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7/7

第7話 がさつ令嬢、レディズ・コンパニオンになります

 夜会の翌日から、エスカランテ伯爵家は、にわかに忙しくなった。


「お姉さま、お手紙がまた増えましたわ!」

 朝からシンティアが目を輝かせる。


「今度は何通です?」

「五通です!」

「増えてる……」

 パスが呆れたように言った。


「姉上、ついに社交界をざわつかせたんだね」

「そんな大げさな」

 ルドミラはそう言いながらも、銀盆に積まれた封書の山を前に、ちょっとだけ眩暈がした。


 昨夜の夜会のあとから、次々に手紙が届いている。


 ――人見知りの娘の付き添いを頼みたい。

 ――次のお茶会の相談に乗ってほしい。

 ――婚約前の顔合わせが不安な姪の支えになってほしい。


 どれもこれも、ただの招待状ではない。


 頼みたい、と書いてある。


 ルドミラは一通ずつ封を切りながら、ふわふわする頭をどうにか落ち着かせようとした。


「これ……全部、お仕事の依頼ですよね?」

「たぶんそうだろうね」

 パスが手紙を覗き込む。


「『娘が夜会で緊張しすぎないよう、同席のご相談をお願いしたい』って、どう見てもそうだよ」

「まあ……」

「すごいですわ!」

 シンティアが両手を合わせる。


「お姉さま、ほんとうにお仕事を見つけたんですのね!」


 その言葉に、ルドミラは少しだけ息を止めた。


 仕事。


 そうだ。これはきっと、そういうことなのだ。


 侍女見習いには向いていなかった。

 ガヴァネス見習いにもなりきれなかった。


 けれどその代わり、誰かの緊張をほどいたり、話しやすくしたり、少しだけ前を向くきっかけを作ることなら、自分にはできるらしい。


 父が、難しい顔で手紙の束を眺めている。


「……本当に、仕事になるのか」

「なると思います」

 ルドミラはきっぱり言った。


「少なくとも、頼みたいと言ってくださる方がいるのですもの」

「ふむ」

 父は腕を組んだ。


「伯爵令嬢の新しい働き方としては前例がなさすぎるが……」

「前例がないなら、作ればよろしいのです!」

「言い切るなあ……」

 パスが感心したようにつぶやく。


 母は静かに微笑んだ。


「よろしいのではありませんか」

「母上?」

「ルドミラは、ようやく自分の力を活かせる形を見つけたのですもの。家の体面も大事ですが、それ以上に、本人が生き生きしていることのほうが大切です」


 その言葉に、ルドミラは少しだけ胸があたたかくなった。


 母は続ける。


「ただし、お仕事として受けるなら、きちんと形を整えなくてはなりませんよ」

「形?」

「ええ。どういう役目として引き受けるのか、何をするのか、曖昧では困るでしょう?」

「それは……たしかに」


 ルドミラは手紙を置き、うーんと唸った。


「付き添い、だけではありませんものね」


「相談にも乗っていますし」

 シンティアが指を折る。


「お話の練習もして」


「装いの相談もして」

 パスが足す。


「気まずい人同士の橋渡しもしてる」


「ええ、そうなのです」


 ルドミラは勢いよく立ち上がった。


「ならば、名前をつけましょう!」

「お姉さま、今決めるんですの?」

「今です! こういうのは勢いが大事です!」


 父が遠い目をした。


「いつも勢いで生きているな、この娘は……」


     ◇


 数日後。


 ルドミラはアルメイダ侯爵家の応接間にいた。


 向かいにはエスティバリス。

 相変わらずやわらかな雰囲気だが、以前よりずっと表情が明るい。


 しかも今日は、頬にほんのり幸せそうな色まで乗っている。


「……そのお顔」

 ルドミラはにやにやしそうになる口元を、なんとか上品に整えた。


「何か、よいことがありましたね?」

「えっ」

 エスティバリスが瞬く。


「どうしてわかったの?」

「わかりますとも」


 あの夜会のあと、ファブリシオとの距離は明らかに縮まった。


 温室の話は実現したらしいし、その後も何度か手紙のやりとりがあったらしい。


 詳しくは聞いていない。聞いていないが、今のこの表情を見れば十分である。


「……先日、温室を案内していただいたの」

 エスティバリスが小さく言った。


「まあ!」

「それで、お花の話をして……その、以前よりずっと自然にお話しできた気がして」

「素敵です!」

 ルドミラはぱっと身を乗り出した。


「よかったですね!」

「ええ。本当に」


 エスティバリスはふわりと笑う。


 その顔を見ただけで、ルドミラまでうれしくなる。

 自分のことのように、いや、自分のこと以上にうれしいかもしれない。


「ルドミラ」

「はい」

「あなたがいてくださらなかったら、たぶん、あの夜もずっと俯いたままだったわ」

「そんな」

「本当よ。だから、改めてお願いしたいの」


 エスティバリスは姿勢を正した。


「今後も、わたくしの相談役でいていただけないかしら」

「……!」

「夜会だけでなく、お茶会や、他の集まりでも。もちろん、きちんとお礼もいたします」


 ルドミラは、ぱちぱちと瞬きをした。


 やはりだ。

 やはり、これは一度きりのお手伝いでは終わらない。


「ありがとうございます」

 ルドミラは、今度はきちんと頭を下げた。


「喜んで、お引き受けいたします」

「よかった」

 エスティバリスは本当にほっとした顔をした。


「それでね、わたくし、考えたのだけれど……あなたのお仕事、きちんと名前があったほうがよいのではないかしら」

「実は、それを今ちょうど悩んでおります」

「あら」

「付き添いだけではありませんし、相談役だけでも少し違う気がして」

「たしかに」

 エスティバリスは少し考え、それから言った。


「レディズ・コンパニオン、というのはどうかしら」

「レディズ・コンパニオン……!」


 その響きは、耳に入った瞬間にしっくりきた。


 ただの付き人ではない。

 ただの侍女でもない。


 若い令嬢たちに寄り添い、社交の場での不安や緊張を和らげ、必要なら会話の糸口を作り、そっと背中を押す。


 それなら、まさにその名前だ。


「素敵です!」

 ルドミラは即答した。


「すごく素敵です!」

「本当?」

「はい! それに、なんだかちゃんとしたお仕事に聞こえます!」

「実際、ちゃんとしたお仕事なのだと思うわ」

 エスティバリスが静かに微笑む。


「少なくとも、わたくしにはとても必要でしたもの」


 ルドミラは、その言葉を胸の奥に大事にしまった。


     ◇


 レディズ・コンパニオン。


 そう名乗り始めてから、ルドミラの毎日は目が回るほど忙しくなった。


 人見知りの令嬢の付き添い。

 お茶会前の会話練習。

 想い人がいる令嬢の相談。

 装いや立ち居振る舞いの後押し。


「もう少し肩の力を抜いて大丈夫です」

「でも、わたくし、何を話せば……」

「では最初の一言だけ決めましょう。『お会いできてうれしいです』で十分です」


「あの色もお似合いですけれど、今日はこっちのほうが断然おすすめです!」

「そうかしら?」

「はい。明るく見えますし、お相手の印象にも残りやすいです!」


「お茶会で輪に入れなかったらどうしましょう」

「そのときはわたくしが近くにおります。大丈夫です」


 そしてそのたびに、相手の顔が少しずつ変わっていく。


 最初は不安そうでも、最後には少し笑う。

 それを見るたび、ルドミラは胸の中で小さく拳を握る。


 やっぱり、自分はこれが好きだ。


 相手の魅力を見つけて、自信を持てるようにして、少しだけ前を向くお手伝いをすることが。


「姉上、最近すごいね」

 ある日の夕食で、パスが言った。


「机に手紙が積まれすぎてて、本の塔みたいになってる」

「そこまでではないわ」

「なっていますわ!」

 シンティアが元気よく言う。


「お姉さま、すっかり大人気ですもの!」

「大人気かどうかはわかりませんけれど、ありがたいことです」

 ルドミラは少し照れながら答えた。


 父も、最近はもう反対しない。


 むしろ、帳簿の端に記される収入欄を見て、なんとも言えない顔をしている。


「……本当に、家計が少し楽になってきたな」

「でしょう?」

 ルドミラは得意げに言った。


「わたくし、やればできるのです」

「最初からそういう形でできればよかったんだが」

「そこにたどり着くまでが就活です!」

「前向きすぎて眩しい」


 でも、その父の声もどこかうれしそうだった。


     ◇


 そしてもちろん、ウリセスも相変わらずよく現れた。


「また来てる」

 アルメイダ侯爵家の廊下で顔を合わせるなり、ルドミラが言う。


「君も毎回そう言うな」

「だって毎回いらっしゃるので」

「用がある」

「その便利な言葉、そろそろ聞き飽きました」


 ウリセスは今日も黒髪をきっちり整え、怖い顔で立っている。


 だが、その実、ルドミラの仕事ぶりを見に来ているのは半分くらい確実だと思う。


「エスティバリス様のご様子はいかがです?」

 ルドミラが訊ねると、ウリセスは少しだけ目をやわらげた。


「かなり落ち着いた。君の働きの成果だろう」

「そう言っていただけると、うれしいです」

「……それに」

「はい?」

「最近は他の家からも話が来ているそうだな」

「ええ」

 ルドミラは胸を張った。


「わたくし、レディズ・コンパニオンとして正式にお仕事を受けるようになりましたので!」

「聞いた」

「素敵な名前でしょう?」

「ああ」

「エスティバリス様が考えてくださったんです」

「君に似合っている」

「まあ」


 褒められた。


 素直にうれしい。

 だが、ウリセスはこうして時々、あまりにも自然にうれしいことを言うので油断ならない。


「何ですか、そのお顔」

「どんな顔だ」

「少しだけ、やさしいお顔です」

「気のせいだ」

「最近、気のせいで済まされないことが増えている気がします」

「そうかもしれないな」


 その返しに、ルドミラは一瞬だけ言葉を失った。


 えっ。


 今のは、ずいぶん素直では?


 けれどウリセスは平然としている。


 この人は本当に、顔が怖いくせに時々こういうことを言うのだからずるい。


「ところで」

 ルドミラは咳払いをした。


「ファブリシオ様とエスティバリス様、かなりよい感じです」

「知っている」

「知っているんですか」

「兄上から少し聞いた」

「まあ!」

「君が妙に張り切っていたこともな」

「妙とは何ですか、妙とは」

「だいぶ張り切っていただろう」

「それはもう、大変に」

「だろうな」


 ウリセスが少し笑う。


 その表情を見て、ルドミラはふと思った。


 ああ、自分はこの人とこうして話す時間も、ずいぶん好きになってしまったのかもしれない。


 いつも少し呆れられて、でもちゃんと見てくれていて、必要なところで手を差し伸べてくれる。


 顔は怖いけれど。


 中身は、驚くほど世話焼きだ。


「何だ、その顔は」

 ウリセスが眉を寄せる。


「いえ、ウリセス様もなかなか大変だなと思いまして」

「なぜ私が」

「わたくしを見ていると、放っておけないのでしょう?」

「……」

「図星ですわね」

「自覚があるなら、少しは手間を減らせ」

「努力します」

「努力目標か」

「はい!」


 にっこり答えると、ウリセスは深く息をついた。


 でも、その目は少しだけやわらいでいる。


     ◇


 その日の帰り道。


 夕方の光が石畳をやわらかく照らしていた。

 ルドミラが手紙の束を抱えて歩いていると、隣を歩くウリセスがふいに言った。


「君は、これからもっと忙しくなるぞ」

「そうかもしれません」

「それでも続けるんだな」

「もちろんです」


 ルドミラは即答した。


「今、とっても楽しいんです」

「そうだろうな」

「誰かが少し前を向くきっかけになれるのって、すごくうれしいんです。家のためにもなりますし、それに、自分に向いていることがあるってわかったのが、何よりうれしくて」

「……そうか」


 ウリセスは少しだけ黙った。


 そして、歩幅を緩める。


「なら、私は諦めないことにする」

「はい?」

 ルドミラが首をかしげると、彼はまっすぐ前を見たまま言った。


「君が仕事を見つけたなら、次は私の番だ」

「何のです?」

「口説くに決まっている」


 ルドミラはその場で立ち止まりかけた。


「えっ」

「だから」

 ウリセスがこちらを見る。


「私は、君が好きだ」


 夕方の道端で、そんなにあっさり言うことだろうか。


 しかも、真顔で。


 いや、この人に限っては真顔だからこそ、余計に本気だとわかってしまうのが困る。


「ウ、ウリセス様……」

「返事を今すぐ寄越せとは言わない」

「は、はい」

「だが、伝えておく」

「はい……」

「君を放っておけないのは、性分だけじゃない」


 だめだ。


 顔が熱い。


 こんなの、どう返せばいいのかわからない。


 他人の恋にはあれこれ口を出せるくせに、自分のこととなると途端に駄目になる。

 なんということだ。


 ルドミラはおろおろしながら、しかし何とか口を開いた。


「ええと、その……」

「うん」

「永久就職、っていう手もあるかしら?」


 一瞬。


 本当に一瞬だけ、ウリセスの目がわずかに見開かれた。


 そして、たぶん期待した。


 けれどルドミラは、次の瞬間にはいたずらっぽく笑って、胸を張った。


「でも、今は仕事がとっても楽しいの!」


 ぴたり、と沈黙が落ちた。


 それから。


 ウリセスは額を押さえた。


「……君という人は」

「すみません。でも、本当なんです」

「わかっている」

「今はまだ、もっといろいろ頑張りたいんです。自分の仕事を、ちゃんと形にしたくて」

「それもわかっている」


 ウリセスは深く息をついたあと、諦めたように、けれどどこか楽しそうに笑った。


「なら、仕事の合間に口説くことにする」

「えっ」

「問題ないだろう」

「問題、なくはないような……」

「私はあると思わない」

「強い……!」


 ルドミラはとうとう顔を真っ赤にした。


 けれど、不思議と嫌ではない。


 むしろ、くすぐったくて、あたたかくて、少しだけ先が楽しみになる。


「……わたくし、忙しいですよ?」

「知っている」

「手紙もたくさん来ますし」

「それも知っている」

「たまに、失敗もします」

「十分知っている」

「それでも?」

「それでもだ」


 もう、ずるい。


 こんなふうに言われたら、何も返せなくなるではないか。


 ルドミラは困って、少しだけ笑った。


「では……気長にお願いいたします」

「ああ」

 ウリセスはうなずく。


「そのつもりだ」


     ◇


 屋敷へ戻ると、新しい依頼状がまた机の上に積まれていた。


 人見知りの令嬢の初めての夜会。

 婚約前の顔合わせへの付き添い。

 お茶会前の会話練習。


 どれも、少し前の自分なら思いもしなかった種類の依頼だ。


 ルドミラはその中の一通を手に取り、封を撫でた。


 没落しそうだから始めた就活だった。


 家のために、とにかく何かをしなくてはと思って、侍女見習いになっては失敗し、ガヴァネス見習いになってはやっぱり違うと落ち込んだ。


 でも、その全部が無駄ではなかった。

 うまくできなかったことがあったからこそ、今の自分にたどり着けた。


 人に寄り添って、背中を押して、少しだけ前を向けるようにする仕事。


 それはたぶん、最初から用意されていた道ではない。

 けれど、自分で見つけて、自分で名前をつけた、大事な仕事だ。


「よし」

 ルドミラは新しい依頼状を開いた。


「次も頑張りましょう!」


 その声は、前よりずっと迷いがなかった。


 仕事も、恋も、これからだ。


 けれどそれでいい、と今は思える。


 没落しそうだから始めた就活は、がさつ令嬢にようやく自分の道を見つけさせたのだった。


<おわり>

連載3作目。


没落寸前のがさつ令嬢が、侍女・家庭教師・結婚以外の生き方を探して、失敗を重ねた末に「令嬢の社交と恋を支える仕事」で才能を開花させる、明るい異世界お仕事ラブコメとなりました。


がんばって7話連載にまとめたのですが、むずかしかったです...!

拙い、物足りない部分もあったかと思いますが、楽しんでいただけましたら幸いです。

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