黄金のリンゴ1
伝えなきゃいけない話ほど切り出し難いものだが、一度でも躊躇ってしまえば、話さなかった後ろめたさが吐き出そうとする言葉を押し留めてしまう。熱した鉄のように喉を焼く思い出飲み込んだ秘密は腹の中で冷え固まって永久に出口を見失うのだろう。
「こんにちは、砂文字さん」
目の前では、偶然出会った安土羽天が疑う事を知らないかのような天性の明るさを備えた笑顔を向けている。彼女自身も数年間会っていなかったとは言え、父親の最後をどうやって伝えたらいいものか、悩み始めたらきりがなかった。
「ああ、いつぞや振りだな」
やっちまった。我ながら何と気の利かない返事だ。彼女と話をするため何通りかのセリフを用意していたというのに、これではそのすべてが無駄になると言うものだった。仕事柄依頼人の大事な相手が死んだ事を伝えるのも、思い出にも出来ないほど酷い事になっていたとしても、大した感傷も持たずにこなして来れたと思っていたが、情けない話だ。
「あの……、父の事ですが、亡くなった、のですよね?……」
心底意外だった。彼女の方からその話題を切り出されて、渡りに船と肩の荷が下ろせたような気分になったが、その透明な、悪意も疑念も持たない笑顔に、思わず言葉が詰まった。
「いえ、いいんです。警察からは父の遺体が発見されたとも、捕まったとも、何も連絡はありませんが、そう思えるのです。あの場所で父は亡くなったのだと。あの日ではなく、もっとずっと以前に、私の父は亡くなっていたのだと……」
彼女は肉親の死を予感しながら、天使のような笑顔を周りの人に向けていたのだろうか。だが彼女の言葉には、大地教の大聖堂で起こった出来事が、教祖を撃ち抜いた弾丸が、まるで夢であったかのように思わせる柔らかさに包まれていた。
「大丈夫ですか?」
羽天の声に夢から引き戻されると、彼女は傷を負ってふらついている男に駆け寄っている所だった。ここでは、そんな男は珍しくもないが、それに世話を焼こうとする彼女の方が珍しかった。しかしその彼女の手を押しのけるように男は意外な言葉を投げかけて来た。
「あんた、探し人だろ? 俺の相棒を探してくれ、早く見つけないと大変な事に……」
「そうだが、まず、医者に見せた方がいいな」
深手ではあるが機械パーツで強化されている体はこれくらいの傷では死ぬ事は無い。普段なら放置していただろうと思える胡散臭い男であったが、心配そうな表情の羽天は、この男の傷の手当てをすると言い出しかねない。ここは依頼を受ける体で医者の所まで担いでいくのが正解だろう。
「俺は大丈夫だ、それより、相棒を……」
「いいから、医者のとこに行くぞ」
強引に男に肩を貸して、引きずるように歩き出した。
医者と言っても裏家業の方が有名なドクターの所ではあるが。一通り手当てが終わると、男は待ちきれなかったと言わんばかりに、自分の置かれ駄状況を話し始めた。
「俺は桑名、相棒と二人で発掘人をやっていたんだ。一攫千金を狙って、危険な五層に降りる俺たちは時にとんでもない価値のある物を見つけたりするんだが、長年の苦労のかいあって、相棒の灰鉤がついにそれを見つけたんだ。もちろん見つけた品物や場所を守るため、発掘人はお互いに教えない秘密のルートを持っているんだが、噂ってのは止めようもなく、俺たちがそれを持ち帰ろうとした時には、四層の武装組織に知れ渡っていて、待ち伏せされてたんだ。……俺は何とかここまで逃げ延びたが、灰鉤とはぐれちまって」
身体機能を強化するパーツを組み込んだ体も、五層を根城にする発掘人なら納得も行く。この男の体も基本的な筋力強化をメインに改造されている。
「なるほど、その相棒とやらは捕まった可能性もあるのか」
「そんなはずはねぇ! あいつがそう簡単につかまるはずがねぇんだ。それに誰かがあれを手に入れたのなら、直ぐに分かるはずなんだ」
「ふーん、あんたの相棒が五層で見つけた物ってのは、何なんだ?」
「――それを答えられる筈は無いだろう?」
何をどこで見つかたかは決して漏らさない発掘人であれば当然の事だ。この男が発掘人であるのは間違いなさそうだし、四層の武装集団が追い回すだけの価値のある物を発見したという事は、それなりの報酬も期待できる。
「いいだろう、その相棒を探し出してやるよ」