第八話「管理記録:黒木 誠」
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第四管区・第二前線基地 月次統括報告
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作成者 :管理官 黒木 誠
対象期間 :██年██月
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#0001 水瀬 ひかり :廃棄済み
#0002 安藤 このみ :廃棄済み
#0003 木村 さつき :廃棄済み
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当月の市民被害 :0
当月の戦闘損失 :3
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黒木は、書類を書いていた。
いつもの机。いつものペン。いつもの書式。数字を入れる欄に数字を入れ、文字を入れる欄に文字を入れる。迷う場所はない。書くべきことは決まっている。
今月の損失、三名。
戦闘による死亡。市民被害なし。魔族の撃退、成功。
書いた。
印を押した。
次のページを開いた。
◆
黒木がこの仕事を始めて、十一年になる。
最初の配属先は別の管区だった。上司に言われた通り書類を書いて、言われた通り報告して、言われた通り投入計画を立てた。三年でここに異動した。以来、ずっとここにいる。
担当した対象は、累計で何名になるか。数えたことはない。数える意味がわからなかった。報告書はすべてデータとして保存されているから、検索すれば出る。でも検索したことはない。
名前は、覚えている。
全員ではない。でも何人かは覚えている。水瀬ひかりは覚えている。安藤このみも覚えている。木村さつきも、まだ覚えている。
時間が経てば、薄れる。それだけのことだ。
◆
志願理由の集計表を開いた。
年に一度、管区ごとに提出する書類だ。志願動機を分類して、数値にして、上に上げる。特に何かが変わるわけではない。データとして蓄積されるだけだ。
黒木は数字を打ち込みながら、一つの項目を見た。
経済的事情による志願。
この数字は、毎年少しずつ上がっている。
黒木はそれを見て、次の欄に移った。
理由は、わかっている。わかっているが、ここに書く欄はない。書く必要もない。この数字が何を意味するかは、読む側が判断することだ。黒木の仕事は、正確に数えることだけだ。
打ち込んだ。保存した。
次の書類を開いた。
◆
投入計画を更新した。
三名が欠けた。補填が必要だ。次期志願者の中から適性を照合して、配属を決める。フォーメーションの穴を埋める。それだけのことだ。
黒木は一人ひとりの初期ステータスを確認した。
魔力残存量。身体損耗率。精神安定度。適性評価。
数字が並んでいる。
名前も並んでいる。
黒木は名前を読んだ。読んで、また数字を見た。数字のほうが、仕事には必要だから。
◆
昼過ぎに、上からの通達が来た。
次期募集の規模を拡大する。目標志願者数は前年比で十五パーセント増。各管区は積極的な広報活動を実施すること。
黒木は通達を読んだ。
添付されていた資料を開いた。魔族の活動域が広がっている。前線が伸びている。必要な戦力数が増えている。
つまり、必要な人数が増える。
黒木はその資料を閉じた。
どこかで、この計算が始まった。誰かが計算した。いつ、誰が、どこで決めたのか、黒木は知らない。自分が着任したときには、すでにこの形だった。
供給は、安定している。
だから制度は続く。続くから、供給が続く。
黒木はそれ以上考えるのをやめた。
考えても、書く欄がない。
◆
夕方、一本だけ追記をした。
#0001の記録を開いた。「削除予定」のままになっている手書きの追記が、まだ残っていた。削除し忘れていた。
カーソルを当てた。
しばらく、そのままにした。
閉じた。
削除しなかった。
◆
定時になった。
黒木は机の上を片付けた。書類を揃えた。ペンをペン立てに戻した。パソコンの画面を閉じようとして、一つのファイルを開いた。
次期志願者一覧。
名前が、並んでいた。
黒木はそれを見た。
少しだけ見て、閉じた。
電気を消した。
部屋を出た。
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後記 管理官 黒木 誠 (手書き追記)
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これは、必要なことだ。
(削除予定)
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本作に登場した魔法少女
#0001 水瀬 ひかり
#0002 安藤 このみ
#0003 木村 さつき
——以上
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
この話を書いている間、ずっと考えていたことがあります。
人は、どこまで壊れたら「慣れる」のか。
そして、慣れてしまったあとでも、ほんの少しだけ残るものはあるのか。
黒木は、たぶん優しい人ではありません。
でも、完全に壊れ切れた人でもありません。
名前を覚えている。
削除できない。
それだけのことを、まだしてしまう。
この作品には、救いが少ないです。
戦って、傷ついて、数字に変わって、記録として閉じられていく。
それでも。
誰かの名前を、最後まで名前として見ようとした人がいたことだけは、消えなければいいと思っています。
水瀬ひかり。
安藤このみ。
木村さつき。
この物語の中で消えた彼女たちに、少しでも誰かの記憶が残りますように。




