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媚を売りました

 馬車の中、空気は重たい。

 屋敷までは十数分程度だけど、このままってのは気まずいな。

 何か話題でもふるか……。


「それにしても、冒険者登録って簡単に済むんだな。もう少しかかるものかと思ってた」


「まぁ、本当は審査とかいろいろあるんだけど私の場合は……勇者特権って感じかな」


「いいのかそれ……」


「まぁ、私って一応世界救ったし……それくらい許されると思う……」


 世界を救ったか。

 ずっと山奥で生活をしていたから外の情報なんてほとんど知らない。

 でも、奈々葉の見た目から考えるに数年で世界を救ったんだろう。

 むしろ、俺と前の世界で別れた時より若く見える気がする。


「世界を救ったって、ナルナガってそんなにヤバいやつだったのか?」


「全然これっぽっちも危険じゃなかったよ」


「……魔王がこれっぽっちも危険じゃないってそれはそれでダメな気もするけど……それじゃなんで倒したんだ?」


 奈々葉は腕を組んで考える。

 え、そんな特に何も考えず倒した感じなのか……。

 ナルナガ、不憫だな。


「う~ん……そうしないといけなかったっていうのと、仲間をナルの部下に殺されてね。それで復讐の為に倒しに行ったの」


「仲間を……」


 お、おぉ……思ったよりずっと重たい。

 でも、奈々葉はあっけらかんとした感じだ。


「あ、でも、それは部下の悪魔が勝手にやった事みたいでナルには、もう怒ってないよ」


「そうなのか……」


 俺がもしそうだったとしたら、ナルナガを許せるだろうか。

 同じ家に住むなんて事ができるのだろうか。


 俺はそんな事を考え込んでしまう。

 もし、俺なら許せないだろう。

 もし、ナルナガが関係ないとしても親玉のナルナガを許す事は出来ないだろう。


 そんな事を考えているうちに馬車は家に帰り着く。

 家の門の前にカナムラが待機していた。


「お帰りなさいませナナ様、ミーナ様」


「ただいまカナムラ」


「ただいま帰りました」


 軽くお辞儀をするとカナムラが近づいてくる。

 な、なんだ……。


「ミーナ様、そんな硬くならなくてもいいのですよ? ほら、いつものようにハグを」


「ハグなんて一度もした事ないですよね!?」


 カナムラに抱きつかれる。

 おいおいおいおい! なんでそんなにグイグイ来るんだよ。

 カナムラ目を見ると、なんだかトロンとしていた。

 さすが元魔王……欲望に忠実なのかぁ!!


「な、な、な…‥」


「ぎゅー」


「うわっ、力強い!? ハグの力強い!!? 背骨が! ヘルプミー奈々葉!!」


 奈々葉は狼狽え、カナムラはハグの力を強める。

 てかこいつ力まじで強い!! 痛い! 背骨と肋骨がギシギシいってる!!!

 奈々葉! 助けてくれ!!


「ミーナの浮気者ーー!! 女たらしーーーー!!!」


 助けを求めたが奈々葉は走って屋敷の中に行ってしまった。

 おい! お前、俺が死ぬのが怖いんじゃなかったのか。

 守ってくれるって言っただろ! 今、その瞬間だよー! 俺が死にそうだよー!!


「女たらしって! 俺も女なんだけど!?」


「愛さえあれば性別や種族なんて」


 こいつブレねぇ!!!!!!!


「私とあなたに愛なんてありましたか!?」


「これから育めばいいです…‥エッチくてもいい、たくましく育ってくれれば」


 もうだめだこのメイド兼懐刀兼元々魔王!!

 俺は最後の力を振り絞ってカナムラのハグから抜け出す。


「淫らな欲がだだ漏れだぁ!!」


「あっ、逃がしました…‥」


 追いつかれないように本気で走り、屋敷の中に逃げた。

 《奴隷の契約》この契約のおかげで俺は奈々葉がどこに居ようと居場所がわかる。

 今の奈々葉のいる場所……書斎か!

 俺は走って書斎に向かう。


「ぬ、帰ったかミーナ…‥」


「はい、帰って逃げてきました」


 書斎の中に入るとナルナガがいた。

 昨日の事を思い出すと少しだけ顔が熱くなってしまう。


「逃げて? …‥まぁ、帰ったなら丁度いい」


「なんでしょうか?」


 俺はコテンと首を傾げる。


「こいつを止めてくれー!! ナナハめ、帰ってきて早々斬りかかってきよった! なんでじゃ! 我なんかした!?」


 ナルナガは今、奈々葉に斬られそうになっている。

 真剣白刃取り……初めて見た。すげぇな。

 流石は元魔王。


「聖剣、解放」


 聖剣が光る。


「あぁ、刀身に触っているところが焼けるように熱い! というか焼けておる!! ジューって音がするもん!」


 仄かに香ばしい香りが……。

 さて、そろそろ奈々葉を止めるか。

 本当に痛そうだ。だって、ナルナガ涙目だもん。


「おい、奈々葉……八つ当たりもそれくらいにしとけよ。俺は別に浮気したわけじゃないから!」


「えっ、八つ当たりで斬られそうになってるのか我!?」


「……本当?」


「あぁ、俺の目を見てくれ」


「綺麗……」


「俺は奈々葉に嘘を(命令で)つけない! 信じてくれるよな?」


「そんなに、私の事を想ってくれているのね……。嬉しいわミーナ」


「あぁ、誤解が解けてよかった。奈々葉」


 俺は奈々葉に微笑み。

 奈々葉も俺に微笑み返す。

 ハッピーエンドだな。


「貴様ら! コントがしたいなら別の部屋に行け!! そしてナナハ! 誤解が解けたなら聖剣を治めろ! もう本当に手が痛いのだ!!」


 ナルナガの最初の強キャラっぽい雰囲気は、もうない。

 涙目でプンスカという擬音がつきそうな怒り顏で怒鳴る。


 夜。一連の騒動も終わり、夕食。

 初日のように全員で机を囲んで食べる。

 右隣には奈々葉、左隣にはカナムラ、正面にはナルナガ。


 ナルナガの手には包帯が巻かれている。

 どうやら、聖剣で受けた傷は治癒魔法などでは治らないらしい。

 それでも、ナルナガの治癒力なら明日の昼には治ってるみたいだが。


「全く、酷い目にあったぞ」


「ごめんてば! ミーナを取られたと思ってつい八つ当たりしちゃったのよ……」


「八つ当たりに聖剣を使うな! 魔王以下の悪魔なら余波だけでも消し去れる剣なのだぞ……全く」


 え、聖剣ってそんな凄い物なの。

 くだらない事でしか使われたところを見てないから分からん。


「しかし困りましたね。その手ではお食事が取れません。まぁ、今日は犬の様に皿に顔を突っ込んで食べて」


「今日、我の扱いが酷い気がするのだが!?」


「いえ、私はいつも通りのつもりです」


「だった! こやつ普段から我の扱い酷いのだった!」


「むぐむぐ、今日くらい我慢してくだごくっ。私、自分の分を食べるので忙しんぐ」


 いい笑顔(邪悪)で食事を美味しそうに食べるカナムラ。

 こいつ、魔王かよ……。

 いや、元魔王だったわ。


「我の威厳無くなりすぎなのではないか……。これでも魔王であったのだぞ……」


「まぁ、もう力の九割を封印されて上級悪魔程度の力しかないですけどね」


「……泣きたい」


 というかもう涙目だ。


「あ、あはは、本当にごめんねナル。でもほら! いい事あるよ! ガンバ!」


「元凶の勇者に慰められる我って一体……」


 うわぁ……本当に不憫になってきた。

 このままだと本当に皿に顔突っ込んで食べ始めちまうぞ。


「……仕方ない」


 俺は小声でそう言って、俯いているナルナガに近づく。


「ナル様」


「ん、なんだミーナ……貴様も我を馬鹿に」


「あーん。してください」


 スプーンにスープをすくって、ナルナガに差し出す。

 ここは、媚売り作戦を使うか……。

 別に、ナルナガが不憫でかわいそうだからとかじゃなく、魔王に媚を売っておいて損はないだろうという利己的な考えだ。勘違いするんじゃねぇぞ。


「えっ……」


 驚いた顔で俺を見るナルナガ。

 あ、なんか犬っぽい。


「ナル様、僭越ながら私にお食事のお手伝いをさせてください」


「ミーナ……貴様……」


「このままでは折角のお食事が冷めてしまいますよ。ほら、あーん」


「ん、んむ……」


 結構おとなしく飲んでくれた。

 もっと、渋るかと思ってたけど精神的ダメージがデカかったんだな。


「美味しいですか?」


「うむ……美味である」


「それは良かったです!」


 秘儀、満面の笑み!

 母似の整った幼女顔から繰り出される純真無垢(嘘)な笑顔は無敵。

 完璧な媚売りだ……。


「作ったの私なんですが……というかなんですかあれ、なんであのポンコツ魔王(笑)が二重で美味しい事してやがるんですか……」


「ナル……あーんなんて私もしてもらった事無いのに……ずるいぃ……」


「明日の朝食……激辛にしてやる」


 なんか聞こえるけど、聞こえないふりだ。

 まぁ、明日の朝はナルナガに牛乳を分けてやろう。


「その、あれだ……感謝しよう」


「いえ、私がやりたくてやっているので感謝なんて……」


「はは、謙虚だな……皆が貴様に魅かれる理由が分かった気がするな」


 ん、『謙虚だな』の後に何か言ったみたいだが小声で聞き取れなかった。


「ん、すみません。最後の方なんとおっしゃったのでしょうか?」


「気にしなくてもよい……貴様は可愛らしいなと言っただけだ」


 か、可愛い……。なんだろう。自分でも今世の俺はビビるくらい可愛いと思うけど、元男として受け入れがたい言葉だな……。


「あ、あはは……ありがとうございます……」


 俺はため息交じりでそう返した。

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