったからこそだ、と言ってはいたけれど。

 素早く後ろに回り込み、彼を床へと倒し。


 後ろから両足で彼の両手を押さえ、その柔らかい体を駆使し、そのまま後ろから腕で彼の首を絞め上げ。


 落とした。

 落ちた者を落とし、次は落とした者へ。


 見たかったな、シャルロットの凄技。


『見たかったなぁ』


『どちらの件を、でしょうか』


 クラルティ嬢には、生尻百叩き。

 シャルロットの家の厳罰なんだけど、素手でやるから手が腫れちゃって。


『相当鍛えた手でコレなんだし、どうせ向こうは倍以上でしょ』

『はい』


『殺しても何とかしたのに』

『いえ、ルージュとアニエス様の事を思うと、すべきでは無いと判断致しました』


『この後、泣く?』

『いえ、贈答品の返還や書類の処理が残っていますので、その合間に吐くかと』


『男はみんなこんなんじゃないからね?』

『アーチュウ様もですが、アナタ様も見ているので、私にそうした誤解は発生しません』


『本当かな、次に君へ好意を示した者に、どうせお前もそうじゃないのかって本当に思わない?』


『そう、鋭意努力』

『出来るなら良いよ、僕とミラの憂いが無くなるのが1番だから。けど、無理ならちゃんと言うんだよ?』


『はい』




 儚く、か弱い、それこそ女性らしい女性の体をも持っており。

 少女らしい少女を体現している、とも確かに言えるのだけれど。


《それは表面だけ、なのだけれど、分かり易い事に飛び付くだなんて。シャルロットの良さは比では無いわよ?》


『ありがとうございます、ミラ様』


《もう、ちゃんと言ってくれないと今日は夕飯を抜くわ》

『何処かで、こうなるのではと。ですが、それこそアレのせいで穿った見方をしているに過ぎない、彼は大丈夫な筈だ。と、深く考えない様にしていたのだと思います』


《ではもう、覚悟は出来ていたのね?》


『いえ、ですが納得に近い何かを得られましたので、未練と言うよりは不誠実さ等への怒りのみです。ご両親は良い方ですし、ご兄弟も、良い方なので』


 結婚とは、相手だけでは無い、結局は家と家の問題にもなってしまう。

 それこそ上位で有ればこそ、国にとって重要な人物なら尚の事。


 シリル様が不安を口にした、その日の日没後。

 早馬が来て直ぐ、シリル様はシャルロットの家へ。


 気丈にも怒りを滲ませていた、とは聞いていたのだけれど。

 今も相変わらずのまま。


《あの人も反省しているわ、アナタの家にアレを置いてしまった事も、念の為にと口を出すべきだったのかも知れない、と》


『きっと、いつか、私が保護していたかも知れない女性と、いつか同じ様になっていたかも知れません。結婚前で良かったのです、私は生き方を変えられませんから』


 ルージュを引き取ろうとしていたのよね、けれどもあの人は敢えてアニエスへ任せる事に。

 そしてクラルティはシャルロットに。


《私も、コレで良いとすら思っていたのだけれど、ごめんなさい》

『いえ、本来なら私が想定すべき事を、私の考えが不足していたに過ぎません』


 あの人の見る目は間違い無いのだけれど、今回はお会いしていない。


 いえ、あの人なら会わずとも。

 いえ、彼とて万能では無いのだし、流石に穿ち過ぎかしら。




『まさか、とは思っていたんだよ、それこそ昨日だ。話し終えた後に、少しだけ不安になったんだけれど。たったその事だけで、評判の良い君を疑うには材料が少な過ぎるし、何より全てに僕が介在してはシャルロットの為にならないと思っていたんだけれど。良くも裏切ってくれたね、僕の大事な人の親友を、近衛を、良くも傷付けてくれたね』


 シリル様は相変わらずの笑顔のままで、何を話しているかを知らない限り、とても穏やかでゆっくりとした優しい口調で話しているだけにしか見えない。

 声色も何もかもが穏やかで、優しい。


 けれども、それは単にチグハグになってしまっただけ。

 結局は感情と表現が一致しないまま、お育ちになったらしい。


「申し訳御座いません、ですが」

『知り合いが舞台をやっているんだけれど、似た事が書かれた本が有るらしくてね、読ませて貰ったんだけれど全く納得がいかないんだ。無事に婚約破棄が叶い彼女と結ばれるとしよう、そこでもし君と少しでも意見が違ったら、彼女が他の男に泣き付くかも知れない。とは思わないのかな?』


「彼女はそんな」

『シャルロットが名乗り出たんだよ、彼女にもう少し機会をって。その恩人の男を寝取った女が優しい?か弱い?恩知らずだとは思わないのかな?』


「それは僕が」

『うん、君が悪い、最悪なのは君だ。君はシャルロットに勝てる要素が1つも無い、だからって婚約破棄したかったなら、クラルティを使う必要は無かったよね。実は不安を吐露してたって聞いてるよ?頑なで距離が有る、可愛げが無い、あんなに筋肉の付いた体を抱ける気がしない。劣等感が強過ぎるよね、友人が少しでも庇えば嫉妬心を剥き出しにする、貴族の分際で本当に愚かだね君は』


「申し訳」

『先ずは黙って婚約破棄の申し込みをすれば良いのに、敢えてシャルロットがショックを受け傷付ける方法を選んだ、としか思えないんだけど』


「いえ、そんなつもりは」

『自分が助けた男に同じ様に婚約者を取られても、全く、嫌じゃないんだ。本当にどうかしているね』


「彼女は、シャルロットは僕を」

『信じてたよ、だからこそ釘を刺さなかった、君は周りのクズな男とは違って大丈夫な筈だ。なのに裏切った、いずれ王妃となる者の近衛を無能が貶めるとか、不敬にも程が有るよね?』


「違うんです、そんなつもりは」

『そんなつもりが無い、そればかり。貴族のクセに先の想定も出来無いんだ、うん、ゴミクズ同士でお似合いだね。あ、それでなんだけど、明らかに煽っておいて無事に婚約破棄して終わると思ってたの?家族から怒られるだけじゃなく、縁を切られるかもって思わなかった?素直に答えてくれたら彼女に温情を掛けてあげるよ』


「あの時は、家族も理解してくれる筈だ、と。彼女との事は、ケジメのつもりでしたが、今は悪かったと思っています」


『無意識に、無自覚に引け目を感じていた、ずっとやり込められている様に感じていたけど、やっと反撃が出来た』

「違います!」


『根拠や論拠は?贈り物を嬉しそうに選べない男がシャルロットを本気で愛していたとでも?全く、素直に破棄を親に申し出ていれば穏便に済んだのに、本当に残念だよ』


「申し訳」

『君達は今日から看板を持って歩いて貰うから、最後に何か言いたい事は有る?』


「せめて、彼女の喉は」

『うん、潰さないでおいてあげるよ、立場的にも君の方が圧倒的に悪いしね』


 そして温情は喉を潰さない事。

 代わりに行われたのは、抜歯。


 有る筈のモノが無いとなると、その様相は一変する。


 その様変わりにシャルロットの元婚約者は、顔を引き攣らせた。

 男が絆されるだろう豊満で瑞々しい体、それとは対照的に顔は一気に老け込み、その異様さを際立たせている。


「クラルティ、大丈夫、かい」

『いひゃへふ、ひのあひふぁひれ』

『ふふっ、まだ自分の顔を見て無かったねクラルティ、はい、君の今の顔だよ』


 口の端から赤い液体を滲ませ、激しく顔を歪める。

 なまじ自分の容姿に自信が有る者には特に利く刑罰だとは聞いていたけれど、その効果はあまりにも悍ましく、恐ろしい。


『ひょんひゃ』

『いずれ王となる者の大切な側近を傷付けたんだ、命を取られないだけマシだと思うけれど、王についてすらも知らないのかな君は。となると、そもそも国民として認めるワケにはいかないな』

「大変申し訳御座いません、分からせます、理解させますのでどうか」


『良いよ。3ヶ月、半年と試させて3年以内に理解が及ばない様なら、君も死刑だからね』


「はい」

『最後に、言伝は頼まれて無いけど、シャルロットが言いそうな事を言ってあげるよ。どうぞお幸せに』


 シャルロット嬢が婚約者だった者を締め上げてから、僅か数時間でココまでの処置を終え。

 翌日、彼らは日の出と共に看板を前後に背負い手に掲げ、元婚約者は看板に書かれている事を読み上げながら女と共に王都を練り歩く事となった。


 その護衛には、シャルロット嬢。


『酷では』

『ふふふ、まだ若いね君は、大丈夫だから暫く見守っててごらん』




 シャルロット様にクラルティさんと元婚約者の護衛に同行させるのは、酷なのでは。

 私も最初はそう思ったのですが。


《アニエス様、私、寧ろコチラが正しいのだと思ったのですけれど》

「そうですねルージュさん、お姿が見えないとなればどうしても憶測を呼んでしまいますが、堂々としてらっしゃるお姿に安心された方もいらっしゃいますでしょうし。こうしてお声掛けする方が沢山いらっしゃる事で、寧ろシャルロット様のお慰みになるとは、私も思いませんでした」


 シャルロット様に一輪ずつ手渡される、ポピーの造花達。


 赤いポピーの花言葉は【慰め】【感謝】、白いポピーには【忘却】【眠り】。

 オレンジには【思い遣り】【労わり】、黄色には【成功】。


 そしてピンク色には【新しい恋の予感】。


《やるじゃんアニエス》

「あぁ、はぁ、どうも」


 私の家が見事にシリル様に使われました。

 ウチの職人や職人の家族にまで作らせていたのです、造花のポピーを。


 しかも私財で。


《あぁ、そっか、知らなかったんだ》

「はぃ、私の知らぬ間に、なので本当に家に任された事なんです」


《そっかー、でもさ、そんだけ秘密が守れるって事だよね》

「あぁ、成程、はい、ですね」


 常日頃からシリル様が仰っていた、一石三鳥。


 最低でも三鳥、狙えるなら幾らでも、と言う事なんですね。

 悪人を罰する、シャルロット様を励ます、国民に悪しき見本を見せ付ける。


 そして私の家の信用度を確かめ、どれだけ動かせるかの様子見も。


 私が気付いていないだけで、もしかしたら他にも有るのでしょうけれど、凄いです。

 とことんまで利を追求しつつも、情にも配慮して下さっている。


 そんな方が私の友人。

 畏れ多いんですが、そう尻込みする事は望まれてはいないので。


 せめて。

 せめて、自身を偽らないように。


『やぁアニエス嬢、何羽か数えられたかな?』


 凄い、流石ですシリル様。

 どうすればココまでの先読みが出来るんでしょう。

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