第96話 名案
《支配》からの完全解放を求めるエリカは、夕闇が迫る街路で3度の自殺を決行した。 自殺が3度も必要だったのは、2回では《支配》が完全に解けなかったから。 そして4回目の自殺を行わないのは、馬車が通らなくなったからである。 そう、エリカはまだ《支配》から完全に解放されていなかった。
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自殺明けの頭痛に悩まされながらエリカは考える。
(3度も自殺してダメってことは、自殺じゃ完全解放はムリ? それとも効果が出るまでに時間がかかる? いずれにせよ自殺はいったん中止しよう。 馬車も通らなくなったし...)
馬車が通らなくなったのは夜が近づいたせいもあるが、「この道を通ると不思議と馬車が横転しそうになる」という噂が広まったからでもある。 自殺しようと地面に横たわるエリカの頭部の上を馬車が通過するとき、馬車が頭部に乗り上げて横転しそうになるのだ。 ミザル市の馬車は目下のところ、エリカ御用達のこの道路を避け他の道を通るようになっている。
(こうなったらメカジキ少尉を殺すしか... でも、メカジキを殺しても《支配》が解けなければ.....)
エリカは、基本ルールの1つとして「前回の《支配》施術から25日が経過したら再び施術を求める」ように命令されている。 この25日という期間を過ぎると、再び《支配》を施術されるまで病的な焦燥感に迫られる。
(メカジキを殺すと、もう二度と再支配を受けられないわけよね。 再支配がたった1日遅れるだけでも気が狂いそうだった。 その状態が《支配》の効果が自然に切れるまで続くとしたら、私は正気を保てるのかしら?)
しかし、《支配》からの完全解放は急務である。 解放を中途半端なままにしていると、ガブリュー大佐の一味に再び《支配》されるリスクが格段に増す。
(メカジキを殺す以外に方法はないの? これまでとは状況が違う。《支配》が半分は解けているの。 考えるのよエリカ、考えなさい)
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エリカは路上に立ち尽くし厳しい顔で必死に考えていたが、やがて表情を緩めた。 名案が閃いたのだ。
(閃いた! この方法ならきっと《支配》を無害化できるし、殺すよりもスマート)
しかし「この方法」は殺すのと違ってメカジキ少尉とのコミュニケーションを要求される。 そのときに《支配》がオンに戻ったりすれば目も当てられない。
(それでも、こっちの方法にしよう。 こっちの方が絶対にいい。 まずはメカジキの捕捉ね。 メカジキ少尉はまだ軍庁舎にいるのかしら?)
エリカは軍庁舎を目指して駆け出した。
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軍庁舎前の広場に集まった市民たちは困っていた。 アリスのメッセージが広場に来ることを求めるだけで、そこでの行動を指定していないからだ。
「軍庁舎前まで来たが、これからどうすればいいんだ? どうすれば災いを回避できるのか――」
「イタズラじゃないかしら?」
「そんなはずはなかろう。 ベルでメッセージを伝えられるのはファントムさんぐらいのもんだ。 ましてや、あんな大きな鐘」
「いや、だからファントムさんのイタズラじゃないの?」
「その可能性もあるが、メッセージを無視する訳にもいかないよ」
「イタズラじゃないなら、何か行動しなくては」
「何をすればいいの?」
「わからん」
「何をして欲しいか指定してないもんな」
「指定しとけってんだよ。 なんてズボラなファントムさんだ」
「いやいや、下手に指定されるよりはマシだよ。 例えば軍庁舎を襲えなんて指定されたら困るだろ?」
「そうよね。 ポジティブに考えれば、私たちに裁量の余地が与えられたってことよね」
こんな会話がそこかしこで交わされるうちに、やがて群衆の中にリーダーシップを発揮する者がぽつりぽつりと現れ始めた。
「こんなところでこうしていても時間の無駄だ。 ここはひとつ、我々が何をすべきかを検討しようじゃないか」
広場に集った数千人の市民たちの中から選ばれた数十人の代表者が討議して、1つの結論に達した―― ファントムさんがミザル市民に望んでいるのは軍の《支配》からの保護だろう。
「だとすれば、私たちは何をするべきかしら?」
「こうすればどうだろう?」
「それがいい。 そうしよう」
こうして広場に集まった市民たちは、3名の総代表すなわち総代を選出して軍に要求を突きつけることにした―― ファントムさんを《支配》するな!
市民たちはアリスの目論見どおりに動いてくれた。 いや、目論見以上だと言えるだろう。 アリス自身は、集まった市民に何をしてもらえばいいのか分かっていなかったから。
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3名の総代は男性が2人と女性が1人。 この3人は、軍が相手でも物怖じしない強い心と社交スキルの高さで共通している。
3人の総代は、どこからか持ってきたメガホンを手に数千人の集団から進み出ると、軍庁舎に近づいた。 数千人もいれば、メガホンの1つや2つ誰かがたまたま持っていても全く不自然ではない。 総代3人がいつの間にやらメガホンを手にしていたところで、ちっともおかしくないのだ!
総代の1人がメガホンを口元に当てて軍庁舎に向かって叫ぶ。
「軍の責任者の方、出てきてください。 お話があります」
ザルス共和国軍のミザル市における責任者はイイクニ中佐という女性である。 階級はガブリュー大佐のほうが高いが、彼はファントムさん確保のため一時的にミザル市に滞在しているだけである。
イイクニ中佐も鐘の音を聞きつけて、数名の部下を伴いロビーに来ていた。 市民総代の呼びかけを聞いたイイクニ中佐がガブリュー大佐のほうを見ると、大佐も中佐のほうを見ており両者の目が合う。
中佐は大佐に目で訴える。 総代の呼びかけに応じて出て行くべきは貴方だ。 総代が問題にするであろうファントムさんは全面的に大佐の管轄だし、中佐は大佐がミザル市で勝手気ままに振る舞うのを疎ましく思っていた。
ガブリュー大佐はイイクニ中佐の視線を鷹揚に受け止め、庁舎入り口のガラス・ドアを開いて外に出て行った。 彼は自分が矢面に立つのを厭うどころか、広場に集まった市民たちの要求をエリカ対策に利用しようと考えていた。




